1.5章 第三次攻撃隊の戦い

 第二次攻撃隊が引き上げつつあるときに赤城の艦上では、ちょっとした議論が巻き起こっていた。もはや戦果は十分だから、引き返すべきだと南雲長官が言い始めたのだ。これに対して、草鹿参謀長と源田航空参謀が攻撃を継続して戦果をもっと拡大すべきだと反論していた。


 珍しく、南雲中将が声を大きくしている。

「君たちは、もっと攻撃すべきというが、もう十分に戦果が出たじゃないか。それに重要目標だった空母の所在が不明だ。ハワイ近海の空母から攻撃されたらどうするのか? 我々が、ハワイ近海にいるのは、攻撃を受けた米軍は既に知っているのだぞ。攻撃隊をオアフ島に出している間に攻撃される可能性がある」


 直ぐに源田中佐が反論する。

「奇襲攻撃が成功したので、相手の航空部隊にも湾内の艦隊にも大きな被害を与えています。敵の迎撃戦力が弱体化している今こそ、攻撃を継続して戦果を拡大すべきです。加えて我々の艦隊の位置は、まだ敵に知られていません。発見されない限り、直ちに攻撃を受けることはありません。しかも、我々は敵の空母からの奇襲を警戒して、オアフ島近海に十分な偵察機を出しています」


 こんなチャンスは二度とない、司令長官がそんなに弱気にならないでくれ、と思うが源田中佐もさすがにそれは口に出さない。


 草鹿少将も攻撃を促すように発言した。

「長官、戦果はまだ十分ではありません。海軍の工廠の設備や小型艦など、まだ残っています。これらを破壊しなければ、沈めた戦艦も直ぐに引き上げられて、戦力に復帰するのですよ。米空母からの攻撃を考慮して防空を強化しますが、残った兵力で次の攻撃隊をすぐにでも編成すべきです」


 その時、一通の電文が連合艦隊司令部から届いた。送り主は山本連合艦隊長官だ。

『奇襲成功ニヨリ被害少ナレバ戦果ヲ拡大セヨ』


 短い電文だったが、これが決定的だった。流石に南雲中将も連合艦隊長官が直々に送ってきた督戦指示には従うしかない。


 草鹿少将が山本長官からあらかじめ電文を打ってもらうように、日本を出港するときに仕組んだ結果だ。草鹿少将は空技廠での議論により、慎重派から攻撃積極派に宗旨替えしていた。奇襲が成功したら、弱気の南雲中将の尻を叩くように、あらかじめ山本大将に直訴しておいたのだ。絶好のタイミングで電文が来たものだと、草鹿は内心にんまりとほくそえんでいた。


「わかった。第三次攻撃隊を編制する。第一次攻撃隊が帰還しだい、攻撃隊が発艦できるよう準備してくれ。源田君、艦隊の防空の強化と敵の空母が出てきた時の対策も検討してくれ」


 源田参謀にとっては、想定していた質問だ。草鹿参謀長と事前に相談していた作戦案の説明を始める。


「まず、敵空母への対策ですが、二航戦と五航戦の一部は対艦装備の準備をさせて、艦隊に残します。更に艦隊の上空援護を18機追加します。周辺海域の偵察には既に偵察機を発艦させていますが、九七式艦攻を6機追加で発艦させます。二段索敵です。以上の対策をとった後に、残った戦力の全力でハワイを再び攻撃します。直ぐに準備に取り掛かりますが、長官、よろしいですね?」


「了承する。源田君の案で至急とりかかってくれ」


 九七式艦攻の偵察機がそれぞれ指定された方角に向けて飛び立ってゆく。同時に二航戦の飛龍と蒼龍からは、艦隊防空の零戦が発艦している。


 零戦が発艦していると、出撃していた第一次攻撃隊の戦闘機や爆撃機が戻ってきた。出撃時とは異なり、みんなばらばらになって帰ってくる。


 各母艦では帰還した機体の収容と、攻撃の準備が一緒になって、てんやわんやだ。空母で準備が行われている間、帰ったばかりの淵田中佐も含めて、赤城艦上では第三次攻撃隊の目標について議論が行われていた。


 淵田中佐が真珠湾の状況について説明する。

「戦艦に対してはかなり被害を与えましたが、中小の艦艇には手がついていません。乾ドックに戦艦が1隻、入渠していましたが、魚雷が使えず充分攻撃できていません。周りの工廠の設備も無傷で残っています。石油タンク群は、嶋崎少佐の部隊が攻撃して炎上したはずです」


