4.5章 日本軍 第一次攻撃隊
英海軍の3隻の空母から攻撃隊が発進して1時間後には、早くも日本の攻撃隊をプリンス・オブ・ウェールズのレーダーがとらえた。マストに備えられたタイプ279警戒レーダーが40浬(74km)で東方から接近する大編隊を探知したのだ。間もなく他の艦艇でもレーダーに大編隊がとらえられた。
パリサー少将がフィリップス中将に報告する。
「日本軍の編隊を探知しました。東方、45マイル(72km)から艦隊に向けて接近中です。20分以内に艦隊上空にやってきます」
「全艦、戦闘態勢。上空の戦闘機は全力で敵機を迎撃せよ。全ての戦闘機隊を向かわせて構わん。敵の攻撃隊を阻止せよ」
多数の攻撃機から構成される第一次攻撃隊は、密接な一群の編隊ではなく、3群に別れて飛行していた。一航戦と二航戦、五航戦の部隊がそれぞれ別の編隊となっていた。護衛の戦闘機隊が、それぞれ分離した攻撃隊に合わせて周囲を護衛していた。エンタープライズやレキシントンとの戦いの分析結果から、攻撃隊の前方だけでなく、左右も護衛できるように戦闘機隊は分散して飛行していた。
また、源田参謀の意見で機上無線の通話により攻撃隊と戦闘機隊の相互の通話がすぐにできるように、指揮官の無線電話機ではあらかじめ周波数を合わせていた。爆撃隊や艦攻隊が敵機から攻撃された場合に、直ぐに救援を呼ぶためだ。
真っ先に、第一次攻撃隊に突っかかって行ったのは、速度が速いおかげで先頭に出ていたシーハリケーンの部隊だった。一方、日本軍の最前方には烈風の編隊が飛行していた。赤城戦闘機隊の板谷少佐が警告を発する。
「9時方向、下方から敵機。10機程度。繰り返す。9時方向、下方」
東方から飛行してくる日本軍の飛行隊に9機のシーハリケーンが3機ごとの小隊に別れて、上昇しながら接近してきた。しかし、板谷少佐の烈風隊は軽くロールすると降下しながら右に回り込んで270度旋回して、シーハリケーンの後下方につけた。敵機から発見されにくい下方に潜り込んで、後方から烈風の上昇力にものを言わせてぐんぐん接近してゆく。急降下の余力もプラスされて上昇しながらも速度は330ノット(611km/h)を超えている。
2個小隊のシーハリケーンは、烈風が射程に接近する前に日本軍の爆撃隊に取り付けると判断したらしい。爆撃隊への攻撃を優先して、ためらわず直線的に上昇を続けた。しかし想定以上に上昇力に優れる烈風があっという間に後方から近づいて機銃を発射する。後方から接近した3機の烈風がそれぞれ目標を定めて射撃すると、シーハリケーンの翼上や胴体で20mm弾の爆裂弾が爆発する。一撃を受けただけで、翼から火を噴き出した機体が2機、墜落した。更に機首から黒い煙を出した1機が落ちてゆく。
板谷少佐は射撃を終えると、更に前方を飛行していた無傷の3機小隊のシーハリケーンに向けて上昇した。
「前方の敵小隊を攻撃する。続け」
シーハリケーンは急接近する烈風に気がついて、回避に入ったが既に遅かった。機体を翻して、急降下に入ろうとしたところで背中から烈風の射撃を受けた。蛙飛びのような要領で、6機のシーハリケーンが次々に撃墜された。
一方、3機のシーハリケーンは、後方の日本戦闘機を警戒してロールをしながら左に急旋回して、日本編隊に接近するコースから外れた。そのおかげで板谷小隊の烈風の攻撃からは逃れることができた。
指宿大尉の烈風小隊は、板谷小隊には続かず、上空で戦闘の推移を見ていた。左方向に向きを変えた3機の敵機に狙いを定めると、後続機に向けてピッと鋭くバンクするとシーハリケーンに向けて左旋回をしながら降下していった。指宿小隊はシーハリケーンから見て、太陽の方向から接近していた。太陽の光を背にして接近したためにシーハリケーンが烈風の姿に気づいた時には、既に近距離に迫っていた。至近距離からの射撃を受けて3機のシーハリケーンが一筋の煙を噴き出しながら落ちていった。これらの烈風は噴進弾を装備していたが、優位な体勢からの攻撃となったために、空戦の最中もそれを発射せずに温存していた。
