第32話 謎の少女

 怪盗かいとうキューピーとは明らかにちがう女の人の声がスタジアムにひびまたり、僕たちはとぼけた声を出して周りをキョロキョロ見渡した。


「ああ! みんなあそこ見てよ! 反対側のテレビ画面!」


 まさやんが大きな声で叫び、僕たちは反対側についている大きな画面を急いで見る。そこには、怪盗キューピーとおんなじシルクハットをかぶって、片目だけかくれる仮面をつけた可愛い女の子が映っていた。


「ピー様!直接表に出てくるのはご法度はっとだったのでは!?」


 どう言うことだ?! 怪盗キューピーは一人じゃなかったってことなのか?


「キューちゃん。これくらいなら多分ギリセーフだと思うわ。それより、この子供たちに真実を教えてあげなくちゃ!」


 そう言うとピー様と呼ばれた仮面をつけた女の子は僕たちの目の前の画面に映り直した。すぐ近くの大画面で見ると、マスクをつけていてもわかる可愛かわいい顔立ち……。僕は一瞬いっしゅんその姿に見惚みとれてしまったけど、すぐに意識を戻した。


「あのね、あなたたちの頭でちゃんと理解できるかわからないけどね、教えてあげる。あなたのお父さんが作ったシステムがどんな未来を作ったかを!」


 その言葉にすぐさまリンが応戦おうせんする。


「 バカなの? そんな未来から来たみたいな発言、誰が信じると思うの!」


「私は百年先の未来から来たのよ! 来たと言うよりはアクセスしてるって言ったほうが正しいけど!」


「ガチで? 超ウケる! そんな話、誰が信じるかっつーの!」


「「「「そうだそうだ!」」」」


「別に信じなくてもいい! でもこれだけは聞いて! あなたのお父さんが作ったシステムは最初のうちは確かに社会の役に立った。でも、そのうち人は働かなくても生きていけるようになってしまった。そこからが悲劇ひげきの始まりだったのよ。だから私はその悲劇をなくすために、未来からこの時代にアクセスして、誰が作ったシステムなのかを調べた。そして、社会の悪をぬすみ出し世界を平和にしようと日々活動しているキューちゃんを見つけて手を組んだのよ!」


「働かなくても生きていけるなんて、最高の未来じゃん!」


「そうだよ! それのどこが悪いんだ!すごいシステムじゃないか!」


「最高の未来って、あんた達、本当にそう思う? 働かなくてもいい未来の人間は一体何をして毎日過ごしていると思う? やりたいことがある人はいい。でも、やりたいことが何にもない人は、虚無きょむ、つまり、からっぽのなんにもない毎日を生きていかなきゃ行けないのよ! ここに来たとき思わなかった? 広すぎてこわいって、誰もいなくて怖いって、どこに自分がいるのかわからなくなっちゃいそうで怖いって! それをあんた達に知ってもらいたくって、キューちゃんにこの場所を用意してもらったのに!」


 僕はさっきスタジアムに入った時に感じた、広すぎて、自分がどこにいるかわからない感覚を思い出した。宇宙に放り投げられたような、何もない世界に一人きりでいる感覚を僕は確かに怖いと思った。それに、ピー様の言うように、働かなくても生きていけて、時間はたっぷりあるのにやりたいことが何にもなかったら、僕はどうなるのだろうかと考えた。テレビやゲームにもそのうちあききて、何にもしたいと思うことがなかったら、僕はどうやって生きて行けばいいのだろう。


「あんたの父親が作ったそのシステムが最初の始まりだった。だから、システムを壊すために、未来からアクセスしてるのよ」


 ピー様が、悲しそうな声でそう言うと、スタジアムにしばらく沈黙ちんもくがおとづれた。


人工知能じんこうちのうの頭が良くなりすぎると、人間は考えることをやめてしまう。その先に、そんな未来が待ってたんだね……」


 リンがピー様に語りかけるように、静かに言った。


「生活はみんな豊かだよ。でもやることがない人は、一日時間が過ぎるのを待っているの。そう言う人はどうなると思う?」


 さっきよりも大人しくなったピー様が僕たちに大きな画面から問いかける。


「どうなるの?」とリンはピー様は静かに聞いた。


「だんだん生きてる意味がわからなくなって、頭がおかしくなって、死にたくなるの。でも、自ら死を選ぼうとすれば、健康管理のための脳内のうないチップから電流が流れて気絶きぜつしてしまうのよ。そして次の日いつものように目覚め、また何もない一日を生きていかなきゃいけないの」