 40分ほどして嶋崎少佐が帰ってきた。

「真珠湾の出入口に戦艦1隻を沈めました。通路の中央部からは若干外れていますので完全封鎖にはなっていませんが、航行の支障にはなっているはずです。石油タンクは一部分を破壊して、重油火災が発生していますが、まだ無傷のタンクが残っています。石油タンカーのネオショーを爆撃しました。航空機用のガソリンを積んでいたようで大爆発を起こして、フォード島の東側の湾内では、火災が発生しています。並んで停泊していた戦艦は火災により被害がかなり大きくなるはずです。あれだけ燃えれば、復旧は困難ではないでしょうか。反跳爆撃は結構命中率が高いものの装甲板の貫通はできませんので、相手を選ぶ必要があります。それよりも、零戦2機の噴進弾攻撃で、戦艦の対空砲が著しく低下しました。全ての零戦に噴進弾を装備して、有効活用すべきです。対空射撃の露払いにできれば、爆撃隊の被害を大きく減少できます」


 ……


 第二次攻撃隊が戻ってから、約40分後には出撃準備を完了した第三次攻撃隊の発艦が始まった。攻撃隊長は再び淵田中佐だ。淵田中佐は、島の北側の基地からの迎撃も考慮して、前回と異なりオアフ島の東側をぐるりと回って、ココ岬とダイヤモンドヘッドを右手に見ながら海上を進み、真珠湾の南側から湾内に突撃した。


 第三次攻撃隊は以下のような編成だった。

 制空隊:零戦48機

 急降下爆撃隊:九九式艦爆42機

 爆撃隊:九七式艦攻51機


 第二次攻撃隊で敵戦闘機と対空砲による被害が出たことから、第三次攻撃では、制空任務の零戦を攻撃部隊よりも先行させて、敵の迎撃機を警戒することとした。零戦隊が一足早くオアフ島上空に侵入すると、湾内は重油とガソリンの燃える煙に加えて、攻撃を受けた艦艇からも、もうもうと煙が出ていて、かなり視界が悪い。上空の零戦隊が、周回飛行しながら敵戦闘機の接近を監視する。あらかじめ、対空砲の制圧を命令されていた噴進弾を装備した零戦部隊が、目標を定めて突撃していった。


 隣り合って接岸した2隻の重巡が盛んに高射砲を射撃してくる。この2隻を目標に定めて、重油の燃える煙を避けて北方から3機小隊の零戦が急降下していく。2機の零戦が東側のサンフランシスコに向けて、噴進弾を発射した。艦橋から後部の水上機のカタパルトにかけて猛烈な爆炎が発生する。この巡洋艦は高角砲も機銃も防御装甲が全くないため、直撃を免れても断片や燃え残った燃料で甲板上のほとんどの対空火砲が被害を受けた。命中してしばらくしてからも砲や銃の弾丸が誘爆している。西側のニューオーリンズには零戦1機が発射した噴進弾が命中した。この機体はかなりの急角度で急降下して発射したため、ほとんどの噴進弾が2本煙突の周りに着弾した。艦橋の両脇の高角砲を除いて、6門の高角砲が被害を受けて沈黙する。1発の噴進弾は煙突の開口部から煙路にも入って、そのままボイラーに突き当たったところで爆発したため、機関にも被害を受けてしまった。


 一方、オアフ島各所の基地では、迎撃のために発進した機体が補給のために着陸してきた。しかし、離陸した機体のうち戻ってきたものはわずかだった。かろうじて格納庫に隠蔽されていたまだ無傷の機体が迎撃のために滑走路に引き出されていた。ホイラー基地に向かった零戦は3機であったが、目ざとく引き出された機体を見つけると、一斉に噴進弾を発射した。たちまち地上で大爆発が起こり、ほとんどの機体が破壊されてしまう。被害を免れた機体も銃撃を受けて燃え上がる。


 他の飛行場もほぼ同時に零戦の奇襲を受けて、被害が拡大した。海軍のフォード島基地では第一攻撃隊の引き起こした火災を避けるために、滑走路上に移動させていた爆撃隊のSBDドーントレスやTBDデバステイターが発見されて、零戦により銃撃を受けて炎上していた。


 今回は対艦攻撃の部隊は各隊の判断で、まだ無傷の艦を攻撃することになっていた。一方、地上の爆撃隊は、湾をはさんでフォード島の北側の工廠設備と太平洋艦隊司令部ビルのある北東岸に分かれて攻撃に向かった。