続いて、英海軍のマートレット、すなわち米海軍のF4Fが迎撃をしてくる。シーハリケーンとの交戦で一部の戦闘機が編隊から離れた後も第一次攻撃隊には45機以上の戦闘機が直衛をしていた。
今度は一航戦の艦攻隊が敵戦闘機を発見した。艦攻隊の村田少佐が、無線で警告を発する。
「10時方向、同高度に敵機。二つの編隊。10時方向、高度は同じだ」
無線を受けて、攻撃隊の右翼を飛行していた加賀戦闘機隊の志賀大尉が直ぐに反応した。軽くバンクして列機に知らせると、フルスロットルで加速してゆく。やや遅れて、左翼側を護衛していた零戦隊も敵機を視認して加速してゆく。
同高度で接近してきた18機のマートレットは2群の編隊に分かれて仕掛けてきた。艦攻隊の左右を護衛していた15機の零戦との空戦が始まる。奇襲を仕掛けるか、多数機で戦闘しない限り、F4Fでは性能が優れる零戦には勝てないことが真珠湾の空戦で証明されていた。米海軍では同数の零戦と旋回戦をするなという注意が広がりつつあったが、英軍の戦闘機パイロットには、そんな注意は届いていない。しかも彼らはこの時大きな間違いを犯していた。ヨーロッパでのドイツ機相手の戦いの経験から、ダイブを生かした戦闘ではなく、旋回戦闘で零戦に挑んできたのだ。
志賀大尉は水平面での急旋回を続けるF4Fの後方につけた。志賀大尉がつぶやく。
「旋回で戦いを挑んでくるのか。これじゃあまるで空戦訓練のようじゃないか」
F4Fよりも半径の小さい旋回で、するすると後方につけた志賀機から機銃弾の火箭が伸びると機首に命中して破片が飛び散る。エンジンカウリングが飛散したマートレットがあっという間に墜落してゆく。さすがに米国製の機体は火を噴きだすこともなく、薄く灰色の煙を吐き出しながら落ちていった。旋回戦で零戦に挑んだ他のマートレットも長くは飛んでいられなかった。後方をとられて、零戦から射撃を受けると、先のマートレットと同様に錐もみになって落ちてゆく。
一方、垂直面での戦闘を意図して上昇に移ったマートレットに対しては、山本一飛曹の第3小隊が追尾した。山本一飛曹の小隊はオアフ島上空でF4Fと戦って墜落した経験があった。すなわち相手の素性がわかっていた。
ぐんぐん上昇していったマートレットは既に上空で背面になっている。山本一飛曹はひとりつぶやいた。
「あの手を使ってみるか。木の葉落としだ」
上昇から背面に移ったマートレットに対して、零戦がやや後方で追随してゆく。上昇では引き離せないと覚悟して、マートレットは背面からそのまま降下姿勢になる。
山本一飛曹もマートレットを追いかけてぐんぐん上昇してゆくと、空の一点で一瞬止まったようになる。次の瞬間、ぱたりと倒れるように裏返しになって、機首を真下に向けた。低速でも素性の良い機体にしか許されない失速反転だ。
下を向いた機首の先には垂直旋回を終えて機首を水平に戻しつつあるマートレットが飛行していた。山本一飛曹は機首を下げたまま降下して、マートレットに照準を合わせると短く射撃した。13.2mm弾が胴体に吸い込まれると、数か所で爆発が発生して金属片が飛び散る。マートレットの翼には大きく破孔が開いた。そのまま、穴の開いた左翼を下げてくるりと反転すると海面めがけて落ちていった。他にも同様に落ちてゆくマートレットが6機ほど見える。残っていたマートレットは攻撃をあきらめて急降下してゆく。
最後に第一次攻撃隊を迎撃したのは、英軍だけが実戦化した複座艦戦であるフェアリー・フルマーだ。大型の戦闘機は、最大速度も400km/h程度で、零戦よりも200km/h以上も劣速だった。6機が2群に分かれて緩やかに旋回しながら、日本編隊に向かっていった。編隊中に、魚雷を抱いた艦攻の編隊を見つけると恐れることなく接近していった。しかし、接近してくるフルマーを視認すると艦攻隊から無線で警報が出た。
