3.3章 20ミリは百害あって一利なし

 三木技師が防弾の研究で奔走していると、昭和12年8末になってあの人がやってきた。三木技師が呼ばれたが、当然のように私も呼ばれた。


 会議室に入ると、和田大佐と飛行機部長に加えて兵器部の佐藤大佐がいた。更にもう一人、少佐が末席に座っている。


 私たちに向かって、和田技術部長が話を始めた。

「陸攻部隊の重慶爆撃で受けた被害は衝撃的だったねぇ。諸君が頑張ってくれているおかげで、防弾装備は既に航空廠において、研究中である。まもなく実用可能な成果が出てくるであろうと、見通しを説明できた。三木君、防弾についてはくれぐれもよろしく。今日は、防弾とは別の追加のお願いをするために集まってもらった」


 さっそく、佐藤兵器部長が質問した。この人はなかなかざっくばらんな人だ。

「追加のお願いというのが、私が呼ばれた理由ですよね。どうかお手やわらかにお願いしますよ」


「今回の作戦において、陸攻が大きな被害を受けた原因の一つが、防御武装が弱いことではないかとの意見が軍令部で出ている。これは一理ある意見だ。陸攻には、戦闘機を撃退できるような強力な防御武装が必要だろうということだ。今の陸攻の防御機銃は、7.7mmが4梃程度だ。確かにちょっと貧弱な武装だと私も思う。そこで航空廠にはもっと強力な防御武装の研究をしてもらいたい」


 和田大佐の発言を受けて、少佐が話し出す。

「兵器部の川北です。私も敵の戦闘機を近づけないためには、現行の7.7mmでは射程も威力も不足していると思います。最近の戦闘機には防弾鋼板などが装備されていますので、7.7mmの旋回銃では効き目が小さいと思います。もっと口径の大きな機銃を備える必要があります。和田さんがご尽力したエリコンの20mmが候補の一つに考えられますが、爆撃機の防御のための銃として使用するためには、射距離がある程度必要になりますので、長銃身のタイプになります。しかし、エリコン長銃身は大きくかつ重いので、爆撃機の中で兵が銃を振り回すには困難が伴います。油圧や電動の銃座が必要ですが、これでは時間がかかり、更に重量も増加します。一人の人間が自在に扱える口径の機銃が必要であると考えます」


「それで川北少佐は、よい案はあるのかね?」


「米国の0.5インチつまり12.7mmのブローニング機銃が適していると思いますが、我が国ではまだ製造できていません。私は分解したことがありますが、発射時の反動で遊底を動作させる機構となっており、結構高級な仕掛けとなっていました。我が国で製造するとなると、ライセンスを購入してもエリコンと同じくらいの時間はかかりますね」


「エリコン20mmについては、私と山本中将が導入を決断したのは昭和10年だが、それが2年後の今になっても国内製造の途中でまだ国内産の20mmは完成していないのだ。ブローニング機銃を内製化している時間はない。別の案はないのか?」


 ここで私がミリタリーマニアの知識に基づいて、余計なことを発言してしまった。

「あのぅ~、わが軍には既に13.2mmの機銃がありますよね。確か艦艇の対空機銃の位置づけですが、ホチキスの13.2mmは、わが国内において銃も弾薬も製造できているはずです。ホチキスはガス圧で遊底を駆動する銃ですので、エリコンやブローニングよりも単純な仕掛けで信頼性も高いはずです。しかももともと地上から撃つ対空機銃ですので、初速はブローニング以上で射程も長いと思います。弾丸についても、わが軍で備蓄しているのですぐに使えると思います」


 川北少佐はすぐに私の言っていることを理解してくれた。

「なるほど。鈴木技師が話しているのは、九三式十三粍機銃のことですね。この機銃は、初速が毎秒800mを超えていますので、ブローニングよりも直線弾道で射程も長いはずです。既に横須賀海軍工廠で製造していますので、図面も治具や加工機材も工廠にそろっています。航空機への搭載のために変更は必要でしょうが、工廠の設備で生産することが可能でしょう。航空機に搭載するためには、7.7mmと同様にベルト給弾としたいところですが、ホチキスはガス圧駆動なので銃弾のベルトを駆動する余力はあると考えてよいでしょう」


