5.3章 日本艦隊

 隼鷹と瑞鳳、祥鳳はしばらく房総沖で訓練していたが、帰還命令が出て横須賀へと戻った。横須賀では既に搭載物資の準備をしてており、あわただしく補給を行なった。特に隼鷹には他の空母とは異なる様々な補給品や整備のための備品が積み込まれた。夜になって、新型機を扱える整備部隊が隼鷹に乗り込んできた。必要な物資の積み込みと人員の乗り組みが終わると夜明け前には、3隻の空母はあわただしく太平洋へと出港していった。


 出港して2日後には、それぞれの空母に新たな機体がやってきた。瑞鳳と祥鳳には、零戦10機と九七式艦攻6機が搭載されていたが、まだ定数までに達していない。それを補うためにそれぞれの空母に九七式艦攻4機が飛来してきて、艦攻はそれぞれ10機となった。


 一方、竣工したばかりの隼鷹には搭載すべき固有の部隊は決まっていない。隼鷹の搭載機として、まず15機の烈風が飛来してきた。あちこちから集めてきたようで、数機ごとに塗装がばらばらだ。中には増加試作機と思われる機体も混ざっている。


 艦長の石井大佐には、新しい機体が飛来してくるとの通知があったが、いきなり制式化も終わっていない艦戦が飛んできてびっくりしていた。着艦してしばらくすると中隊長の中尉が艦橋をのぼってきた。


「初めまして、台南空の笹井と言います。しばらくお世話になりますがよろしくお願いします」


「台南空というと、南方で戦っていたはずだが、いったいどんな理由でここに来たのかね?」


「先月までバリクパパンで零戦に乗って戦っていました。それが、部隊の機体を烈風に改編するということで、順次、日本へ戻ってくることになりました。その第一陣として、我々が厚木で烈風を使った訓練を行っていたのですが、作戦が発令されるかもしれないから、空母に乗れと命令されたのです。それで訓練に使っていた機材にそのまま乗ってやってきました」


 艦橋で話していると、一等空曹がやってきた。

「どうしたんだい。坂井一飛曹、何か用事があるのか?」


「まだ日暮れまで時間がありますし、今日は天気も良いので、少しばかり離着艦の訓練をさせてもらおうかと。何しろ我々の部隊は、陸の基地勤務が長かったので、いざという時に無様な事故を起こさないように、空母に慣れておきたいんです」


 すぐに石井艦長が答える。

「そういうことなら、好きなだけやってくれ。但し、今日の午後は艦爆隊がやって来る予定なので、その時は甲板を開けてほしい」


 午後になると、3つの編隊に分かれて館山から彗星が飛来してきた。さすがに彗星は、正式化されて既に量産も開始されていて、いくつかの部隊で配備も始まっている。烈風のようにいろいろなところからかき集めてきた機体ではないようだ。最終的に18機の彗星が着艦した。


 その日の最後になって、とんでもない機体が飛んできた。その機体は甲高い音を響かせて、空母の上空を一度通過すると、空母の後方に回り込んで、斜め飛行甲板に降りてきた。3機の橘花改が次々に着艦してくる。降りてきた機体の周りに人だかりができてしまう。艦長の石井大佐と副長の羽田中佐も機体のところに降りていった。


 一番機の操縦席からは大尉が降りてきて、艦長に敬礼する。

「初めまして、空技廠の飛行実験部でジェット戦闘機の試験をしている周防と言います。これは、局地闘機の橘花改を艦上機に改設計したものです」


「ジェット戦闘機のことはうわさには聞いていたが、早くも艦上機型が登場してくるとは恐れ入った。それにしても実験部がまだ試験をやっているような機体を持ってきて大丈夫なのかね?」


「既に戦闘機としての性能は、制式化された橘花改で確認済みですから大丈夫です。この機体はまだ制式化には至っていませんが、艦上機としての試験もほとんど終わっています。機体の整備についても、横須賀からジェット機の面倒を見ている部隊が乗り込んできていますので、ご心配をおかけするようなことはありません。見たところ、この空母は飛行甲板が木甲板ではなくて、セメントに近い材質になっているようですが、ジェット戦闘機の運用は大丈夫なんですよね?」


「ああ、元々は防火対策で木材を止めたのだが、ジェット機でも大丈夫だという触れ込みだ。発艦位置についたジェットエンジンの排気を上方にそらす鉄板も装備しているぞ。整備機材や整備員たちは、君のところが手配したんだろう。既に乗り組んでいるよ」