艦攻隊の後方を飛行していた二航戦の戦闘機が全速で加速してくる。クルリと反転するとフルマーの後方から全速で接敵した。大きな速度差からフルマーが逃げる間もなくあっという間に追いつかれてしまう。なんの苦労もなく接近した零戦隊が後方から射撃すると、2機が胴体から灰色の煙を引きずって落ちてゆく。
一方、零戦の射撃を旋回で回避しようとしたフルマーに対しては、零戦はもっと小さな半径で旋回して追い上げてゆく。後方から零戦の射撃を受けると、胴体に破孔が開口して、直ぐに2機が撃墜されてゆく。最後の残った機体は急降下で零戦から逃れようとするが、急降下姿勢になったところで、上方からかぶられて上から零戦の射撃を受けると、そのまま墜落してゆく。わずか数分の戦いでそれまで飛行していたフルマー隊は全て蒸発してしまった。
戦闘機を排除して進んでゆくと、村田少佐の目の前に英海軍の艦隊が見えてくる。この時、フィリップス中将のA部隊は前方にプリンス・オブ・ウェールズとレパルスを中心とする高速戦艦部隊とやや離れて、インドミタブルとフォーミダブルが航行していた。そして最後尾にハーミーズが続いている。巡洋艦は重巡洋艦コーンウォールとドーセットシャーが空母に随伴している。軽巡洋艦のエメラルドとエンタープライズは戦艦を護衛していた。
第一次攻撃隊は上空から見ても明らかに大型の正規空母とわかるインドミタブルとフォーミダブルへの攻撃を優先した。板谷少佐の烈風隊が高速で降下してゆく。
この時、零戦との戦いで生き残った6機のマートレットが、艦攻隊の後方から接近してきた。後方を飛行していた零戦隊が直ちに上昇反転してマートレットの上空から急降下すると、あっという間に6機のマートレットを撃墜してしまった。
英軍の各艦は、既に接近する日本軍の編隊を視認していた。
インドミタブルのトゥルーブリッジ艦長が対空戦闘を命令する。
「対空戦闘開始。我々の上空を飛んでいるのは全て敵機だ。敵機が射程に達したら、自由に発砲せよ」
英海軍はHACSと呼ばれる対空射撃管制システムを使用していた。数次の改良を経て、285レーダーの測定データを入力して高射砲の管制ができるようになっていた。
空母が全力で8基の連装4.5インチ(114mm)高角砲を撃ち始める。前方を航走するコーンウォールも4基の4インチ(102mm)高角砲による射撃を開始した。烈風は重巡からの射撃は無視して空母への攻撃に集中した。12機の烈風隊は2群に分かれて急降下していった。右舷側に6機が突入した。更に若干遅れて、左舷側に6機が回り込んだ。
トゥルーブリッジ艦長は右舷側と左舷側の両舷に接近する敵機に対して、一瞬躊躇したが、舵をきって狙いを外すことを決断する。
「面舵いっぱい。対空砲は全力射撃せよ」
8,000メートルの遠距離から射撃を開始した空母と巡洋艦の高角砲は、距離が遠いためしばらくは有効弾が出なかった。しかし、数千メートル辺りから至近弾となり、ついに1機の烈風が炎に包まれて海面に突っ込んでゆく。
右舷側を指向して降下してくる5機の烈風に対して、右舷に指向可能な連装高角砲4基と40mmポンポン砲4基が全力射撃をする。ポンポン砲はHACS射撃照準器により管制されていたが、烈風の降下速度は低空でも330ノット(611km/h)を超えていたために照準が遅れ気味となる。しかも、ポンポン砲が全力で連射をしている間に、弾詰まりにより射撃を停止する砲が続出した。
面舵で向きを変えてゆく艦に対して、烈風はやすやすと機体を滑らせて右舷に正対するように方向を変えてゆく。5機の烈風が右舷に向けて1機当たり22発、合計110発の噴進弾を一斉に発射した。おびただしい数の白煙が翼下面から、するするとインドミタブルの船体に伸びてゆく。発射された噴進弾は約3分の1が右舷に命中した。
英空母の強固な飛行甲板と格納庫側壁の装甲板に対しては、50mm弾頭では全てが表面で爆発して貫通することはなかった。そのため艦内への被害はなかったが、装甲で防御されていない対空砲や機関銃は大きな被害を受けた。爆発煙がおさまった時には、右舷で射撃可能な対空砲は後部の高射砲が2基のみとなってしまった。船体側面に格納されていた搭載艇にも命中して、火災が発生する。
