第29話 東京へ

「じゃあまずは作戦会議だね! 私、いいこと思いついたの!」


 リンはそう言うと自分の部屋に走って行き、科学館で開催している『夏休み自由研究特別講座じゆうけんきゅうとくべつこうざ』と書かれたイベントのチラシを持ってきた。


「これ、昨日図書館の休憩室きゅうけいしつで見つけたんだけど。これに行きたいって言うのはどうかな?」


「「「「おおお!」」」」


「自由研究、もちろん私はもう終わってるけど、お兄ちゃんはまだだろうし、ここに子供だけの参加も大丈夫って書いてあるでしょ?」


「でもリン、これに行くって言うと、帰ってきた時に何か出来上がってないとまずいんじゃないのか?」


「お兄ちゃん」と、リンは僕の方を向き、「もう、そこは諦めて欲しい」と言った。


 やっぱりそう来るか!


「だな! おこられ役はまかせとけ!」


「リーくん、スマホで国立競技場こくりつきょうぎじょうの行き方調べられる?」


「リンリン、ガチそんなん簡単だぜ!」


 リーくんがスマホで国立競技場までの行き先を調べる。どうやら国立競技場へ行くには、新幹線に乗り、品川しながわ駅で降りてから普通電車に乗りえていくみたいだった。


「乗り換え……子供だけで大丈夫かな……」


 まさやんが不安そうに言う。


「大丈夫だって! ガッくん達、去年まで東京に住んでたんだし! な! ガっくん!」


「お、おう……」


 リーくんに背中をバシバシ叩かれながら答えるけれど、僕だって本当は不安だ。東京に住んでいたとはいえ、電車に子どもだけで乗ることはあまりなかった気がする……。リーくんがスマホで調べた結果、僕の家から新幹線しんかんせんの駅までは約三十分。そこから目的地の国立競技場までは約二時間半だった。


「今調べた感じだと、出発の時間なんだけど、えっと、科学館の開館時間かいかんじかんは朝の九時半。家から科学館までは電車とバスで一時間くらいかかるから、朝八時には家を出れるとして、さらに帰ってくるのが夕方の六時だよね。その間で東京まで行って怪盗キューピーをやっつけて帰ってくることになる。逆算すると、五時半にはこっちの駅につかなきゃいけないから、最低でも三時には国立競技場の駅から帰り始めないと、帰るのが間に合わない。だから、その時間までに、怪盗キューピーをやっつけないと、この作戦は失敗に終わっちゃう」


 リンが探偵手帳たんていてちょうに時間を書きうつしながらしゃべるのを聞いて、僕はゴクリとつばを飲み込んだ。そんな短い時間で、本当に子どもだけで怪盗キューピーをやっつけれるのだろうか。


「やるっきゃねえな」


 リーくんがめずらしく真面目に言った。僕たちも、その言葉にうなずいた。そうだ、ここまできたんだし、やるっきゃない!


「そうと決まれば! 俺っちコンビニでお金おろしてくるぜ!」


 リーくんがコンビニに行っている間、僕たちは明日に向けての作戦会議を続けた。きっと僕たちならできる。そう信じて。明日、僕たちはいよいよ怪盗キューピーと対決する。




 ——決戦当日。


 リンの作戦通り、お母さんは僕たちが科学館に行くことをゆるしてくれた。朝八時、僕たちはリュックの中にお母さんがにぎってくれたおにぎりと水筒を入れて、僕の家を後にする。


「本当に行くんだよね、東京」


 まさやんが不安そうに僕に聞いてくる。僕は「うん」とだけ答えて駅までの道を歩いた。誰も余計よけいなことはしゃべらない。きっとみんな心のどこかでは緊張きんちょうしているんだ。もちろん、僕だって、不安な気持ちはいっぱいある。でも、きっとやりげれるはずだと信じてる。だって、僕たちは子供だけでここまで謎を解いて、怪盗かいとうキューピーの居場所いばしょき止めたんだから。


 電車に乗って三つ目の駅。いよいよ新幹線の駅までついた僕たちは、駅の構内こうないでリーくんが切符きっぷを買うのを待った。


「ガチで緊張きんちょうしたし! みどりの窓口まどぐちのお姉さんに、子供だけでおばあちゃんち行くのえらいねって言われちまったぜ!」


 リーくんが五人分の新幹線のチケットを僕たちに見せながらいうのを聞いて、もう、後戻あともどりは本当にできないと僕は最終的な覚悟かくごを決めた。きっとみんなもおんなじ気持ちだったはずだ。


 僕たちはできるだけ目立たないように帽子ぼうしを深めにかぶり、新幹線のホームの一番はじっこに向かった。乗るのは自由席の16号車。新幹線から降りてくる人が多くても、端っこなら出会う人の数は少ないと思ったからだ。


