番外編 少女——水城烽火の話 1
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私がいつあの子を好きになったか分からない。多分、気づいたら好きになってたんだと思う。
だってその証拠にわたの目線はいつでもあの子を向いているし、ふとした時にあの子のことを考えていることが多い。
あの子のことを考えると胸が高鳴るのを感じる。それに、苦であった学校でさえも「あの子に会える」、という理由で好きになった。
私に好きを教えてくれた。
私の行動の軸があの子になり、生活の大半があの子に置き換わってしまった。
でもそれが続くのならば、それも悪い事だとは思えなかった。
1
7月20日 水曜日
あと少しで夏休み、という大半の学生であるならば胸踊る時期かもしれない。だが、私はそうはいかなかった。
別に夏休みが嫌いなわけじゃなないのだが、あの子に会えなくなる……というのもあるけど、もう1つ重要なことがあった。
夏祭り……
心の中でボソリと呟くとそれは花火のように心の中で派手に破裂し、私に衝撃を与える。
「う〜」
ちょうど2時間目の授業が終わり、机に突っ伏しながら少し唸る。
全然授業に集中できないのはきっとそれのせいだ。
私はあの子を夏祭りに誘いたい
別に、私が誘おうとしている夏祭りは8月1日なのでまだ猶予があるのだが、できれば直接、夏休みが始まる前に誘いたい。
直接にこだわる理由もないのだけれど、気持ちっていうのはの『会話アプリ』とかで伝えるよりも直接の方がよく伝わると思うのだ…
伝える?気持ちを?何の……?
そう少し考えただけで顔に血が集まっていくのが自分でも分かる。
「う〜〜〜」
私はあの子に持っている気持ちを再確認してしまい、悶える。
「なーに唸ってんの?」
急に声をかけられ顔をあげるとそこに急に顔が現れてビクリとする。
吐息が当たってしまいそうな距離だったので、視線が自然と唇に行ってしまった。
これは決してやましい感情では無い。うん。
「な、なんでもないよ、ち……
というのも、千歳遥は学校だってあまり来ないし、来るとしても遅刻して来ることが多い。いわゆる不真面目ちゃんなのだ。
けど最大の要因は千歳遙の髪の色だろうな、とも思う。
千歳遙の髪は綺麗な銀色に染められていた。
我が高校では髪を染めること自体は校則違反ではないのだけれど、1年生の間は染めてはいけない。という暗黙の了解があるのだ。
それを破って髪を染めていた千歳遙は先輩からも目をつけられていた。
それに同級生は「関わったら私達も先輩になにかされるのでは無いか」といった感じで避けられていたのだが、千歳遙は人柄よく誰にでも優しく接していたためにすぐに打ち解け、クラスの中心人物になっていった。
だから、千歳遙をよく知る者たちに評価を仰げば良い評価を貰えるだろう。
「どーしたの?顔、赤くない?」
「そうかな?普通だよ、うん。普通」
そんなことは、無い。
最近千歳の顔を見るだけで顔が赤くなってしまう……こんなのでは夏祭りに誘うなんて夢のまた夢だ。
「ホントに大丈夫?熱は…」
千歳の手が私のおでこに触れる。
その手は冷たいけれど、私の体温を冷やすどころか上昇させる。
だって、手が、千歳の……
「あっつ!熱あるよこれ!」
「あ、いや暑いだけだから!大丈夫だから!!」
さっきまで額に当てられていた千歳の手は、私の手を握った。
その手は先程までの冷たさはなく、そこにあるのは私の熱だけだった。
「ダメだよ、
そんなこと言われたら従うしかないじゃないか……ずるい
「……うん」
一緒にいたら私の体温の上昇は留まることを知らず、どこまで上がってしまうのではないかとも思えるくらいにどんどん熱くなる。
外に漏れ出ていないだろうかと不安になるくらい心臓の音だって大きい。
でもいっそ、この音が届いてしまえば気持ちは伝わるのではないか、とも思える。
でも、今は千歳が私の手を引いてくれている。
それだけが、それだけで
今の私は満足だった。
3
ぴぴぴ、ぴぴぴ、ぴぴぴ
「37.1……」
無機質な音を鳴らした体温計は私には熱があると判断したらしい。
こんなので熱が出てしまうなら、私は年がら年中発熱状態になってしまうのではないか?
「うーん、微熱ね。早退する?」
女の子保健室の先生が優しく声をかけてくれる。 そんな優しい声が私にチクリと刺さる。
だってこれは、あなたが知っている病気とは違うものなのだから。
「うわ!