同時に6機の烈風が突入した左舷側に向けては、132発の噴進弾を浴びた。これにより左舷側の対空砲は最後尾の1基の高角砲を除いて全て沈黙した。本来であれば全ての高角砲が破壊されるほどの数の噴進弾が命中したのだが、英空母の4.5インチ高角砲は外部にむき出しではなく、砲塔形式のシールドが付加されていたので至近弾による破壊を免た。噴進弾は飛行甲板の装甲板を貫通することはできなかったが、舷側に設置された対空砲の管制システムを破壊した。そのため、統一した対空射撃ができなくなった。
インドミタブルが30ノットの全速で航行しているため、噴進弾の爆発煙はあっという間に後方に流れて行ってしまう。その間に上空から艦爆隊が急降下を開始する。蒼龍艦爆隊の江草少佐を隊長とする15機の彗星が降下を開始した。ハワイの空母の戦いでも採用された艦の上空から多数機が一斉に降下する爆撃法だ。
江草少佐が無線で指示した。
「突撃開始」
インドミタブルは、射撃可能な3基の高角砲が砲身を上に向けて全力で射撃するが、高射管制システムからの制御がないので各砲塔ばらばらの射撃だ。複数の方向から急降下してくる15機の彗星艦爆に対しては、自らが狙われていないコーンウォールの高射砲も射撃を開始するが、4基の4インチ砲では撃墜できない。
江草少佐は、真新しい機体を操って、投下高度まで急降下した。新しい爆弾の弾道による見越し補正量については、従来の爆弾のおおむね半分でよいと教わった通りに補正して、爆弾を投下した。
江草少佐の彗星が投下したのは、80番4号(800kg)爆弾だった。投下すると、爆弾倉の誘導稈から放たれた爆弾はやや離れたところで、後方から勢いよく白煙を噴き出した。斜め下方の空母に向けて白い槍が猛烈な速度で伸びてゆく。音速を超えて甲板に激突した爆弾は3インチ(76mm)装甲板を簡単に貫通して、格納庫内部に突入した。弾体は上部格納庫から2階建ての下部格納庫の床面を次々と撃ち抜いてボイラー室で弾頭の80kg炸薬を爆発させた。爆風と弾体のスプリンターが船体の内部へと広がり周囲の缶室も破壊した。前半部のボイラーが全て破壊されて空母の速度が一気に低下する。
急降下から上昇に移った機体の後席で石井飛曹長が大声で叫んでいる。
「甲板に命中! 大きな炎が噴き出しています」
江草少佐が振り返って見ると、複数の爆発煙が見えた。中隊の他の機も同時に命中させたのだ。
この時期の一航戦と二航戦の艦爆隊はベテランによる高い命中率を誇っており、15機の彗星から投弾された爆弾の命中率は、空母が高速で航行していたにもかかわらず、6割を超えた。15発が投弾されて、9発の爆弾が空母の甲板に命中した。5発の80番通常爆弾は飛行甲板に命中してそのまま貫通して下部格納庫内で爆発した。インドミタブルの格納庫は米空母のような解放部がないため、爆風が外部に漏れることなく、格納庫全体を破壊して、飛行甲板の装甲板とエレベータが上に持ち上がってしまう。
80番4号爆弾は最初の命中弾も含めて4発が命中した。ロケット推進で速度が増加した爆弾は、格納庫の床も貫通して、船体下部に達して爆発した。この爆発で機関部のボイラーやタービン、発電機が被害を受けて全て停止した。船体側面に亀裂ができて浸水も始まる。4軸の推進軸すべてが停止して惰性で進むだけになった。わずかに残った対空砲も電源を失って沈黙する。
そこに雷撃隊が飛行してきた。攻撃隊の機数が多いため、艦攻が最後に攻撃することとなっていたのだ。
