第31話 対決!怪盗キューピー!

 国立競技場の入場ゲートから一歩中に入ると、そこにはだだっ広いロビーが広がっていた。もしもこれが東京オリンピックやサッカーの国際試合こくさいじあいとかだったら、このロビーに人がいっぱい歩いているんだろう。でも、今は僕たち五人しかいない。


「ガチで? 本当に中に入っちゃったぜ」


 リーくんの声が広いロビーにひびわたったかと思ったら、あっという間にどこかにい込まれていく。僕たちの足音だけがかすかに聞こえる空間は広すぎてなんだかこわいと僕は思った。僕たちはロビーを真っ直ぐに進み、明るい光がれているスタジアムに向かっていく。


「うわぁ……」


 ロビーを抜けた先のスタジアムはものすごく広くて、目の前に広がる景色に僕たちは思わず声をらした。手すりにつかまり、身を乗り出してスタジアムをのぞき込むと、下の方に見えるグランドの四角い緑色の周りを赤茶色の楕円形だえんけいかこんでいて、その赤茶色は僕たちが立っている場所までつながっているように見えた。座席の色がグラデーションになって、大きく丸く開いた青空へとつながり、スタジアム全体が現実じゃない世界、異世界にでも来たかのような不思議な感じだ。


 静まりかえる僕たちしかいない国立競技場。異様いようなまでの大きな空間に僕はちゅうに浮いているような錯覚さっかくを覚えた。


 怖い。目の前に広がる景色はテレビで見ていたオリンピックの会場で、本当はもっと感動するような景色なのかもしれないけれど、僕は、怖いと思った。とてつもなく広い異世界空間。まるで宇宙にでも投げ出されたかのように、この静けさやこの大きな世界が怖いと思った。自分がどこにいるのか、ちゃんと自分の足で立ってるのか、それがわからないほど、目の前のスタジアムは広い。


 もう、このままこのスタジアムに僕の意識が溶けて消えてしまいそう、そう思っていたその瞬間しゅんかん突然とつぜんスタジアムに何かを始めるようなカウントダウンの音がひびく!


 ―― ピッ!ピッ!ピッ!ピー!


「「「「「ガチで?!」」」」」


「あ! あそこ! あれ見てよ!」


 まさやんが悲鳴に似た声をあげ、指差す方を僕たちが見ると、スタジアムに設置されている大きなテレビ画面に何かが映り始めている!? 大きな画面は、砂嵐すなあらしのようにザザザザと画面が乱れていた。


「もっと近くに行こうよ! お兄ちゃんたち!」


 僕たちはすぐ横の階段をけ降りてスタンド席を走り抜け、画面がよく見える位置まで移動することにした。大きなテレビ画面は砂嵐の中から人影のようなものが映り始めている。まるでリーくんのスマホで最初に怪盗かいとうキューピーを見たときのように!


 僕たちはでっかい画面のよく見える位置に移動して、はあはあ肩で息を切りながら画面を見上げた。砂嵐がだんだん薄くなっていくと同時に、画面いっぱいにシルクハットをかぶって、片目だけかくれる変な仮面をつけた男の人が現れた!


「まずはここまで子供だけでたどり着いたことをほめめてやろう」


 国立競技場のスタジアム内に、わんわんと怪盗キューピーの声が響き渡る! 僕は画面をにらみつけ、怪盗キューピーに向かって大きな声でさけんだ。お父さんのシステムを守るんだ!


「なんでこんなことしたんだよ! ここまで来たんだからお父さんのシステムはこわさないでくれるよな!」


「はっはははは。壊さないわけがないだろう? お前の父親が作っているシステムは、この世界をゆがめる悪だと教えてやっただろう。最初に言わなかったか? システムを作るのをやめれば、会社の他のシステムを破壊はかいするのはやめてやってもいいと」


「それって、どういう意味っ!」と声に出し、はっと気づいて、僕はみんなの方を振り返った。


「それって、お父さんのシステムはどうやったって壊されちゃうってこと?!」


「うん」


「ガチ、そう言う意味なんだよな」


「そんなぁ」まさやんが泣きそうな声を出す。


「リン! このままじゃ、お父さんのシステム壊しちゃうって、あいつ言ってる!」


「うん。本当は私も気づいてた。でも、もしかしてここまで来ればなんとかなるかもって思った。絶対壊されないって思ってたのに……」


「ここまでこれば壊されないだなんて、子供らしい甘い考えだ」


 僕たちは大きな画面にまた視線を戻して怪盗キューピーを睨みつけた。って、あれ? なんで今、僕たちの話している声が怪盗キューピーに聞こえたんだ?


「こっちの会話、全部聞こえてるみたいじゃない?」


「「「「え?」」」」


「今、僕たちは僕たちだけが聞こえる声でしゃべっていたのに、怪盗キューピーに全部聞こえてるみたいに返してこなかった?」


「「「「確かに!」」」」


「僕たちのことずっと監視かんししてたのかっ!?」


 僕はありったけの声で怪盗キューピーに言った。


「ようやく気づいたか。全部全部、そこのぽっちゃり君のスマホから丸見えだったんだよ。なかなか面白いものを見させてもらった。子供だけで本当によくやったと、もう一度褒めてやる」


「この変態! 勝手に人のスマホハッキングしてのぞき見するなんて!」


「なにぃ!」


 怪盗キューピーの声がわんわんとまたスタジアム内に響き渡る。くそう! 声の大きさでは勝てる気がしない! それに、お父さんのシステムは壊されちゃうこと前提ぜんていで、僕たちはここまでやってきただなんて! そんなのひどすぎる!


