1-5
「ちょっと……どこ行ったの,ルキウス。」
子どもだ。松明をもって暗闇に包まれた森を歩いている。周囲は無音だ。木々の奥に広がる暗闇。
「おい,離れるな,イオ。危なすぎる。」
「じゃあ,もっとゆっくり歩いてよ……。」
ルキウスと呼ばれた青年は,イオの言葉にため息をこぼした。
「急いでいるんだよ。お前も急げ。」
「どうして,なんでいきなり……。こんな夜中に森に入るとか怖すぎるよ。」
「……ここらへんだと思ったのだけど。」
ルキウスはイオの松明を取り上げ,暗闇を照らす。
「うわっ,暗いよ,ルキウス!」
「近くに来い!」
「怖いなあ……森は……。」
そして,ルキウスは見つけた。
「いた……。」
「なにが?……狸?鹿?」
「そんなつまらんものじゃないよ。やっぱり勘違いじゃなかった。」
イオがルキウスの視線の先を見ると,人が倒れていた。
「マジかよ……こんな暗い森に……人?」
イオは驚いて呟く。
「こんなところに放って置けないぜ。ほら,イオもそう思うだろ?」
倒れている人は,白い仕立てのよさそうな服を着ている。そして暗闇でもわかる金色の髪。白い肌。ルキウスは懐かしいものを見るような目で見ている。イオは聞く。
「知り合いなの?」
「いいや。俺に,こんな美しい知り合いがいるわけがないだろ。」
ルキウスは目を伏せて笑った。
「しかし……長生きするものだな。」
「なんだよ,ルキウス。おじいちゃんみたいなこと言うなよ。」
「おじいちゃんを敬え。」
***
「……。」
ガブリエルは目をうっすらと開いた。頭が割れるように痛い。視界には白い天井が広がる。
「目が覚めたか。気分はどうだ。」
低く,暖かい声が聞こえた。視線を横へ移すと,黒髪の若い男が座っていた。冷たく切れ長の黒い瞳をしている。肌は健康的に日に焼けた茶色をしていて,動きやすそうな服装をしている。
「……ここは。」
「村だ。ごく普通の,村。」
無表情だと怖い顔だか,今のように笑顔を浮かべると雰囲気が和らぐ。不思議な男だとガブリエルは思った。
「……あなたは。」
「俺はルキウス。このあたりで商人をやっている。」
「……人間か。」
「あのな……もうそれ言うなよ。」
ルキウスの表情から笑みが消えた。
「え?」
「ここには,人間しかいないぜ,森で倒れていたお兄さん。」
そう言うと,ルキウスは再び笑った。
「……地上か。」
「ほんっと,……変なこというお兄さんだな。」
「……私はガブリエル。助けていただいて……。」
ガブリエルの言葉を遮るように,ルキウスは話し始める。
「変な名前だ。お前は今日からガブ!ガブだからな。」
「ガブ……?」
「ああ。……イオ!お客さんが起きたぞ!」
ルキウスと名乗った男は,壁のむこうに声をかける。イオと呼ばれた少年はひょっこりと顔を出した。
「よかった。目を覚ましたんだね。まるで女の人みたいに綺麗なのに,男の人なんだね。」
「あのな,イオ。綺麗に男も女もねえんだ。男だからとか女だからとか,そういうつまらんことを言うな。」
「はいはい。名前を教えてっ,僕はイオ。」
「私は……ガブ。」
ガブリエルの自己紹介を聞き,ルキウスは満足げな表情を浮かべている。
「ガブさん!わかりました。どうしてあんな森の奥に?ここから1時間も歩いた先に倒れていたんだよ?誰も住んでいない,あんな森の奥で……真夜中に。」
「……。」
ガブリエルがどう話そうか悩んでいると,ルキウスが口を挟んだ。
「そういろいろ質問するな,イオ。あまり記憶がはっきりしていないみたいだぜ。ガブ,心が落ち着くまで,何も話さなくていいぜ。」
ルキウスがトンと,肩に手を置く。なんだか,ガブリエルは安心した。
「……ルキウス。なんでそんなに親切なんだ……。」
イオが言う。うらめしそうだ。
「俺はいつでも親切丁寧。イオのその物言いが不服だ。」
「本当のことだよ。」
「お前なあ……。」
「ふふ……。」
ガブリエルは笑った。二人は驚いて会話を止める。
「ああ,笑ってすみません。二人の会話が面白くて……。」
二人の反応に,ガブリエルは変なことを言ってしまったのかと少し戸惑う。ここが地上なら,天界と同じ気持ちではいけない。しっかりしなくては,と気を引き締める。
「ガブ,ここにしばらくいろよ。」
ルキウスが言う。ガブリエルはありがたいと感じながらも,本来の目的を忘れてはいなかった。
「俺,人を探していて……。」
「情報集めるにしても,拠点がいるだろう?あと,お前お金も何もないだろう?」
確かに。そもそもガブリエルには,お金の概念すら無い。地上はわからないことだらけなのだ。
「……なぜそんなに,親切にしてくれるのですか。」
「さあな。」
「人間は不思議だ……。」
思わず,ガブリエルは呟く。
「だから,人間とか言うな。ここではみんな人間なんだよ。イオ,今の話忘れろよ。」
「ふぇ?なんて?」
「聞いてなかったならいい!」