村田少佐が指揮する赤城の9機の97式艦攻が右舷側から降下接近していった。既にインドミタブルからの反撃はない。インドミタブルは舵も動かずに惰力だけで大きく弧を描くようにゆっくりと動いていた。散開した97式艦攻はまるで訓練のように飛行していって、1機も脱落することなく全機が攻撃した。9機の艦攻が3発の反跳爆弾と6本の魚雷を投下した。魚雷よりも高速で海面を跳ねていった80番の反跳爆弾は2発が舷側に命中した。1.5インチ(38mm)の格納庫側面の装甲板をやすやすと貫通して、ほぼ同時に下部格納庫内で2発の800kgの徹甲榴弾が爆発した。巨大は爆圧により格納庫の側壁に亀裂が発生するとともに、飛行甲板のエレベータが上方に吹き飛ばされた。
続いて4本の魚雷が船体の中央部から後部にかけてまんべんなく命中した。既に電源も機関も全て停止してしまって、魚雷の破孔から流れ込む海水を排水することも反対舷に注水して艦の傾きを修正することもできずに、もはや成り行き任せになってしまった。
村田少佐は、上空から見てこの艦が既に断末魔だとわかった。無線機のスイッチを入れる。
「他の艦を攻撃せよ……」
しかし、命令が途中で止まってしまう。既に降下した4機の艦攻が雷撃地点に達していたのだ。
停止して右舷への傾斜が始まったインドミタブルに向けて、訓練通りに艦の転覆を狙って、4機が喫水の下がった右舷側のみに狙いをつけた。4本の魚雷が投下され、2本が命中した。連続して命中した2本の魚雷が、既に浸水の回復が不能となっていたインドミタブルの引導を更に早めることになった。艦隊の中央部と前部で弾頭が爆発して、浸水が増大すると急速に傾斜が大きくなった。やがて舷側の破孔からも海水が侵入するとあっという間に艦が右舷を下に横転して沈没していった。
インドミタブルが攻撃を受けているころ、少し離れて航行していたフォーミダブルもほぼ同数の日本機から攻撃を受けていた。もともと、村田少佐は特定の艦に多数機の攻撃が集中して他の艦を見逃してしまうことを避けるために、2艦の正規空母に対してはあらかじめ決めた機数の攻撃隊を割り振っていた。2隻の大型空母のうちの前方の艦を甲目標、後方の艦を乙目標として、甲乙それぞれの空母に同数を割り当てていたのだ。今回は、その作戦がうまく当てはまって英艦隊の上空での混乱を避けられた。
あらかじめ攻撃の手順について、指示が行われていたために、フォーミダブルに対してもインドミタブルと同じ順序で攻撃が行われた。
対空砲火を制圧するために噴進弾を備えた翔鶴戦闘機隊の12機の零戦が右舷に8機、左舷に4機が急降下してゆく。米国で座礁の修理をしていたインドミタブルと異なり、フォーミダブルの乗員はエーゲ海でドイツ空軍のJu87から空襲を受けたことがあった。この時は、爆弾は命中したが、沈没は免れてJu87を撃退している。この経験のため、フォーミダブルは他の艦よりも冷静に日本軍機の空襲に対応できた。
フォーミダブルの4.5インチ高角砲は零戦が急降下を開始するポイントを狙って、一斉に発砲を開始した。高射砲により、右舷側の1機が火を噴いて落ちてゆく。また、40mmポンポン砲も零戦が4,000mまで接近するのを待って、零戦が接近したところで全力射撃を開始した。フォーミダブルの前方を航行していたドーセットシャーも全力で対空射撃に加わる。思わぬ射撃を受けて更に右舷側で1機の零戦が撃墜された。フォーミダブルのウィリアム・ビセット艦長は零戦が接近してきた頃合いを見て、減速を指示した。
「命中の衝撃に備えろ。両舷、推進機を逆転させて全力で減速しろ」
10の零戦が、噴進弾を発射する。噴進弾が空母をめがけて白い煙を吹きながら飛翔してゆくが、空母は急ブレーキをかけたように減速を始める。おかげで、噴進弾は艦首部に命中したが、中央部と後部は被弾を回避した。対空砲は前部の3基の高角砲と3基の40mm砲は使用不能となったが、残りの5基の高角砲と3基の40mm砲は生き残った。艦首で噴進弾の推進薬により火災が発生した。フォーミダブル艦橋の見張りは、噴進弾が命中する前に既に上空に近づく爆撃機を発見していた。
「上空に急降下爆撃機、多数の急降下爆撃機が接近中」
噴進弾が命中した瞬間にビセット艦長が叫ぶ。
「艦首部の被害を確認しろ。前進全速。取舵。上空の爆撃機に向けて全力で射撃開始」
