5.4章 米空母捜索

 4月16日の午後から米国空母の捜索が開始された。当初は日本から離れた海域が対象になったので、九七式飛行艇と一式陸攻が日本列島の茨城から千葉の東方向300浬(557km)より遠い海上を探索した。また、近藤中将の艦隊も千葉沿岸から300浬の海上まで進出すると捜索を開始した。しかし、米艦隊を発見することはできなかった。


 翌日も偵察を続けたが米艦隊は現れなかった。第二艦隊も沖合に出て捜索を続けたが、なにも発見できない。夜間から早朝にかけて、日本に空母を一気に接近させるという作戦も考えられることから、夜明け前には偵察機を発進させて、暗いうちから電探を装備した偵察機を使った捜索も実行した。


 電探を装備した6機の一式陸攻は、4月18日の夜間に木更津基地を離陸して、房総半島を横断して東方に進出すると、それぞれ機体ごとに海域を決めて偵察を行っていた。一式陸攻には前方アンテナと胴体に右側方、左側方の3つのアンテナが備えられて、それぞれの方向に順次電波を放射することにより機体前方から側面の範囲の目標を探知できる。


 帆足少尉機は離陸してから既に6時間ほど4番索敵線を飛行していた。過荷重で離陸して巡航速度で偵察するだけなら10時間は飛べるので、まだまだ偵察だけなら続けられる。夜が明けてきて海面は次第に明るくなっていった。突然、電探士が叫ぶ。

「前方に感度あり。距離、20浬(37km)と推定」


 帆足少尉は機体をやや降下させると、機首を左右に10度ほど振ってみる。偽探知でなければ、機首の振れに応じて目標の方位が変化するはずだ。こんな操作は今日になって5回目だ。今まではいずれも偽探知や友軍の小型船だった。太平洋上で警戒をしている日本の小型艦を3度、探知している。左に機首の向きを変えた時、再び電探士が叫ぶ。

「感あり。18浬(33km)。偽探知ではありません」


 今度は帆足少尉が機内の全員に向かって指示する。

「探知地点に向かってしばらく飛行してから、高度を下げる。海上の目標を探せ」


 雲を突っ切って降下してゆくと、雲の下で視界が開ける。偵察員が叫ぶ。

「左前方、11時方向に4隻。大型艦が見える。……あっ、空母だ。空母発見。11時方向」


 持ち場を離れられる全員が左側の窓に駆けていって、言われた11時方向の海面を凝視している。更に2分ほど高度を下げてゆく。再び偵察員が叫ぶ。

「10時方向。空母1隻を確認。巡洋艦らしきもの2隻。駆逐艦多数。間違いありません。アメリカの機動部隊です」


 帆足少尉も操縦を副操縦士に任せて、言われた方向を双眼鏡で確認している。

 偵察員が更に叫ぶ。

「12時方向の遠方に更に1隻の空母を確認。空母は2隻。おそらくヨークタウン型」


 帆足少尉もうなずく。

「確かに、2隊の機動部隊がいるぞ。通信士、報告だ。空母2隻、巡洋艦4隻、駆逐艦多数。空母はヨークタウン型と推定。最後に、現在の位置と時間だ。至急無電を打て。空母から戦闘機が飛んでくるかもしれない。全員周囲を警戒しろ。敵戦闘機に注意せよ」


 帆足機の敵発見の通報は木更津基地と横須賀鎮守府への報告だったが、近藤中将の第二艦隊でも受信できた。帆足機から50浬(93km)のところを飛んでいた、隼鷹の田中一飛曹が搭乗する二式艦偵にも敵艦隊の位置が通知された。さっそく、無線で示された方向に向かう。15分後には二式艦偵も電探で敵艦隊を発見していた。田中機は直ちに、第二艦隊宛に艦隊編成や航行の方向など詳細な情報を報告する。


 近藤中将は、田中機から空母部隊が日本本土沿岸に向けて航行中の報告を受けると、東南方向の空母部隊に向けて全速航行を命令した。まだ、攻撃隊を出すには距離が少し遠い。空母に攻撃隊の準備を確認すると、完了済みとの返事がきた。既に夜間から対艦攻撃の準備をしていたのだ。一方、関東の基地航空隊も空母発見の報告を受けて動き始めた。最も早く攻撃隊を発進させたのは、館山基地だった。前日からすぐに攻撃隊が発進できるように新鋭機の銀河を発進させるべく万全の準備をしていたのだ。増槽を両翼下に搭載した銀河が次々に離陸してゆく。


 ……


 ヨークタウンでは、自室で寝ていたフレッチャー少将のところに当直の参謀が報告に来ていた。

「未確認の航空機をレーダーが探知しました。現在も艦隊から15マイル(24km)辺りを飛行しています。日本軍の偵察機に発見されたと思われます」


 直ぐに艦橋に上がると、バックマスター艦長が待っていた。

「日本軍は想定以上に遠くまで偵察機を飛ばしていたようです。放置できませんので、撃墜するために、1個小隊のF4Uを上げます」


「無論、やってくれ。3,4時間もすれば敵の攻撃隊がやってくる可能性がある。艦隊上空の護衛は敵の攻撃隊がきてもいいように準備しておいてくれ」


「早く上げると、燃料切れで早く降ろさねばなりません。タイミングが重要です。2時間後に上空の護衛の機体を増やします」


 一方、ホーネットの艦橋では、ミッチャー艦長とドーリットル中佐が深刻な顔をして相談していた。

「ドーリットル中佐、艦隊上空に日本の航空機が現れた。我々の存在が探知されているはずだ。当然、日本海軍は攻撃隊を送ってくるだろうから、その前にB-25を発艦させなければならない」


