10.4章 ジェットエンジンの実験成果の展示

 まだ実験は途中であったが、約束通り花島廠長にタービン研究会の成果について、展示する日がやってきた。昭和13年11月に廠長に直訴してから、ちょうど1年後の昭和14年11月にジェットエンジンの見学会を実施することとした。


 工場内の実験場でのジェットエンジン試験機の試運転を見せた。YTJ-20を起動してから、最大回転数まで徐々に上げてゆく。エンジン出力が増大してゆくと、排気口から青白く高速のガスが噴き出して、キーンというジェットエンジン固有の高音が轟音となって工場の実験棟に響き渡る。実験棟の窓がびりびりと振動を始める。更に推力を増加させると、床のほこりが空気の振動で舞い上がってくる。500kgの推力でも、耳栓をしてもすさまじい轟音が頭の中に響いてくる。実験棟の飛行場側のドアを大きく解放して、滑走路の方向にジェットの推力を向けているが、滑走路に向けて一直線に土煙が上がっている。続いて、XTJ-30の運転を行う。こちらは10,000回転で、800kgの推力なので、YTJ-20以上にすさまじい轟音と振動になった。実験棟自身が吹き飛びそうだ。


 午後には航空本部から、珍しいもの見たさで和田少将がやってきた。花島中将と同じものを見学してもらう。さすがにジェットエンジンの轟音とジェットの推力には度肝を抜かれたようだ。


 見学が終わって、空技廠の会議室で意見交換を行った。松平技師の部下で、もっぱら風洞試験模型を作成してきた田丸工手に私からスケッチを渡して、簡易な木製模型を作ってもらった。史実で存在したMe262とP-80、F-86Fの3種類のジェット機をイメージして作成した小さな模型だ。私の目から見ると記憶に残っている写真の外見とは若干違って見えるが、それぞれ雰囲気は出ているだろう。


 航空本部の和田少将がまず話しだす。

「なかなかすごいものを今日は見せてもらった。それにしてもジェットエンジンというのはすごいな。あれが実用化したらどれだけの性能の航空機ができるか想像もつかないな。早くあのエンジンで空を飛ぶ航空機が見てみたいものだな」


 ここまで話して、目の前の模型に気が付いたようだ。

「この模型は、今日見たエンジンを搭載する航空機なのかね?」


 模型を作成した張本人の私が答えるしかない。

「はい、ジェットエンジンを搭載する航空機を想定した模型です。エンジンを翼下に2発搭載したものは大型の戦闘機です。直線翼の細長い胴体の機体は、胴体後部にジェットエンジンを1基おさめた戦闘機となります。翼が後ろに傾いている機体は最も高速の機体で音速に近い速度を想定しています。これには、ジェットエンジンもかなり高性能のものを開発する必要があります」


「この双発の機体の速度はどのくらいと考えているのか? よく見るとこれも主翼が若干後方に傾いているな」


「その機体の速度は、450ノット(833km/h)程度だと考えています。大きく翼が後方に傾いた機体は、もっと高速で550ノット(1,019km/h)程度と想定しています。今の戦闘機が複葉から単葉になって、複葉機は時代遅れになりました。同じように、これから数年後にはほとんどの戦闘機がジェットエンジンになって、それ以外は時代遅れになると考えています」


 私が想定以上の速さだと話したので、私以外のその場にいたものが、全員呆気にとられている。

「夢のような速度だが、ジェットエンジンでない戦闘機はいずれ全て時代遅れになるといっているのだな」


「その通りです。ジェットエンジンを備えた戦闘機は全てを時代遅れにする空のドレッドノートになります」


 花島中将が質問する。

「我が国以外のジェットエンジンに関する状況はどのようなのかわかるかね? 欧州で開発が進んでいると聞いたことがあるが、状況はどうか?」


 私は、未来の自分の知識で答えることにする。いつもの予言だと思って、情報の出所を追及するような人間はこの場にはいないだろう。


「ジェットエンジンの開発が最も進んでいるのは英国です。フランク・ホイットルの特許は我が国でも公開されていて、XTJ-30はこの特許の構成が原型になっています。ホイットルは研究を今も続けていて、我々の一歩先を行っていると思われます。やがてジェットエンジンを搭載したプロペラのない高速実験機が英国で飛行するでしょう。ドイツもかなり進んでいます。BMWやユンカース、ハインケルが空軍の要求でジェットエンジンを研究中だと思います。ドイツもジェットエンジンの実験機を先行して飛行させる可能性があります。アメリカは一歩遅れていますが、英国からジェットエンジンの技術を導入して、あっという間に国内で生産を始めるでしょう。性能の良いジェットエンジンが完成すれば、それなりの性能の機体が作れます」


 しかめ面で、模型を手にとっていた和田少将が発言を引き継ぐ。

「つまりは、ここで手を抜けば後れをとることになるから、全力でやれということだな」


「ジェットエンジンを備えた高速戦闘機が完成すれば、米軍の4発の爆撃機に対する大きな戦力になりますよ。B-17の後継機として、2,000馬力以上のエンジンを4発備えて。高空を高速で飛行する爆撃機がやがて完成します。ジェットエンジンならば高空でも高速に飛行できますから、迎撃は容易になります」


 最後に和田少将からこれからの進め方について話があった。

「まず、今日は本当にすごいものを見せてもらった。これだけの成果を短時間でものにしてくれた諸君に感謝する。さてこれからは、ジェットエンジンをとにかく飛ばす実験を進めてほしい。航空本部の予算を使って飛行試験機をメーカーに発注するから、それをうまく活用してくれ。軍用機とすると軍令部を通す必要があるので、早く発注するためにジェットエンジンの試験用機材の位置づけだ。メーカーへの発注内容は空技廠内でよく検討してくれ。またジェットエンジン自身も、これからメーカーで製造することになるのだから、このエンジン技術の民間企業への移管についても着手してくれ」


 昭和14年11月になって空技廠に赴任したばかりの総務部長は、廠内で行われている仕事を早く理解しようとの思いから、施設内の各部門を順番に見学していた。この日、偶然訪れた発動機の実験場で、轟音と共に運転するジェットエンジンを目の当たりにした。彼は長年航空機に携わってきた者の直感から、このエンジンを搭載した航空機は、間違いなく大変な高速機になるだろうことを実感することができた。こんなエンジンを動かしてみせるとは、空技廠というところは本当にすごいところだ。


 目の前には、実験成功を喜ぶ空技廠の技術者達の姿があった。彼はこの優秀な若い技術者を助けて、革新的なこのエンジンを成功させることこそ自分の役割だとひそかに誓った。彼は、自分が支援しなければならない技術者達の姿を焼き付けておこうとしばらくその場に立ち止まっていた。総務部長の大佐の名は、加来止男と言った。

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