 僕はギュッとこぶしにぎりしめ、ありったけの声で叫んだ!


「お願いだからお父さんのシステムを壊すだなんてやめてよ! お父さんは普通に真面目に働いているいい人なんだよ! 何にも悪いシステムなんて作ってないよ!」


「じゃあ聞くが、お前たちの父親の作っているシステムの、何が悪か調べてきたんだろう? それを知って、お前たちはどう思った?」


人工知能じんこうちのうの頭が良くなりすぎると、人間は考えることをやめてしまうのが悪いって言ってるんでしょ!」


「ほう、さすが頭のキレる妹だ。その通り! お前の父親はそんな人間が堕落だらくの道へと進むシステムを作ってるのだ。だから私が今のうちに壊してやるのだ」


「バカなの? そんなことしたってテクノロジーの進化は止められるわけないじゃない! 大体、お父さんが作ってるシステムが悪い方向に向かうだなんて、どこ情報で言ってるの? まだ出来上がってもないシステムなのに!」


「確かに。出来上がってもないシステムを悪だなんて言っちゃって、ちょっとおかしいよね」


「うん!」


「ガチそれな! まさやんが言う通りだぜ。どこ情報で言ってるわけ? 俺っちそれ知りたいわ」


 リンの発言に続いて、みんなか口々に言う。それが聞こえているのか、画面の中の怪盗キューピーの顔がゆがんだ気がした。


 そうか!今この状況でお父さんのシステムを壊さない方法、それはこの画面に出ている怪盗キューピーを僕たちの言葉で、僕たちの意見で打ち負かすしかないんだ!


 僕は手招てまねきでみんなを呼んで、リーくんのスマホでは聞き取れないような小さな声で作戦を伝える。僕たちは顔を見合わせて、大きく「うん!」と頷き合い、怪盗キューピーの方に向き直った。


「あれじゃね? ネットで流れてきたあやしい都市伝説としでんせつとか信じて犯行はんこうおよびました、てきな? そんな感じなんじゃね?」


「ガチで? リーくんそれってだいぶ頭おかしすぎるヤツがやることだよね!」


「だよな、ガッくんもそう思うよな!」


「ふんっ! バカなガキどもだ。私はきちんとした情報源から得た情報でお前の父親の作るシステムが悪いと言っている」


「でも、出来上がってないんだもん! 未来でも見てきたって言うならわかるけど、そうでもないかぎり、予測よそくでしかないじゃない!」


「未来を見てきたといえば信じるのか?」


「「「「「えっ?!」」」」」


「そうだ! 未来を見てきたからわかるのだ! どうだ。これでわかったか! お前の父親のシステムは未来の世界で人間をダメにするシステムを生み出したのだ!」


「そんなわけないでしょ! 本当にバカなんじゃない!? どうやって未来が見れるって言うのよ!」


「「「「そうだそうだ!」」」」


証拠しょうこを見せてみなさいよ! 未来を見たって言う証拠を!」


 リンが勢いよくまくし立てる!

 リンに口で勝てると思うなよ!

 いけぇ! リン!


「証拠もないのに、未来を見てきた発言とか、本当にバカなの? それでこんな大袈裟おおげさ謎解なぞときだして、子供だけなのに東京まで呼び寄せるとか! 頭がおかしいかまってちゃんもいい加減かげんにしなさいよ! ね、お兄ちゃんたち!」


「「「「そうだそうだ!」」」」


「それに卑怯ひきょうだよ! そんなでっかい画面の中からスタジアムの音響おんきょう使って大きな声でしゃべってさ! こっちに出てきて面と向かって話しなさいよ! 本当に、あなたってバカなの? 大事な話を聞いて欲しい時は、ちゃんと向き合って話さなきゃ解決しないんだよ!」


「話し合うことなどない! お前の父親のシステムを壊すだけだ!」


「それがずるいって言ってんの! それにその未来を見てきた発言もおかしいって言ってんの! ちゃんと証拠見せてわかりやすいように説明しなさいよね! じゃないと今すぐリーくんのスマホで警察けいさつに電話して、あなたに誘拐ゆうかいされて東京まで連れてこられたって言うんだからっ!」


 リンの言葉を聞いて、リーくんがスマホの動画ボタンを急いで押し怪盗キューピーの方に見せた。


「動画で撮ってるから、これって、ちゃんとした証拠だし! さ、さっきから撮ってたし!」


「サイバーテロのことだって、全部全部警察に話しちゃうんだからね! 未来を見てきたって言うあやしい男と、真面目で可愛かわいい子供五人! 警察はどっちの話を信じると思う? さぁ! こっちに出てきて、その未来とやらの証拠を見せにきなさいよ!」


「ぐ……ぐぐ……」


 怪盗キューピーがくちびるみしめてくやしがっている! あと一押しだ! リンが勢いよく息を吸い込む。僕も思いっきり息を吸い込んでリンと一緒に叫んだ。


「「証拠もないのに、お父さんの作ってるシステムが悪だとか言うなー!」」



「もういいわよ! キューちゃん!」



「「「「「へ? キューちゃん?」」」」」








 


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