5.4章 中島の巻き返し再び
中島飛行機は昭和13年2月にNK4A(栄10型)の開発にめどがつくと、栄のさらなる性能向上についての検討を開始した。翌月には海軍航空本部にNAMⅡとして、性能改善について説明を行ってNK4Bとして開発が認められた。
NK4Bの性能改善内容は、1段2速過給機及び、水・メタノール噴射機能追加とされた。開発体制として、中川技師を設計主任に任命して、昭和13年4月から設計が本格化した。航空廠も引き続き川田技師と中村技師を担当として、開発支援及び、審査を行うこととした。
私自身は、三菱のMK3A開発に注力していたが、親友の川田技師から中島飛行機におけるNK4Bの開発進捗については、随時状況を聞いていた。MK3Aがダイナミックダンパーによる振動軽減策の採用を検討している情報がもたらされると、中川技師はNK4Bにも採用することを決断した。中島飛行機は、以前から米国のライト社とライセンス契約して、米国のダイナミックダンパーを研究しており、既にその内容を把握していた。すぐに、ライト社のコロによる錘の吊り下げ方式のダイナミックダンパーを試作して、追加して振動の抑制効果を確認した。MK3Aへの燃料噴射の採用についても知っており、中島では低圧燃料噴射を開発してきたが、まだ間になっていない。代わりにエンジンの馬力向上策として採用したのが、中島で研究されてきた水・メタノール噴射であった。
MK3Aはクランク軸自身への変更が必要だったのに対して、NK4Bが採用したライト社方式のダイナミックダンパーは、従来の1次振動抑制の釣合い錘に機能追加して取り付けることができたため、クランク軸周りの変更点を少なくしてまとめることができた。このため、NK4Bは早くも昭和13年10月には試作1号機が完成した。社内試験の結果、中島式過給器に水・メタノール噴射を行う構成としたが、適切な噴射量の範囲が狭いことが確認された。燃料と同様にスロットル位置に基づいて水噴射量を調整していたが、条件により不完全燃焼が発生したので、馬力増加の効果は減少するが、水・メタノールの噴射量を当初よりも少なくすることとした。
2カ月の試験期間で、試作機の水・メタノールの噴射の問題が解決されていることを確認して、エンジンは海軍に納入された。エンジンが機搬されると、航空廠は川田技師を中心に直ちに審査を開始した。工場での審査、耐久試験に加えて、金星同様に試験用に保有する九六式陸攻に搭載して、飛行試験を実施した。5,000メートル以上の高空において水・メタノールの噴射時にエンジンにノッキングが発生した。中村技師が問題の解析を行い、結局、過給機が2速動作をしている場合には、噴射量を減少させる変更とした。前作の栄10型同様に中島は12基の試作エンジンを作成して、中島社内試験用と航空廠入機に分けて試験を行った。この効果もあって、約6カ月の短期審査で1次審査と2次審査を終了した。昭和14年6月には審査を完了したが、海軍としての制式化は昭和14年10月となった。
昭和14年10月には、十二試艦戦に栄21型を搭載して飛行試験を実施した。エンジンの乗せ換えに伴うエンジン架の変更や、カウリング形状の修正は、中島飛行機自身が実施した。飛行試験の結果、性能評価ではほぼ金星搭載機と同程度の結果を得た。航続距離はやや勝っているが、高高度では金星搭載型が若干高性能だ。
昭和15年8月になると、海軍は飛行試験の結果を受けて、栄21型の搭載機を零戦12型として採用することを決定した。原則として、中島で製作した機体には栄エンジンを搭載することに整理した。最終的に栄搭載の零戦の生産数は、三菱とほぼ同数となった。
制式化された栄20型の諸元を以下に示す。当初は金星同様に1,600馬力以上を目標としたが、水・メタノール噴射量を安全側となるように減らしたため、離昇馬力は1,550馬力となった。
栄20型の諸元 昭和14年10月
・海軍試作名称:NK4B
・構成:複列14気筒 気筒経:136mm 気筒行程:155mm
・気筒容積:31.5L 重量:655kg
・発動機直径:1,200mm 全長:1,365mm
・過給器:1段2速 1速高度:3,500m 2速高度:6,000m
・出力増強:水・メタノール噴射
・離昇出力:1,570hp 回転数 2,750rpm ブースト +500mmHg
・公称出力:1,400hp (1速:3,500m)回転数 2,700rpm +420mmHg
・公称出力:1,250hp (2速:6,000m)回転数 2,700rpm +320mmHg
零式艦上戦闘機12型 昭和15年9月制式化
・機体符号:A6M2
・全幅:12.50m 外翼中央部から上方折り畳み可能
・全長:9.05m
・全高:3.53m
・翼面積:23.5㎡
・自重:1,880kg
・正規全備重量:2,900kg
・発動機:栄21型 離昇:1,570hp
・プロペラ:ハミルトン定速3翅 直径:3.10m
・最高速度:318kt(588.9km/h) 6,000mにて
・上昇力:6,000mまで6分04秒
・制限速度: 380kt(703.6km/h)
・航続距離:巡航3,570km(330L増槽あり、過荷重)/巡航2,520 km(正規)
・翼内武装:13.2mm二号ベルト給弾機銃4挺(携行弾数各400発)
・爆装:30kg又は60kg爆弾2発、後に両翼に150kgまでの爆弾
・噴進弾:一式五十粍噴進弾を両翼に搭載
・防弾装備:操縦席前面に防弾ガラス及び背面に防弾鋼板
・消火装備:翼内と胴体燃料タンクに消火装置
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