「もともと日本から、500マイル(805km)の海域で発艦する予定でしたが、それは無理として、どこまで日本に接近できますか? 日本本土に近づけば、それだけ我々の飛行は楽になります」


「日本の攻撃隊が現れるまでに、どの程度の時間の余裕があるかの判断は難しい。爆撃機は4時間飛べば700マイル(1127km)くらいは飛行することができる。我々が航行している海域も日本から700マイル程度の地点だ。日本軍のベティがそれだけ飛べるということが前提にはなるが、日本の攻撃隊が今の時刻に離陸を開始したとして、我が艦隊の上空にやってくるまでには4時間程度の時間がかかることになる。君たちの爆撃機がすべて離艦するためには、作業の余裕を見て1時間程度かかると思う。4時間以内に最終機が飛び立つ必要があると考えると、最初の機は今から3時間以内に飛び立つ必要があるわけだ」


「つまり、現在の時間は6時10分ですから、9時頃には離艦の作業を開始する必要があるということですね。予定変更になりますが、発艦時刻の変更に同意します。飛び立つ時刻を遅くすれば、それだけ空母機動部隊を危険にさらすことになります。私にはこの艦隊の危険を増やすようなことは要求できません」


 艦橋で議論をしている間にフレッチャー少将に次の報告が上がってきた。フレッチャー少将が艦長に説明する。

「別の日本軍機が現れたとの報告だ。先に接触してきた機体はどうもベティ(一式陸攻)らしいが、今度の機体はジュディ(彗星)とのことだ。どうやら、日本軍は新型機を偵察機として使っているようだな。我々に付きまとっているのは、無論攻撃隊を誘導するためだろう」


 会話の途中で次の報告が上がる。

「海上に小型艦を発見したとの報告だ。おそらく日本軍が配備した哨戒艇だろう。なんともはや、日本軍はあの手この手で警戒をしていたぞ。我々は、日本軍の本土防衛能力を甘く見ていたのかもしれん。それでも我々は任務を達成しなければならない。F4Uの上空警戒を追加してくれ。更にSBDドーントレスを発艦させてこの船を撃退してくれ。巡洋艦も向かわせる。おそらく1隻だけでなく、哨戒線を作っているはずだから。周囲の海域を調べて他の哨戒艇も撃退してくれ。それとSBDを偵察装備で出してくれ。付近に日本の空母がいる可能性がある。そうであるならば、見つけなければならん」


 もちろん、フレッチャー少将には、敵に発見されてから偵察機を出すことは、既に先手をとられたことだとわかっていたが、今更どうしようもない。


 ……


 日本軍の2機目の偵察機の出現が、ホーネットの艦上ではミッチャー艦長とドーリットル中佐の間で再び発艦時間について議論を巻き起こした。


 ミッチャー艦長が見張りからの報告と、電探士官の報告のメモを見ている。

「今度は単発機が艦隊に飛来してきた。おそらく新型の艦上爆撃機のジュディとのことだ。先に飛来したベティの通報を受けて飛来した可能性が高い。この機体も艦隊周囲を飛行しているので偵察機だろう。我々の位置から考えてこの単発機が日本本土から直接飛んできた可能性は低い。つまり、太平洋上に日本海軍の空母がいて、そこから飛んできたと考える方が合理的だ。英海軍がシンガポールからインド洋に脱出するときに、想定外の日本の小型空母から攻撃を受けている。そのような空母が太平洋にいても不思議ではない。日本軍の攻撃隊は少数機かもしれないが、ホーネットに爆弾が1発落ちれば、君たちのB-25は破壊される。つまり我々の作戦が失敗するということだ」


「結論から言えば、日本の空母から攻撃を受ける前に、さっさと早く飛び立てということですね。わかりました。今から準備に取り掛かります」


「うむ。長い距離を飛行する君たちには申し訳ないが、1番機が30分後には飛び立てるように至急準備を始めてくれ」


 ヨークタウンから発艦したF4Uが向かってくると、帆足少尉の一式陸攻は米艦隊から遠ざかりつつ雲の中に退避した。しかしレーダーで誘導されたF4Uはあっという間に帆足機の飛行方向に向かって雲上を先回りした。雲の切れ間から飛び出た一式陸攻に3機のF4Uが入れかわり銃撃を加えると、右翼付け根から炎が出てきた。一式陸攻は、がっくりと機首を落とすと海上に落ちていった。


 田中一飛曹の二式艦偵は高速を生かしてF4Uを発見すると全速の緩降下で逃げてゆく。田中機が310ノット(574km/h)の全速にもかかわらず、F4Uが高速を生かしてじりじりと距離を詰めて来る。田中一飛曹は、背後から接近してくるF4Uから逃げるために目の前の雲に飛び込んだ。しばらく雲中を飛行してから、雲の下に出るとF4Uは日本軍機を追っ払って満足したのか、どこにも見あたらなくなっていた。一方、洋上で監視していた第二十三日東丸はヨークタウンが発艦させたF4Uから銃撃を受けた。その後に現場に急行した軽巡ナッシュビルから砲撃を受けるとあっという間に沈没してゆく。『敵航空母艦2隻見ゆ』がこの漁船を改造した哨戒艇の最後の無電となった

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