 零戦の噴進弾攻撃により、対空射撃がほとんど停止していた2隻の重巡は急降下爆撃のいい目標になってしまった。反撃もしないで停止している目標に九九式艦爆が次々と爆弾を命中させる。サンフランシスコには4発が、ニューオーリンズには3発が命中して、それぞれ上部構造物に加えて船体も破壊された。この2隻の巡洋艦の水平装甲は、厚いところでも2.25インチ(57mm)であったが、50番爆弾は容易に貫通した。そのため、ボイラーや機関室が破壊され、舷側への亀裂も発生した。やがて、亀裂による浸水が増加して着底した。


 軽巡デトロイトはフォード島の西岸に停泊していた。西側に回り込んだ3機の九七式艦攻がこの艦を目標に定めて、反跳爆撃を行った。6発が投下され、4発が次々と4本煙突の下の舷側に命中すると破孔から海水が一気に流れ込んだ。この艦はそのまま左舷に傾いて転覆してしまった。


 フォード島の北側に駆逐艦を従えて停泊していた駆逐艦母艦ドビンは船体が大きく目立ったことと、将旗を掲げていたため、反跳爆撃の目標になった。4発が投下され2発が舷側に命中して左舷に浸水して傾いたが沈没は免れた。ドビンの船体を飛び越えた一弾が隣の駆逐艦ハルに命中して船体に穴をあけて着底させた。


 他の爆撃機も、駆逐艦に狙いをつけて爆撃している。2発搭載した爆弾をそれぞれ別の駆逐艦に命中させた名人もいた。


 地上施設に向かった攻撃隊は、ペンシルベニアが入渠したドック周辺の爆撃に向かった。特にドッグの東側には海軍工廠の工場などが存在している。めぼしい目標を九九式艦爆が急降下で爆撃していく。再度ドック内のペンシルベニアにも爆弾が投下された。


 真珠湾南東岸の工廠施設やクレーン、工場の建物に10発以上の爆弾が投下されて破壊された。ペンシルベニアには5発が命中して、艦の上部構造と機関室に大きな被害が出た。


 南岸の石油タンク群では、第一次攻撃隊が引き起こした重油の火災は更に広がっていた。しかし、広い面積に広がるタンク群に対して第一次攻撃隊が落とした数発の爆弾では破壊されないタンクが多数残されていた。九七式艦攻は、無傷の石油タンクを見つけて、爆弾を落としてゆく。タンクから漏れた重油の量はどんどん増えていって周囲に漏れ出てくる。ついにタンク群の北側に隣接した工廠の敷地内にも重油が侵入した。工廠の工場施設も炎に焦がされて、更に被害が拡大してゆく。


 爆弾を搭載した九七式艦攻の小隊は、太平洋艦隊司令部の建物の北方に無傷のタンク群があることを発見した。縦長の円筒形のタンクは、既に攻撃した重油タンクよりも小型だ。降下して、次々に25番爆弾を背の高いタンクが見えているエリアに投下する。投下された爆弾の爆発でタンクが破壊され重油が流出する。4発目の爆弾が爆発すると、次の瞬間、爆弾とは異なる大爆発が起こった。どうやらこのタンクはガソリンを備蓄していたようで、ガソリンが一気に燃え広がった。続けて爆弾が爆発するとその周りのタンクが爆発して炎が周りに広がってゆく。爆撃されていないタンクも爆風で亀裂が発生して内部の液体が漏れ出る。漏れ出たガソリンに引火してタンクの爆発が起こる。連鎖的にタンクの爆発が発生してそのエリアは火の海となった。この大爆発のおかげで、太平洋艦隊司令部からも退避命令が出る騒ぎになった。しかし司令官のキンメルは窓の外の炎上している戦艦群を指さして、避難を拒否した。


「もはや、我々が退避する場所などこの司令部以外にはないのだよ。この意見に賛成できるならば、ここに踏みとどまり、被害を少しでも減らすことに努力してくれ。我々が退避すれば指示する者が誰もいなくなる。まずは、石油の火災を全力で抑え込んで、このあたりへの延焼を避けてくれ」


 第三次攻撃隊はオアフ島上空で暴れまわった後に、30分後に引き上げを開始した。淵田中佐は、真珠湾の上空に最後までとどまり、攻撃隊が与えた被害を観察していた。正確に戦果を報告するのも指揮官の役割なのだ。

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