まだ低速で前進していた艦が今度は急加速を始める。速度が上がる前の取舵のために、急速に艦首が左舷に振れ始める。
上空では翔鶴の高橋少佐が指揮する15機の彗星が急降下を始めた。高橋少佐には相手がベテランの艦長だとすぐにわかった。
「これは厄介だな、減速と加速を繰り返しているぞ。しかも前進に合わせて左舷に急回頭を始めている。なかなかうまい操艦法だ」
経験豊富な搭乗員はいつもより低空で爆弾を投下することで命中率を稼ごうとした。しかし、空母の4基の高角砲と3基の高射機関砲が一斉に撃ち始めて、2機の艦爆が相次いで撃墜さた。残った13機が投弾したが、空母の巧妙な回避の影響で命中したのは5発だった。
そのうち2発は艦後方の3インチの装甲板を貫通して格納庫内で爆発した。後部格納庫で爆発した80番爆弾の強烈な衝撃のために艦尾で射撃していた4基の高角砲が撃てなくなる。艦が加速している時に投下されたために、残りのロケット推進の3発も艦尾寄りに命中した。全て装甲板を貫通して、格納庫下の水平隔壁も弾体が貫通して爆発した。爆風により艦尾近くの側壁に亀裂が生じて急速に浸水が始まる。しかしそれよりもはるかに重大なのは、艦の後部が破壊されて2基の推進軸と操舵部が損傷を受けたことだ。残った推進機は1軸のみで、転舵ができない。フォーミダブルの速度は10ノット以下に減速していった。舵の損傷により、攻撃に対しての回避行動もできない。
中途半端な速度で進むフォーミダブルに向けて蒼龍と飛龍の13機の97式艦攻が降下してきた。飛龍艦攻隊の橘少佐が攻撃を指示する。
「左舷側から攻撃する。目標は低速だ。落ち着いて狙え」
ビセット艦長は接近してきた艦攻の編隊を見て思わず旋回を命ずる。
「右舷推進機全速、左舷推進機を逆転しろ」
しかし、操舵が不可能になったために、艦長が期待したような回頭は行われない。97式艦攻は機体をフォーミダブルの左舷を狙える位置に飛行させてゆく。艦攻に向けて発砲できる砲火は2基の40mm砲だけだ。
まず4機の97式艦攻が80番反跳爆弾を投下した。1発が舷側に命中して、側面の装甲板を貫通して艦内で爆発する。更に1発が艦尾近くに命中して、艦内に侵入して隔壁を突き破って爆発する。この爆発により、艦尾は完全に破壊されて、艦尾への浸水も拡大した。
残った9機の97式艦攻が次々に魚雷を投下した。のろのろとまっすぐ進むだけの空母の左舷に4本の魚雷が次々に命中する。まず艦の前部に1本が命中し、次に中央部に2本、更に後部に1本の魚雷が均等に命中した。直ちに浸水により艦の傾斜が始まる。浸水が始まって反対舷への注水とポンプによる排水を試みるが、圧倒的な浸水量にまったく排水が追いつかず傾斜はどんどん増加していった。
第一次攻撃隊は、2隻の空母への攻撃だけでなく、フィリップス中将が座乗するプリンス・オブ・ウェールズも攻撃していた。9機の零戦が噴進弾による降下攻撃を行った。しかし、この新型戦艦は空母よりも高性能の新型の高角砲と最新のHACS(射撃管制機)を備えていた。射程の長い5.25インチ(133mm)両用砲は10,000mあたりの距離から射撃を開始した。新型のHACSはレーダーにより測定されたデータを入力することにより、風の影響なども含めて航空機の未来位置を計算して、5.25インチを遠隔制御できる。
遠距離からの射撃により零戦隊の2機が撃墜される。7機の零戦が、急降下して噴進弾の射程に入った。最終的には左舷から4機、右舷から3機が噴進弾の一斉射撃を行った。
空母に比べて艦上の構造物が大きな戦艦に対しては、噴進弾の命中率が高まった。左舷側は、艦の中央部に88発の噴進弾の半数近くが命中する。主砲塔上の機銃を除いて左舷の全ての機銃が沈黙した。しかし大口径の高角砲は2基が破壊を免れた。5.25インチ高角砲は全て砲塔におさめられており、垂直に噴進弾が直撃しない限り至近弾の断片は全て防御できた。噴進弾により、左舷の第2煙突後部の短艇庫のあたりで火災が発生するが、すぐに鎮火した。右舷側では、零戦はかなり近づいて噴進弾を発射した。そのため、発射された66発の噴進弾は、艦橋と第一煙突あたりに集中して半数以上が命中した。中央部からは短艇の火災によりどす黒い煙が上がって、対空砲の邪魔をした。最も影響の大きかったのは、レーダーが破壊されたことだ。むき出しのアンテナは、至近弾の破片でも容易に破壊された。