それを見て保健室の先生が、
「付き添ってくれたところ悪いのだけれど、千歳さんは教室に帰りなさい。もう授業始まるのよ?」
「えー?」
その「えー?」はどう意味なの?って聞きたくなるけれど、聞いたところで私が求めている答えは帰ってこないだろう。
というかまず聞く勇気なんてない。
「ほしちゃんのケチ!いいじゃんか!」
「ほしちゃん」っていうのは保健室の先生の名前、
「なっちゃん」はないんだよね、何故か。
「ダーメ」
「ぶーーー」
千歳が子供みたいに唇を尖らせて、拗ねる。
かわいい
「大丈夫だからだよ私は。ありがと、付き添ってくれて」
できるならもう少し、もう少しだけ一緒にいたい……けど、今は少し落ち着きたい。
そうじゃなきゃ私の何かが爆発してしまう。
「うーん。ま、いっか。お大事にね」
キーンコーンカーンコーン
3時間目の始まりのチャイムが鳴ったと同時に千歳は保健室を出た。
「どうする?」
じっと千歳が出ていった保健室の扉を見ていると、保科先生が問いかけてくれる。
「いえ、少し横になってれば大丈夫だと思うので、1時間だけ休ませてもらいます」
「わかった」
保健室にはベットが3つあり、私は1番右のベットに案内される。
「じゃ、授業が終わる5分前に起こすから」
「ありがとうございます」
そういった後、保科先生がカーテンを閉め、私と外の世界が隔絶される。
保健室のベットって異様に居心地いいんだよなぁ……
落ち着いてくるといくらか余裕ができてきて、少し昔を思い出す。
千歳のと出会った時のことを。
4
千歳がまだ千歳でなかった時、つまり私が千歳と関係をまだ持ってない時のことだった。
一月くらい前、高校入学して初めてのテスト、中間考査と言うやつだ。それが終わって1、2週間後あたりに千歳は私に話しかけてきた。
放課後、皆が帰った教室の中を少し歩いていた。昼間はあんなに騒がしかったのに、今となっては誰もいない教室を見て少し心が踊る。
今は私がこの教室の王様だ。
そのような童心に帰るのが楽しくて、月に4、5回くらい教室に残っているのだ。
その時、教室のドアが無造作に開く。
それを見てムッとする。
誰もいない私だけの空間なのに人が入ってきた。
最初はただの忘れ物かと思ったのだが、その子は私の目の前まで来たていた。
そして、言う。
「
そう言ったこの子の名前を私は知っている。
千歳、
身長は私と同じくらいで大きくはない。顔の一つ一つのパーツが整っていおり、髪は肩に当たるくらいの長さだが髪は銀色に染められていた。性格も良いらしくクラスの中心人物だ。
なんで?って言ってもいいのだろうか。
勉強なんてものは人に教わるより一人でやった方が絶対に身になると思うし、なぜほぼ初対面のヤンキーみたいな人に教えなきゃならんのだ。
それに、高校初めてのテストと言うこともあって内容はかなり優しめだったように思えた。
教えること、ある?
「なんで……」
「ああ。なんで水城さんかって?」
「ちがっ……」
「そ・れ・は・ね!頭が良さそうだったからだよ!」
人の話も聞かずに、こいつ。
自分の意見だけをつらつらと言う人間。こういう人間とは絶対に仲良くなれない。
別に、自己中心的じゃない人間なんていないと思うのだけれど、人の意見を聞かずに自分の意見だけを優先し、押し通そうとする人間は私とは合わない。
私はだんだん苛立ってきた。
「あとねー、メガネだし……あれ?メガネしてない?あれ?」
「授業の時だけです。もういいですか?」
メガネしてたら頭いいって言うなら、日本人の約4割は頭いいってことになる。
そんな馬鹿げた話はない。
「さようなら」
ガタッと、立ち上がった時の衝撃で椅子は後ろに少し吹き飛んだが、それを元に戻すのはめんどくさいので、そのまま扉を目指す。
「ああん、待ってよぉう」
うっとうしい。私は家に帰りたい。
これ以上私の自由の時間を奪わないでほしい。
扉に手をかけ、開ける。
「待ってったらぁ!」
その言葉と同時に、後ろからドタドタと焦ったような足音が私に近づき、ぶつかる。
千歳遥が私の手をとったのだ。
「なんですか?これ?」
千歳遙に掴まれ手を上にあげると、当然のように千歳遙の手もくっついてくる。
それほどまでに強く握られていた。
「はぁ……なんで私なんですか?」
一刻でも早く帰りたい気持ちを抑えて聞く。この手を振りほどいて帰ることだってできるけれど、ここまで頼まれるのには理由があるのかもしれない。
「いや、怒らないで聞いてくれる?」