「あなたは何者なんだ……。」
ガブリエルはルキウスをまじまじと見る。
「何物でもねえよ。ただのルキウスだ。」
***
「イオっ!ルキウス!大変だ!隠れろっ。」
家の玄関から聞こえた声。
その声を聞いた瞬間,イオとルキウスは恐るべき手際の良さで行動した。ルキウスはガブリエルを担ぎ上げ,床下の部屋に駆け込んでいった。
「……なっ。」
「声を絶対出すな!」
ルキウスとイオは息を殺している。ガブリエルも言われるままに物音を消した。
家の外に気配がある。たくさん。そして通り過ぎていった。
「……もういいぞ。」
「何が起こった?なぜ隠れる?」
ガブリエルの質問。ルキウスは答える。
「何も起こってはいない。やつらは帝国の兵士。このあたりも領土にしたいから,村長を捜しているのさ。」
「村長?」
「そうさ。そこのイオだ。」
「えっ!?」
「驚くよな。こいつの父さんは奴らとの戦いで死んだらしい。」
「……。」
イオは複雑な表情を浮かべる。
「戦うことになったら,面倒だ。イオが見つからず,村人が隠れている間はやつらも手出しはできない。少しでも長く隠れ続けるんだ。」
「……そうなのか。」
「やつらも敵が多い。そんなに探し続けることはできない。」
ルキウスは不敵に笑う。
「ルキウスは詳しいんだ,帝国のこと。だから僕は今日まで何とか生き延びているんだ。」
イオが笑顔で言う。ルキウスに信頼を置いているようだ。
「生き延びている……。命を狙われているのか……。」
ガブリエルの言葉にルキウスは笑いながら言った。
「そうさ。この村を手に入れるということはそういうことだ。服従か破壊か,二択なのさ。」
「なぜ……。」
「やつらは強欲だからさ。すべて欲しいっていうわがままちゃんなの。」
「すべて……。」
「イオの父親は骨のあるやつだった。しかし,だからこそ死んだ。俺はイオを守りたいと思っている。」
ルキウスは真剣な表情を浮かべている。
「……。」
「ガブには理解不能な話だよな。聞いただけではわけがわからないだろ?そのままわけわからないままでいいぜ。」
「……それはどういう……。」
「ルキウス,出よう。俺らが出ないとみんな不安で出られないだろ。」
ガブリエルの言葉を遮り,イオが言う。
「そうだな。」
ルキウスは周囲の安全を確認して,地上へと出た。
ガブリエルは,ルキウスを不気味と思うとともに頼もしくも思うのだった。
***
「警備隊が何人かやられた……。運んできている。」
「……彼らが教えてくれたおかげで,俺たちが隠れることができた。」
何人も村人はいる。ガブリエルは初めて知った。この家の前には二十人ほど。若者が多い。あとはお年寄り。
リーダー核と思われる青年が背負ってきた警備隊を優しく降ろす。
「……え。」
ガブリエルは狼狽えた。警備隊員は全身血に染まっている。痛ましく,全身にいくつもの傷があるのが服の上からでも見て取れる。赤黒い血。天界での擦り傷とは違う。
次々と戻ってくる隊員。背負っているのは動かない仲間だ。
「……。」
「五人……。今日は多いな。」
ルキウスが言う。イオは遺体の横で泣いている。
ルキウスはガブリエルの腕を引っ張り,その場を離れる。イオへの気遣いだ。
「イオにとっては,親父のころから世話になっている兄貴みたいなやつらばかりだからな。つらいだろうさ。」
「……。」
「言葉も出ないか。それで?お前はこれからどうすることにした?」
ルキウスの問い。ガブリエルは,答える。
「……俺は人を探している。」
「へえ。」
「エリアという男だ。」
「……聞いたことないな。何かないのか,特徴。」
「多分,不思議な力をもっていると思う。」
「思う?」
「……手がかりがそれ以外ない。」
「不思議な力を持っているなら,帝国が放っておかないだろ。俺らといれば,いずれ出会えるかもしれないぜ。」
「……どういうことだ。」
「俺は最後の一人になるまでイオを守るつもりだ。つまり,帝国と戦うつもりだから,お前も帝国に詳しくなるぜ。」
「……。」
「お前,イオを放って置けるのか?ガブ。」
図星である。助けてもらったし,あんな光景を見たら力を貸したいという思いが生まれるのも無理はない。
「……。まだ俺は何も知らない。この世界のことを。……知りたい。知らなくては,エリアを見つけられないと思う。」
「俺らと過ごさないか。この村のことが何とかなったら,エリアのことも探してやるよ。俺は優秀だから,村を守りながら探せる。」
「……お前は,変わっているな。」
「他の人間を……知らないだろ,お前。」
「……え。」
ガブリエルはルキウスの言葉に動揺した。ルキウスは笑う。
「しばらくはこの村で過ごせ,な?」
その笑顔は,なんだか見たことがある気がした。遠い記憶過ぎて,思い出せないが。
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