 和田部長の小差の説明を聞いて納得したようだ。

「艦政本部とは私が交渉しよう。九三式十三粍機銃は艦本の持ち物だからな。川北君の発言のとおり、艦本に仁義を入れてから横須賀海軍工廠に対して航空機の分まで生産してくれとまずはお願いする。もし断られても20mm同様に富岡兵器製作所で製造する案も考えられるね。この機銃の試験はすぐにでも行いたいので出来上がった銃をまずは10梃ほど工廠から融通してもらうから、その銃を使って航空廠で爆撃機に乗せて実用できるか試験をしてくれ」


 三木技師のやる気になったようだ。

「追浜にある九六式陸攻に搭載して九三式十三粍の試験が必要ですが、搭載のための銃座は私の方で図面を引いて準備します。機内銃の搭載架は新規設計になります」


 私は心の中で、歴史と異なる出来事がトントン拍子で進んでいくことに驚いていた。


 和田部長が周りを見回した。

「実は、今日はもう一つ相談事があるのだ。十二試艦戦の武装だが、攻撃力強化のために20mm機銃を採用することを考えていた。ところが、意見を聞いてみると実戦部隊から20mmは百害あって一利なしとの意見が出てきて困っているのだ。かといってこれから開発する戦闘機が7.7mmじゃもたんだろう。米国じゃあ、4発爆撃機が既に飛行しているのだぞ」


 佐藤兵器部長もそのことを知っていた。

「私のところにも、その話は聞こえてきています。厳密にいうと、”機銃口径は十ミリないし十三ミリを適度とし、初速の小さい二十ミリ機銃は戦闘機には百害あって一利なし”ということのようです。海軍で導入の前提としているエリコンFF型では、弾丸の弾道がいわゆるションベン弾でかなり接近しないと命中しないことと、弾丸数が少ないことを問題視しているようです。どんなに威力があっても命中しなければ、宝の持ち腐れですからね」


 それならば、先ほどの話題で解決できるのじゃないか。

「十ミリないし十三ミリを適度とするということならば、我々にはそれがありますよ。先ほどのホチキス13.2mmを翼内に搭載すればいいのです。十二試艦戦の設計は20mmを搭載できるようにしておいて、必要であれば13.2mmを搭載可能とする。保式十三ミリはエリコンの半分程度の重量と思われるので、翼内への搭載については問題ないはずです」


 川北少佐が、再度援護の発言をしてくれる。

「ホチキス13.2mmの初速であれば、7.7mmに弾道も近いので、7.7mmの射撃に慣れた操縦員であっても命中率は悪くならないでしょう。弾速が大きいので、貫通力もある程度期待できます。いっそのこと、20mm2挺の代わりに13.2mmを4挺搭載してもよいくらいです」


 ついでに私から補足発言をしておく。

「九三式十三粍は、以前は炸薬を内蔵した炸裂弾があったはずです。13.2mmの弾頭でもムクの弾でなく、炸裂弾が使用できれば機銃の威力は大幅に増加します。それとエリコンについては、採用するならば、最初から長銃身のFFLを基にした銃でないと命中率が下がります。貫通威力も弾丸の速度が小さいFF型では劣っています。むしろ可能であれば最長の銃身を有するFFS型を採用すべきだと思います。直線的に弾が届く高初速の銃であれば、並の技量の操縦員でも命中率が高くなります」


 和田部長も理解したようだ。

「20mmと13.2mmと選択できるようにするということか、それも悪くないかもしれないな。それが可能になれば世界初ではないかな。十二試艦戦の要求に記載することとしよう。エリコンについても、どの型を使用するかはもう少し考えてみよう。それにしても鈴木君は発動機屋なのに銃のことにも詳しいのだな」