上空の急降下爆撃隊は、噴進弾の炸裂煙が晴れるのを待たずに戦艦の上空に接近して、急降下を開始した。9機の艦爆が降下体勢に入る。8基のうちの残った4基の連装高射砲が上方に向きを変えて、各個で射撃を開始する。しかし、ばらばらな射撃で命中弾は出ない。この時、艦長のリーチ大佐は、直感的に左舷に回頭して、爆弾を回避するように命令した。
「とりかじー。急降下爆撃機だ。爆弾の命中に備えろ」
9発の爆弾が投弾されて、全速で左に回頭を始めた戦艦の船体に3発が命中して2発が至近弾となった。後部艦橋付近に命中した80番4号爆弾が後部艦橋の射撃指揮装置を吹き飛ばして、更に後部の1基の高角砲を貫通して、下部の5インチ(127mm)の水平装甲板に命中した。急回避して傾斜した船体に対して、弾道が斜めとなったため、5インチ装甲を貫通できずに表面で爆発した。爆風が上に吹き上げると後部艦橋が破壊されるとともに、後部マストがバリバリと音をたてて後方に倒れてゆく。
次に、A砲塔天蓋にほぼ垂直に命中した80番4号は、5.88インチ(149mm)の装甲板を貫通することができた。砲塔下部の船体内まで突入して、9インチ(229mm)の弾薬庫の装甲で阻止されて爆発した。砲塔のバーベットの周りから爆風が噴きった。4門の主砲は爆発の衝撃で砲塔からばらばらになって上を向いてしまう。艦首付近に命中した80番4号は完全に船体を貫通して、水中爆発となった。艦首下部に亀裂ができて、艦底の高い水圧が急激な浸水を引き起こした。
更に、艦尾と中央部左舷側への2発の至近弾により、装甲板のない艦尾に亀裂が発生して浸水が始まってしまう。
艦橋では、命中の衝撃で床に倒れたフィリップス中将が立ち上がっていた。
「なんということだ。日本軍の爆弾の威力がこれほどのものとは」
彼には、装甲板を撃ち抜いた日本軍の大型爆弾が戦艦の主砲と同じ威力を持っていると思えた。こんなものを何発も命中させられては、無事でいられる艦などないに違いない。空母から上がる二筋の煙が艦橋からよく見えた。まっすぐ上に登る煙は既に空母が動いていないことを示していた。
振り返ると、後ろに控えたパリサー少将に話しかけた。
「撤退だ。動ける艦だけでよい。アッズのサマヴィル君にも後退するように伝えてくれ」
しかし、フィリップス中将の命令は伝達されなかった。ほどなくプリンス・オブ・ウェールズの電源が落ちたからだ。
急降下爆撃機と同時に加賀艦攻隊の橋口少佐が指揮する12機の97式艦攻が攻撃を開始した。
橋口少佐は転舵する戦艦を上空から見て攻撃法を変えた。
「左右からの挟撃で攻撃する。全機突撃せよ」
戦艦の左への回頭による方位の変化を見越して、右舷からはやや機首よりに6機が接近した。他方、左舷からは6機が側面から接近した。
リーチ艦長は、両舷から雷撃コースに入ってきた艦攻を発見した。誰の目にも、左右の魚雷を全て回避するのは不可能だとわかる。
「両舷から雷撃機だ。命中に備えろ」
右舷からの97式艦攻は2発の反跳爆弾と4本の魚雷を投下した。1発の80番反跳爆弾が舷側に命中したが、15インチ(381mm)の舷側装甲板を貫通できずに表面で爆発した。船体の前半部に命中した1本の魚雷は右舷側の水雷区画に浸水を発生させた。左舷からの97式艦攻は6本の魚雷を投下した。プリンス・オブ・ウェールズの左への回頭の影響により、魚雷は斜め後方から命中することになった。