「そんな……」


 思わず僕の声が漏れる。そんな生き方、全然幸せじゃない気がした。僕はそんな世界に生きていたいとは思えない。リンも同じように思っていたのか、「そんなの可哀想かわいそうすぎる」と言って、顔を手でおおって泣き始めた。


「そんな、生きてるか死んでるかわかんないような未来、私、いやだ……」


 リンがささやくように言った。

 僕たちは誰も何もしゃべらなかった。


「もういいわ。私の決意は変わらない。やっぱり私の生きている世界はおかしい。やることのあるあなた達にどれだけうったえてもわかってもらえるわけないわ。会社のデータは破壊しない。でも、予定通り、あなたのお父さんが作っているシステムだけは破壊する。もう行きましょう。キューちゃん」


「待って! お父さんのシステムを壊さなくてもなんとかなる未来に、僕たちが変えてみせるから!」


 僕は画面の中の二人に向かって叫んだけど、その声は広すぎるスタジアムの中に溶けていった。もう、二人には僕の声が届いていないのか、ピー様と怪盗キューピーはくるりと後ろを向いて、画面の奥へと消えていく。僕たちは、静かにそれを見ていることしかできなかった。大きなテレビ画面はだんだん映像が薄くなり、そして僕たちの最終決戦も薄くなる映像とともに終わりを告げた。



 僕たちは、失意のまま国立競技場を出て、ここまで来た道を、僕の家に帰るために歩いている。


 誰もなにもしゃべらない。


 お父さんの会社のデータを守ることはできた。でも結局、お父さんが今作っているシステムは破壊されてしまう。それを止めることはできなかった。


 お父さんごめんなさい。お母さんごめんなさい、嘘をついて、僕、こんなとこまで子どもだけでやってきた。何とかなると思って、それで、それで……


 僕の目からポタポタと涙が落ち始め、それは、改札機かいさつきを通ってホームに向かう僕の足跡あしあとみたいに、黒いシミになって僕についてきた。


 電車に乗ってもみんな、なにも話さない。みんなまるでセミのがらみたいだ。僕のせいで、お父さんが一生懸命いっしょうけんめい考えて作り続けてきたシステムは壊されてしまう。そう思うと絞った雑巾のように、ボタリボタリと後悔こうかいの涙がシミとなってさらに色濃いろこ足元あしもとに落ち続けた。


 帰らなくては行けない。新幹線にまた乗って、僕の家にみんなで。


 その時、「ブルブルブルブル」リンの背負っているリュックから振動音しんどうおんが聞こえた気がした。


「リンリン、今リュックの中で変な音がしなかった?」


 リーくんが落ち込んで下を向いているリンに話しかけると、リンは「え?」と顔をあげ、急いでリュックを開けて、中身を確認する。


「これだ。これがふるえてたんだ」


 そう言って取り出したのは、小包で届いたポケベルだった。画面の数字はタイムリミットの最後十秒まで減っている。


——9、8、7、6、5、4、3、2、1……


「タイムリミットが終わる合図だったんだ」ぼそっとリンがつぶやいてから赤いフレームの眼鏡めがねを指で持ち上げ、また涙を拭いた。


「お兄ちゃん、ほら、ポケベルのタイマーも、本当に、終わっちゃった」


 リンが僕にポケベルの画面を見せてくれる。本当だ。確かにタイムリミットの数字は終わってしまった。でも、別の数字が現れているぞ?!


「リン! これ! 何かまた新しい数字が出てきてる!」


「「「「ガチで?!」」」」


「リンリン、なんて書いてあるか、わかる?」


「え? う、うん。えっと、えっと……。これもポケベル暗号だ! 」


 リンはすぐさま探偵手帳たんていてちょうを取り出し、ポケベルの数字をメモしてから暗号あんごうを解き始めた。


【25032112617255210433 4121137291120242234344】


「こんかいはみのがす、ちがうみらいをつくって。だって!」


「「「「と、言うことは?」」」」


「お父さんの作ってるシステムも壊されないってこと!?」


「「「「「やったぁ!」」」」」


 お父さんの作ってるシステムも、お父さんの会社のシステムも守ことができたんだ! 僕は嬉しくて嬉しくて、今度は違う涙が出た。みんなと一緒に怪盗キューピーからシステムを守ったんだ!


 東京駅に着くと、一番早い新幹線に飛び乗って、お母さんのにぎってくれたおにぎりを食べた。そのおにぎりの味は今まで食べたどんなおにぎりよりも美味しかった気がする。それはきっと、みんなで勝ち取った勝利の味がしたからだ!


 おにぎりを食べながら僕は思った。

 僕はこの夏のことをきっと一生忘れない。

 だって、僕たちがピンチの時こそガチで楽しめるクレイジーな探偵団、ガッチーズを結成した夏なんだから!

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