 私は心の中でつぶやく。いやいや、世界初じゃなくてスピットファイアがユニバーサルウィングを実用化しますよ。


 海軍の長所の一つは、一度決断したら、実行が早いことだ。


 さっそく、艦政本部と横須賀海軍工廠への依頼が和田大佐の名前で行われた。昭和12年9月には横須賀海軍工廠の兵器部で制作された九三式十三ミリの実物を評価用として入手することができた。三木技師が手配した九六式陸攻への搭載も9月中旬には行われて、爆撃機の防御機銃として機上試験が実施された。試験の結果、狭い機内では、銃の上部に突き出た弾薬マガジンが取り回し時に邪魔になることが指摘され、ベルト給弾への改修が加速された。この時期は、富岡兵器製作所はエリコン20ミリの国産化で手いっぱいだったので、川北技師が探し回った結果、日本特殊鋼の河村博士にベルト給弾化の設計を依頼できた。日本特殊鋼はもともと陸軍の銃器の製造を行ってきたが、航空本部からお願いすることで海軍の依頼を受託してもらった。これには、河村博士が陸軍との付き合いに嫌気がさしていたことが理由だといううわさも聞いた。


 箱形の弾倉を使用した13ミリ機銃は、機上への搭載のために銃床が軽量化され、照準具も変更された。なお弾薬については、当初は九十三式実包として、艦載銃と同様の徹甲弾と焼夷弾と曳光弾が用いられた。炸裂弾については、13.2mmの小型の弾頭に信管と炸薬を内蔵させるためには、小型の信管の製作が必要であったが、信管の精密工作が多量生産の隘路になっていた。


 ……


 昭和12年末、久しぶりに川北少佐に合うと、顔色がよくない。

「小型で簡単な信管のアイデアはないですかねぇ。小型の弾に内蔵できる精密信管も作ることは可能ですが、工数がかかりすぎるんです。しかも小さく精密な信管は動作不良が多い。弾丸はたくさん使われますから作りやすくないと実戦では足りなくなる。このままでは、保式の炸裂弾はあきらめることになります」


 未来の記憶に基づくアイデアを話した。いずれは日本で発明される信管ですが、少し早めに完成してもいいだろう。

「川北さん、撃針のない空気を利用した信管について聞いたことがあります。非常に簡単な動作原理です。上部を薄膜金属で密閉した筒状の穴を弾頭部に開口して、内部に空気が入った信管とします。信管の底部には点火薬を内蔵した雷管を取り付けます。信管を弾頭部に装着した状態で着弾すると、目標物への衝突により弾頭部の信管は空気を漏らさないよう潰れます。内容積が縮小して、空気の断熱圧縮により温度が上昇します。高温の空気により、信管底部で点火薬に点火して、炸薬が爆発するという仕組みです」


 説明しながら、言葉ではわかりにくいだろうと思い、記憶に基づいて信管の断面の簡単な絵をかいてみせる。


 川北少佐は一瞬ぽかんとしたが、はっとして早口で話し始めた。

「随分と簡単な仕組みだ。これが本当ならば、コロンブスの卵じゃないか。信管内部の温度がどこまで上昇するのか、信管の材質は何がよいのかいろいろ実験の余地がありそうですね。恐らく弾頭部の薄膜は柔らかな金属とする必要があるでしょう。信管自身にある程度強度を持たせれば、原理的に腔発はなくなりますね。安全装置もいらない。我々の部門でも工作できる簡潔な構造なのでとにかく実験してみます」


 1カ月ほどしてにこにこして川北少佐がやってきた。

「2週間ほど信管の頭部にどのような材料を使用するのかで試行錯誤しましたが、おかげさまで、うまくいきました。頭部が目標への衝突により、変形しても空気の密閉を確保するには、薄い銅板がいいようです。基本的な動作は瞬発信管ですが、点火薬の形状や量を調整して若干の遅動をさせることが可能とわかりました。実は、河村博士にも話したところ、大変興味を持って日本特殊鋼でも実験してもらったおかげでかなり早く実験が進んだのです。エリコンの20ミリ弾にも一部はこの信管が使われることになりそうです。徹甲弾には、遅動時間が短いので無理ということにはなっていますがね。なんといっても、構造が簡単で製造も容易、しかも信管自身が変形しない限り発火しないということで、原理的に銃身内での腔発が起こらないですからね。我々はこの信管を空気信管と呼んでいます。正式には無撃針信管という名称になりそうです」


