第5話 名前の意味

「ん……」

まだ眠気の覚めない顔に無慈悲に陽光が私の顔を照らす。

その陽光の明るさからもう12時近い、もしくは過ぎているのだろうと感じた。

昼まで寝てしまった失望を何とか避けようと寝返りをうとうとしたが、まるで体重が2倍になったのかのように体は思いどうりに動いてくれない。

最初は私の体が起きるのを拒否していただけなのかと思ったけれど、私の背中に張り付く柔らかいものの存在を思い出して、納得する。


「………」


何とか振りほどけないかと思うと、私のお腹付近に添えられた小さな手を見つける。

私はその手をそっと掴み、定位置に戻そう……と、その時。その小さな手は、私の手を食べるように絡みついてきたのだ。

「おはようございます」

「うん、おはよう…えと、なに?」

少女の手は私のとは反対に暖かかったけれど、私の冷たさを解してくれるほどでは無い。

「あれ?起こしちゃったかな」

「いえ、寝てませんから」

「ならいいけど……」

このやり取りさっきもやったよな。

少女は手— 私と一緒になった手— をふるふると楽しそうに揺らす。


少女は好きな人に振られた寂しさを私で埋めているだけだろうか。


いずれ喪失してしまうかもしれない依存相手をつくってしまうのは本当に良くない。


また悲しむのはあなたなのに


「言っちゃあれだけど、あなた振られたのに全然平気そうね」

「平気ですよ」

少女の手が私の手を強く握る。

こんなに強く握られてしまったら解けでは無いか。


「あの。名前、教えてくれません?」

「ああ。ナマエ、うん。ナマエね」


名前、名前がつく、名前を知る、これは人を確定させる行為だ。

そうすれば人は名前に縛られて生きていくようになる。

誰だってそうだし、私もそう。


だけど、相手が名前を知らなければ私はただの人になれる。


自分とは違う私に


私はこれからこの少女の名前を知り、私の名前を教えるのだろう。

そうした時、私は— 耐えられるだろうか。


はぁ


桐垣きりがき。桐垣真理よ。」

「桐生の桐に、石垣島の垣。真実の理で真理」

「かっこいい名前ですね。似合ってる。」

「あなたは?」

ああ、これから互いが固定されてしまう。

嫌だな。なんで教えたんだろう

「私は水城烽火みずきほうかです」

「えーっと、水の城で水城。のろしの火で烽火です」

「似合ってるわよ、あなたも」

ええ、ほんとに似合ってる。

水城に烽、いい趣味してるわ名付け親。


あーあ。これで私は桐垣真理として、少女は水城烽火として固定されてしまった。

もう、この子の前では変われない、、変化を失ってしまった。


こんな感情誰にもわかんないだろうな


本当に誰も



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