「内容によります」
千歳遙は少し恥ずかしいのか、視線を横に逸らしながら言う。
「えっと、ね、友達に迷惑かけたくないから……私のせいで時間を取らせるのは…うん。良くないかなって」
何それ、
それってつまりさ……
「ふふっ」
思わず笑いが溢れてしまった。
この千歳遙という人間は多分自分がやっていることを分かっていない。
だから少し意地悪をしてやろう。
「それって私の時間はどうでもいいってことですよね?」
「……あ」
ほんとに分かってなかったんだ。
つまり、千歳遙の行動軸が友達だったから、無意識的に他人の私なんてどうでもよかったように思えたのだろう。
「ごめ……」
「いいですよ。勉強教えても」
「……え?」
なんで承諾してしまったのか分からない。
性格が悪く、どこまでも優しい千歳遙という人間をもう少しだけ知りたくなったのだと思う。
その代わり、、、
「え?なんで?」
「さぁ、なんででしょう」
勉強を教える代わりに、私にあなた——千歳遙について——沢山教えてちょうだい。
5
「きゅうけーーい」
そう言いながら彼女、
なぜ私の家にいるのかと言うと、勉強を教えるだけなら学校でも良かったのだが、放課後の学校は割とうるさいのだ。
外では野球部とサッカー部が、室内では吹奏楽部や体育館の割り当てがない運動部など、結構うるさい。
「ってか良かったの?私、ほぼ初対面だけど家に入れちゃって」
「嫌だったらカフェでも行きましょうか?」
「あっ、いや、別に嫌じゃないんだよ」
「じゃぁ、いいでしょ」
千歳遙が私のベットに顔を埋めて「うーん」と唸っている。
唸りたいのはこっちだ。
目の前にある中間テストの解き直し、
「全然できてない……」
千歳遙の赤点科目は現代文と古文だ。
なんでできないんだろう?
古文はいいとして、現代文という教科の点数を取れない人間の心境がよく分からないので教えようがない。
「えー。だってさぁー何言ってっかわかんないんだよね。あと活字ダルい」
「
「そうね……」
ん?烽火?
突然のことに少しだけ反応が遅れる。
「なんで急に下の名前で?」
千歳遙がベットで1回跳ね、その反動で起き上がる。
「あー嫌だった?」
「いえ……ただ、下の名前で呼ばれることがあまりないので驚いただけです」
「ふーん」
千歳遙は私の方を見てニヤニヤしている。
「嫌じゃないんだ、烽火は」
「嫌じゃないですよ」
私は視線を下に向けたまま話す。
嫌じゃないけれど、なんか友達になったみたいで少し恥づかしい。
まぁ、もっとも友達になるなんてことは絶対にないんだろうと思う。
「どうでもいいから続きやりますよ」
「えーーーー」
「疲れたーー」
「お疲れ様です」
大したことはやっていないけれど、初日にしてはかなり頑張ったのではないかと思う。
現代文は私が1から文構造を教え、古文は本文に出てくる単語・助動詞・敬語……などをひとまず覚えさせた。
結構容量はいいらしく、予定より早い時間で終わらせることができた。
時間が気になり右上を見て壁掛け時計を確認すると、
『8時25分』
それでもこんな時間になってしまっているのか。最近時の流れが速いと感じる。
「時間、大丈夫ですか?」
「あー、大丈夫大丈夫。こんなんザラよ」
とは言っても外は暗い。
別に気にかけている訳では無いが、こんな時間に女子高生が一人でいるのもいかがなものかと思ったので、
「途中まで送ります」
「え?大丈夫だよ」
「いいから」
千歳遙の鞄を勝手に持ち、部屋を出て玄関まで歩く。
「待ってよぉう」
後ろからトテトテって、可愛らしい足音が聞こえる。さっきと違って私が逃げないことを知っているからだろうか、かなりゆっくり追いついてきた。
外に出て、夜の独特の空気とを感じると同時に夏の不気味な暖かさを感じた。
空自体は暗かったけれど、そこらに散りばめられた星たちが元気よく光っていたために空は賑やかだった。
「今日はさ、ありがとね」
「いえ、別に」
少し楽しかったなんて言えない。
この関係は千歳遙の追試験の終わりと同時に無くなってしまう。
もう何かを失うのは嫌だからここで言葉にはしない。
2人で綺麗に舗装されたアスファルトの上を歩く。
周りに響くのは私と千歳遙の足音だけ。
2人の足で奏でられる唄はいつまでも聞いていたいけれど、それは叶わない。
だけど今、今だけは2人で歩いているという事実が、私を支えてくれていた。
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