 ……


 4月14日午後3時、軍令部第四部長の金子少将のところに気になる無線情報が集まってきた。何人かの部下の報告書を見ながら彼は、しばらく考えていた。

「4月13日以降、今日までにアリューシャン列島の周辺の無線情報が増えている。平文と暗号文が混じっているが、内容からすると米軍はアリューシャンで盛んに哨戒機を飛ばしていることになる。何のために哨戒や偵察を一生懸命しているのかその理由は何かというと……。北太平洋の航路……我々の真珠湾攻撃と同じだ……」


 彼は先月の鈴木大尉との会話について考えていた。米軍の攻撃について、いろいろな可能性の話をしていった。パンと手を打つと机の上の電話をとった。彼が連絡を取った先は、柱島の戦艦大和だった。


 ……


 連合艦隊参謀長の宇垣少将は、突然降ってきた仕事にてんてこ舞いだった。とにかく明日の朝からでも関東地方の部隊を動かさなくてはならない。実戦に参加できる航空隊や艦隊はどこにいるのかも探し出さないと行けない。作戦参謀の三和大佐や航空参謀の佐々木中佐まで呼び出して、対応について検討を開始した。方向が決まると、士官達も呼び出してあちこちに連絡を開始した。結局、三和大佐は陸攻で横須賀まで飛んで、横須賀鎮守府の平田中将に助言することになった。


「三和大佐、悪いが横鎮で中将の補佐役になってくれ。艦隊も航空隊も、ほとんどはこちらで動かすが、一部の航空隊や警備部隊は鎮守府の配下にある。君が補佐という名目で、こちらの作戦に合わせて動くように進言してくれ」


「わかりました。実質的に私が指揮するような場面もあるかもしれませんが、よろしいですね」


 宇垣少将は黙ってうなずいた。


 ……


 その頃、第二艦隊司令長官の近藤中将は既に自室で休んでいたが、本土から飛来した陸攻が通信筒を愛宕の艦上に落としていった。連合艦隊司令部からの命令だ。その長い命令書を読むと参謀たちを愛宕の会議室に招集した。


「諸君、日本の目と鼻の先まで来て申し訳ないが、もうひと仕事だ。まずは艦隊司令部からの命令書を一読してくれ」

 部屋に呼び出された参謀たちが順に読んでゆく。


 参謀長の白石少将が疑念を口にした。

「米空母の襲来については、未確認情報とありますが、それが事実だという前提での作戦ですね。それは良いとしても、我々の艦隊は巡洋艦と駆逐艦です。敵空母に対抗するなら少なくとも航空戦力が必要です。我が艦隊と連携して戦う航空部隊についての情報が必要です」


 少将は早口でまくし立てていたが、ここで一息ついた。

「木更津や横須賀などの基地航空隊からの爆撃機が出てくると思いますが、まずは偵察機です。この広い太平洋のどこから敵がやってくるのか、偵察機で発見しなければ何もできません。我々も水上機で偵察できますが、敵空母を見つけるためには足の長い偵察機を直ちに派遣してもらう必要があります。早期に発見しないと、敵を発見しても既に爆撃機は本土に向けて発艦済みということになりかねません。こちらも空母で出て行って艦載機を使って偵察してから、攻撃するというのが理想的ですね」


 通信筒にはもう一枚メモが入っていた。一読してから、近藤中将がニヤリとして説明する。

「白石君、いい知らせだ。房総沖で訓練中の瑞鳳と祥鳳、更に隼鷹と合流せよとのことだ。我が艦隊の配下に臨時でこの3艦を加えて、敵空母を撃破せよということになる。我々は、東京湾に明日入港できるところまで来ているが、房総沖に直行して空母部隊と合流する。航海参謀、現在位置から合流する地点を決めてくれ」


 近藤長官が一同を見まわす。

「今回、我が軍として使える作戦の駒は2つあると思う。我々の艦隊と空母による機動部隊、それに加えて基地航空隊だ。まだ不確定情報が多いが作戦を検討してくれ。明日、本土に接近した時点でもう一度集合する。夜が明ければもう少し詳しい情報が入るだろう」


 第二艦隊と言っても、南方の作戦を抜けて一足早く日本に戻っていた艦艇は、重巡愛宕と高雄、それに駆逐が3隻だけだ。4月16日の午後になって、一足早く日本に戻っていたこれらの艦艇は館山の沖合で3隻の空母部隊と合流した。艦隊全体では重巡2隻、駆逐艦3隻に空母3隻と駆逐艦4隻が加わったことになった。