船体の中央部に1本の魚雷が命中して浸水を発生させたが、喫水線下の水雷防御区画が爆発を受け止めたため、重油タンクの破壊と左舷外部区画の浸水にとどまった。続いて左舷艦尾に更に1本の魚雷が命中した。この魚雷は、左舷外側のスクリューの推進軸付近に命中したため、爆発により推進軸が大きくねじ曲がった。曲げられた推進軸は回転を続けて、シャフトが通るトンネル状の隔壁を次々と破壊して、機関室への大量の浸水を引き起こした。
艦尾の80番爆弾による破孔も拡大して、艦の後部全体の浸水が急速に拡大する。しかも、機関部への浸水により7割以上の発電機が停止して、艦の中央部から後半部全体が停電してしまった。この浸水のために速度は10ノット以下に低下して、停電のために操舵不能となり、注排水も不可能となった。しかもほとんどの対空砲が停電で射撃できなくなってしまう。次の瞬間には、もう1本の魚雷が艦の前方に命中して左舷に浸水を発生させた。既に艦首に命中していた爆弾の破孔と合わせて艦首部の浸水も対処不可能な規模に増大していった。
プリンス・オブ・ウェールズが急減速した様子を見て、5機の97式艦攻が左舷側から雷撃するために降下していった。回避運動も対空射撃もままならなくなっていた戦艦に5本の魚雷が投下されて、3本が命中した。先の魚雷命中で防水区画にとどまっていた艦の中央部の浸水も再び内部に拡大した。既に大きな被害を受けていたプリンス・オブ・ウェールズは、この魚雷命中が致命傷になった。魚雷の爆発による水柱がおさまると、巨大な艦は左舷を下にして横倒しになりつつあった。
一方、レパルスに対しては、3機編隊の零戦が右舷側に降下して、噴進弾を発射した。左舷側にも3機の零戦が降下して、撃墜されずに3機が噴進弾を発射できた。レパルスには、シールドのない4インチ単装高射砲が6基備えられていた。また、40mm対空機関砲は3基に過ぎない。このため、防空能力はプリンス・オブ・ウェールズよりも低い。
右舷には艦橋周辺と中央部に3機から発射された噴進弾が命中した。右舷後部の機関砲と単装高射砲は生き残ったが、煙突近くに装備された3連装砲と機関砲が破壊された。また、艦の中央部の短艇に噴進弾の燃料の火が燃え移って火災が発生した。一方、左舷の3機の零戦が発射した噴進弾は後部に着弾した。後部艦橋の3連装砲と後部の主砲塔上のポンポン砲も破壊された。主砲塔にも噴進弾が命中して装甲の表面で爆発した。
レパルスの対空砲火が下火になったのを見計らって、3機の彗星が続けて左舷方向から急降下を開始した。
ビル・テナント艦長が上空の爆撃機を発見して回避を指示した。
「面舵、いっぱい」
レパルスは急速に艦首を右に回頭した。そのため、急降下爆撃機の爆弾は、2発までは回頭により回避できた。しかし、艦首が回り始めてから投弾した3番目の彗星は回頭を見越して狙いを修正していた。艦の中央部に命中した80番4号爆弾は上甲板を貫通して、その下部の3インチ装甲も簡単に貫通してから、船体中央の機関室で爆発した。半数の機関が大きな被害を受けて速度が急に低下してゆく。
急降下爆撃と同時に6機の97式艦攻が左右に分かれて攻撃してきた。右舷の高射砲が射撃を開始するが、有効な反撃ができない。左舷に2機、右舷に4機が魚雷を投下した。魚雷が投下されたときレパルスは減速しながら、艦首を右へと回頭していた。このため、左舷側の魚雷は全て艦首の前方を通り過ぎてしまった。一方、右舷側の魚雷は2本が艦の前方に命中した。第一次世界大戦時に巡洋戦艦として完成したレパルスは、速度を稼ぐために戦艦ほどは重層な防御は施されていなかった。このため、2本の魚雷が前半部の水雷区画でも防ぐことのできない大規模な浸水を引き起こして、艦の前部の傾斜が始まった。
レパルスに向けた攻撃が終わると、一瞬艦隊の上空が静かになった。日本軍の攻撃機はわずかな数を残して、東方へと引き揚げてゆく。第一次攻撃隊の攻撃が終わったのだ。しかし、既に同規模の攻撃隊が再び英艦隊に迫っていた。
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