 エリコン20mmのことが気になったので私の方から聞いてみた。

「そういえば、エリコン20mmの国産化はどんな状況なのですか?」


「国内工場で生産された機銃がやっと完成してきています。まだ評価中ですが、遠からず完了するでしょう。採用する型ですが、最初からエリコンFFLの長銃身型を使う予定でそちらの国内生産を優先しています。たぶん1年後には一番初速の早いFFSの国内生産にも着手することになるでしょう」


「川北さんに、言い忘れたことを思い出しました。エリコン20mmのベルト給弾対応を河村博士にお願いしてください。いつまでも60発のドラム弾倉では、すぐに撃ち尽くしてしまうと、前線部隊から苦情が山ほど来ますよ。航空本部が、弾数を増やせとすぐに催促に来ますよ。もっとも、20mmはブローバックなので弾薬を動かす力には限りがあるはずです。そもそもブローバックは弾丸発射時の反動を抑える仕組みですから、利用できる力も限度がありますよね」


 川北少佐が訪ねる。

「ブローバックでは不可能ということですか?」


 いや私の未来のミリタリー知識ではちゃんとベルト給弾が完成しましたよ。しかし、実現できたのはかなり遅い時期になってしまったはずだ。ベルト給弾のために、駆動力を増加するブースターを追加したはずだ。


「河村博士は、機銃開発についてはかなり実力のある方のようです。彼にお願いすればベルト形式の弾薬を駆動する力を増加させて、成功させてくれると思います。但し、20mmの方が難しいので、13mmよりも時間がかかるかもしれないので早く着手する必要があります」


 艦上で使用された銃から弾倉や銃床を変更した銃は、機上での試験を行って、九八式十三粍一号機銃として昭和13年4月に正式化された。既に艦載の機銃として評価が済んでいるので、比較的短期間で審査が終わっている。弾倉の弾数が少なく、機内での取り扱いでは、上に飛び出た弾倉が邪魔なため、一号機銃はほとんどが試験や訓練に使用された。実際に航空機に搭載された銃はほとんどすべてがベルト給弾機構を備えた二号銃となっている。


 二号銃は、河村博士が開発したベルト給弾機構を備えた13.2mm機銃だ。海軍での評価が3カ月ほど行われて、九八式十三粍二号機銃として採用された。なお昭和15年の中旬には、発射速度を2割程度改善した三号銃が完成しており、零戦以降の戦闘機には三号銃が主に使用された。


 ……


 九六式一号艦戦に13.2mm二号銃が両翼下に搭載されて横空で戦闘機による空中射撃試験が実施された。弾丸の直進性がよいため、ある程度離れたところからも命中弾が得られるので搭乗員からは好評であった。続いて、試作機により機銃自身よりもむしろ、スムーズに給弾するための機体側の弾薬を送る機構の試験が行われることになった。当初は機銃弾を収めた箱と機銃をトレイでつないでいたが、弾丸が弾倉にひっかかることにより射撃中断が頻発した。最終的には、旋回してGがかかっても給弾が途切れないように弾丸を収めた箱の形状を変えて、箱の出口やトレイの中間などにローラーを追加してベルトを引っ張ってもひっかかりがなくなるように改修した。この経験は、後に十二試艦戦の設計にも生かされることになった。


 九八式十三粍二号機銃 昭和13年12月制式化

 ・弾薬:13.2×96mm弾

 ・全長:1,600mm

 ・砲身長:1,000mm

 ・砲重量:19kg

 ・初速:810m/s

 ・発射速度:450発/分

 ・給弾方式:ベルト給弾


 九八式十三粍三号機銃 昭和15年9月制式化

 ・弾薬:13.2×96mm弾

 ・全長:1,615mm

 ・砲身長:1,000mm

 ・砲重量:20kg

 ・初速:810m/s

 ・発射速度:550発/分

 ・給弾方式:ベルト給弾

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