 しばらくして、二式大艇が飛んできた。着水すると軍令部の大佐が、書類カバンを抱えてやってきた。近藤中将とさっそく挨拶する。


「軍令部一部一課の富岡です。今回の作戦について、支援のためにやってきました」


 さっそく、軍令部からの最新情報を受けて、検討を行った。軍令部で検討された作戦は、3段階に整理されていた。それを基に自分たちの艦隊の行動計画を検討してゆく。


 富岡大佐が作戦内容を説明する。

「作戦は大きく3段階から構成されます。第一段階は米空母の捜索です。現在のところ、空母は何時どこにやってくるのかわかっていません。爆撃機が帝都に到達できる距離まで接近することと、おそらく今日から5日以内の可能性が高いという諜報の分析だけが頼りです。海上の偵察ですが、九七式飛行艇や1式陸攻、加えて空母からも艦偵を出して捜索をします。我が国の太平洋上には小型の哨戒艦が配備されて監視が行われているので、これらの艦が見つける可能性もあります」


 大佐は、周りで聞いている士官たちの表情を確認した。さすがに参謀は真剣に聞いている。


「第二段階は帝都への攻撃の阻止です。米空母の飛行甲板を使えないように攻撃します。双発爆撃機が空母上に残っている間に我々が空母を攻撃して、発艦不能にすれば敵の作戦は失敗です。基地の陸攻隊と我々の空母からの攻撃隊がそれぞれ空母を攻撃します。なお空母は最低2隻、あるいは3隻と想定されますから、艦戦が必ず艦隊防御をしています。この敵の戦闘機による防衛線を突破しなければ攻撃はできません。更に、米爆撃機は航続距離の延長改修をしていると推定されるので、太平洋上のどの地点で離艦するのかはっきりしません。従って、爆撃機が出撃した後に発見する場合もありえます」


 質問がなさそうなので、すぐに次の説明に移る。

「第三段階は2つの作戦からなります。第三の甲は、爆撃機が出撃した後の米空母への攻撃です。攻撃機を発進させていても、そのまま空母を無傷で帰すわけにはいきません。我々の空母の艦載機と基地航空隊の陸攻が攻撃します。空母が生き残ればまた次の攻撃に出てきますからね。第三の乙は米爆撃機が既に出撃していた場合の帝国本土の防衛戦闘になります。既に本土の航空隊で局地戦闘機が待機状態にあります。房総半島の岬や木更津には電探が配置されていますので、それで探知して迎撃することになります。但し、我々も可能であれば艦偵を使って、米爆撃機を追跡して友軍戦闘機を誘導します。なお、天候により米軍が作戦を延期する可能性もあります。海が荒れて爆撃機が安全に離艦できない場合は、一旦、日本から離れるでしょう。その場合、追撃できるのは今のところ我々の艦隊しかいません。なおこの数日の予報は曇り空で、海は凪ではなく、白い波頭が若干立つ程度とのことです」


 近藤中将が続けた。

「米軍の立場になって考えると、我が軍に発見されてしまったことがわかれば、当然、爆撃機の発艦を急ぐことになる。しかも空母には着艦しない爆撃作戦なので、片道爆撃で最後は不時着を覚悟すれば、相当な遠距離から発艦しても帝都まで到達できる。すなわち、我々としては、発見して直ちに攻撃しなければ発艦前の攻撃はかなり難しいということだ。我々が迅速に行動しなければ爆撃機を阻止できないということを覚えておいてもらいたい」


 会議室の後ろで作戦の内容を中尉達が必死にメモをしていた。空母の艦長達にも作戦内容を理解してもらわなければならない。作戦を書き込んだメモを、水偵を使って通信筒でそれぞれの空母まで運ぶつもりなのだ。


 作戦を説明していると、電文が近藤中将に渡された。

「横須賀から、空母に応援の機体が飛んでくるとのことだ。新型の橘花改と二式艦偵が追加で来るので空母に乗せてくれとのことだ。空母の艦長によく伝えてくれ」


 間もなく、木更津から隼鷹に向けてやってきた4機の橘花改は、いずれも試験中の増加試作機だった。また4機が飛来した二式艦偵には電探が装備されていた。一足早く隼鷹に降りていた周防大尉が甲板で出迎える。橘花改から降りてきた下川大尉と小福田大尉がそれを見て敬礼する。


 これで橘花改を改修して製造された7機の艦上機型は、ほとんどが隼鷹艦上にそろったことになった。

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