「ガチ、子供だけで行くのな」と、となりに立っていたリーくんがポツリと言う。僕は「うん」とだけリーくんに答えた。


「ガチ、こんな大冒険だいぼうけんしたことねぇや」


「うん」


「ガチ、楽しみな。ありがとな、ガッくん。東京行こうって言ってくれて」


「え?」


「いやさ、俺っちほぼほぼ家でゲームしてるか動画編集どうがへんしゅうしてるだけだし。別に何かあって学校に行かなくなったわけじゃなくってさ、ただなんとなく? で行かなくなって、今もたまにしか学校いかねぇけど。でもさ、やっぱ一人で家にいるだけじゃできないこといっぱいあるのな! 俺っち、だから今みんなとこうしてるの、すげぇ楽しいぜ!」


「リーくん」


「あの頭のおかしい怪盗キューピーにぜってぇ勝って、みんなで帰ってこような」


「だね!」


 いつの間にか僕たちのそばによって会話を聞いていた他のメンバーも、「うん」と笑顔でうなずいた。大阪方面おおさかほうめんから新幹線がやってくるのが見える。僕たちは停車ていしゃした新幹線に飛び乗って、座席を探した。


 僕とリンは入り口すぐそばの二人席へ。こうちゃんとまさやん、リーくんはちょうど家族連れが降りた後の三人席に離れて座る。東京まではだいたい一時間十五分。各駅停車かくえきていしゃの新幹線だ。


結構けっこう時間あるし、ゲームでもして行こうぜ」


 僕の横を通り過ぎるときにリーくんがそう言ったのが聞こえたけど、僕はしないでおくことにした。僕までゲームをすると、僕の隣の窓際まどぎわの席に座っているリンが一人ぼっちになってしまう。


「お兄ちゃんもみんなとゲームしていいのに」


「べっつに。今そんな気分じゃないしってだけだし」


「ふうん」


「それよりも、なんでお父さんの作ってるシステムが悪いものなのか、結局わかんないままだな」


 怪盗キューピーが言った「お前の作っているシステムは社会をゆがめるものだ。なぜ、それが悪なのかを知りこちら側へこい」と言われた答えを僕たちはまだ見つけ出せていなかった。それを見つけ出さなくては、怪盗キューピーと対決たいけつしてもきっと勝つことはできない。


「そうなんだよね。いっぱい考えているんだけど。お兄ちゃんは、どう思う?」


 探偵手帳をリュックの中から取り出して広げながらリンが僕に聞く。僕も昨日の夜、ずっと考えていたけれど、その答えは全然わからない。


人工知能じんこうちのうが自分で学習をしてどんどん頭が良くなったら、なんでダメなんだろう? もっともっといいシステムができて、社会はもっと豊かになる未来しか見えないんだけどなぁ。お父さんもそう言ってたよ。子供の教育も、その子にあった学習方法で教えてくれるんだって」


「ふうん。でもさ、そんなに頭がいい人工知能があるなら勉強自体しなくて良くね?」


「え?」


「だって、計算ドリルとかやっても意味ないじゃん。そんなの自分で考えるより人工知能が計算すればいいんだし」


「お兄ちゃん……。もしかして、バカなの?」


「ああ、はいはい。どうせ僕はバカですよ」


「バカすぎて、思いつかなかった……多分、それが答えなんだと思う!」


「へ……?」


「そう言うことだよお兄ちゃん! 人工知能の頭が良くなりすぎると、人間は自分で考えなくてもいいんだよ! きっとそれを言いたいんだよ、怪盗キューピーは! そう考えると、知恵神社ちえじんじゃに行った意味もつながるもん! 思い出してみて、お兄ちゃん。知恵神社のお賽銭箱さいせんばこを!」


 僕は金ピカピンの鳥居とりいにデジタルなお賽銭箱を思い出した。かわいいアニメキャラの巫女みこさんが出てきて、一緒いっしょにおまいりをした、あの賽銭箱を。


「デジタル化が進めば人が少なくてむ。あのお賽銭箱だって、毎日お賽銭の金額を自動で計算してくれるんだよ、きっと。だからその仕事してた人は仕事がなくなっちゃう」


「なるほど〜。って、え? でも、それがあくだってことなのか?!」


「なんでそんなものを悪って言うのか、そこまではわかんないけど。でも、今わかる答えは、それだよ。きっと。あっ! お兄ちゃん、あれ見て!」


 リンがまどの外を指さして僕の腕を急に引っ張った。窓をのぞき込むと青空と綺麗きれいな富士山が見える。


「お兄ちゃん、富士山今日はあんなにきれいに見えるよ! これは絶対いいことがあるってことだよ! だってお母さんいつも言ってるもんね、富士山が見えたから今日はきっといい日になるねって! だからやっぱりさっきの答えはきっと合ってるよね!」


 リンは僕にいきおいよくそう言って、そう言った後で、「でしょ? お兄ちゃん」と静かに聞いた。僕はまだそれが本当に正解なのかはわからないけれど、「そうだね」とだけ答えた。リンの目には涙がたまっていて、それを見たらなんだか僕も涙が出てきそうだったから。


「絶対そうだよ。大丈夫。お父さんの会社のシステムは僕たちで守ろう」


 新幹線はヒューッと風を切り、僕たちを乗せて東京まで運んだ。






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