第25話 解け始めた謎

「お兄ちゃん! もう起きて! 朝九時だよ!」


 リンの大きな声が聞こえ、僕は意外いがいにすっきりと目を覚ました。


「ん〜! はぁ〜。めっちゃよく寝た気がするわ」


「だよね。夏祭りから帰ってくる車の中でも寝てたし、十二時間以上は寝てると思うよ。それよりも! はやく昨日の続きをしないとタイムリミットがほら!」


 リンが布団から起き上がった僕の顔の前に、タイムリミットが映ってるポケベルをずいっと出す。

 

 うそ!? もう30時間も残ってないの?!


「ガチでもうこんだけしか時間残ってないの?!」


「そうだよ! お母さんもお父さんもそれぞれの用事でさっき出かけたよ。だからもう起きてよね!」


「お、おう。って、お父さんのパソコンは?!」


大丈夫だいじょうぶみたい。今のところ、ってことだけど」


 お父さんのパソコンが大丈夫と聞いて、あんなこわい夢を見たせいもあってか、僕はものすごくほっとした。


「それで、みんなは?」


「まさやんとこうちゃんは結構けっこうはやく起きてきて、今は下で朝ご飯食べてるよ。で、リーくんは、そこ」


 そこ、とリンが指差す場所にはリーくんがまあるいお腹を出して寝ている。あの幸せそうな爆睡ばくすいの顔は、何をしても絶対起きない時の顔だと思った。


「お兄ちゃんもはやくご飯食べて一緒に昨日の続きしよ!」


 僕は一階の台所へ行き、僕の分として用意された朝ご飯を持って、こうちゃんたちがいるリビングに向かった。こうちゃんとまさやんは朝ご飯のトーストとハムエッグをすっかり食べ終わり、二人でゲーム機を手に持ってしゃべっている。


「「ガッくんおはよ」」


「なになに、二人とも、もうゲーム?」


「お兄ちゃん、バカなの? 次のヒントはまさやんの作ったゲーム島なんだよ?」


「あ、そっか!」


 怪盗キューピーにつながる次のヒントは、まさやんが作ったフラバトのゲーム島の中にあるはずなんだ!


 まさやんが言うには、まさやんの作ったゲーム島【ボクノシマデアソボウ】は、ロックがかかっていて今は中に入れないとのことだった。


「僕、これまだ完成してないからオンラインにアップしてないんだけど、オンライン上で公開されてるっぽいんだよね。それに、ほら、こうやってトンカチワールドにログインしてもゲーム島をさわったりできないし、ゲームログイン画面も、メンバーが足りませんって表示が出てきて、ゲームスタートもできないんだよ」


「きっと、四人そろわなきゃだめなんだと思う。ここに、人型ひとがたのマークが四つならんでるから」


「リン、それならはやくリーくんも起こしたほうがいいんじゃない?」


「リーくんはさっき寝るまで私の調べごとに付き合わせてたから、今は寝かせてあげるの」


「なるほど」


 それであの場所であんなに爆睡だったのかと僕は理解した。それなら昼まではきっと起きてこない。


「え?! てことは昼までゲーム島を調べられないじゃん?!」


「うん。だからそれまでの時間、今までのことを整理せいりしようと思って。だって、怪盗キューピーはなんでお父さんの作ってるシステムが悪いものなのかの理由を調べろみたいなこと言ってたでしょ? それがまだわかんないから」


 確かに。怪盗キューピーは変な小包を送ってきて、その小包の箱からはがした紙からのヒントで、僕たちはまさやんが作ったゲーム島までたどり着いた。でも、怪盗キューピーのいう、お父さんのシステムの何が悪いかが全くわかってない。


「それで? リンはなにかわかったの?」


 僕はトーストをかじりながら聞いた。


「ううん、まだ全然。でも、今までのことを探偵たんてい手帳にまとめてみたの。それがこれなんだけど」


 リンがリビングの机の上に探偵手帳を広げる。探偵手帳は最初に見た時よりも、細かくいろんなことがわかりやすく書き込まれていた。


 僕はトーストを食べ進めながら探偵手帳を読み進め、「ん?」と初めて見る単語に目が止まった。


『知恵神社(社紋しゃもん梅鉢うめばち)』


「リン、このさ、ここの知恵神社のとこの、ってなに? それに、その後に書いてあるってのもわかんないや」


「それね、それをリーくんと昨日からスマホで調べてたんだけど」とリンは、社紋について僕に説明してくれる。こうちゃんとまさやんは、僕より先にその説明をもう聞いているようだった。


「あのね、社紋って言うのは、神社の家紋かもんみたいなものなんだって」


「家紋?」


「そう、家紋。昔の人が作ったマークだよ。戦国武将せんごくぶしょう旗印はたじるしとかにしてるあれだよあれ!」


 なんとなく理解できるけど、それに一体どんな意味があるのか、僕にはさっぱりわからない。


「でね、家紋にはそれぞれ意味があるってことがわかったの」


「へぇ、どんな?」


「うん、例えばね、この知恵神社の梅鉢って家紋はね、学問の神様で有名な菅原道真すがわらの みちざねの家紋なんだけど、お兄ちゃん、菅原道真すがわらの みちざねってわかる?」


 全くわからない僕は、「それで」とリンに返す。


「うん、簡単にいうと、勉強の神様ってことね。知恵神社は菅原道真すがわらの みちざねの家紋とはちょっと違うんだけど、梅鉢の紋を社紋に使ってるから、きっと学問の神社なんだよね」


 リンはリーくんに展望公園で僕が見つけたカニのマンホールと、リンが図書館で見つけた脳みそのマークも、画像検索してもらって、似たような家紋がないか調べたと言った。


「それでわかったのは、お兄ちゃんが見つけたカニのマンホールによく似た家紋は、八雲やくもという家紋で、私の見つけた脳みそのマークは多分、いつぐもって家紋じゃないかって思ったの。それが、ほら、こんな感じなんだけど」


 リンがペラペラっと探偵手帳をめくり、リーくんのスマホから書き写したという八雲と五つ雲の家紋とやらは、確かに僕たちが見つけたマンホールと脳みそに似ていた。


「で?」


「うん。雲の家紋の意味っていうのはね、吉凶きっきょうを占う、簡単にいうと、それがいいことなのか悪いことなのかを占うみたいな意味があるんだって」


「へぇ」と僕は相槌あいづちを打つものの、全く意味がわかんないや。


「つまりね……」


「つまり?」


 僕は前のめりになってリンの話を聞く。なんで怪盗キューピーがこんなサイバーテロを仕掛けてきたのかの理由がわかるんだから。


「つまり……」


「つまり?」


「全く意味がわかんないの!」


——ズコッ!


「なんだよそれ! 今ものすごく期待したじゃんか!」


「だってわかんないんだもん! でもお父さんに、昨日の夜おそくに聞いてみたの。あのむずかしい本に何が書いてあるのって?」


 リンがいうには、お父さんの持っている本の、あの脳みそのマークが書いてあるページには、AIえーあいという、人工知能じんこうちのうについて書いてあるという。


「お兄ちゃん、AI、人工知能って、意味わかる?」


「ば、バカにするなよ! それくらい僕だって知ってるよ! 未来からきて人間ほろぼす的なやつだろ?」


「……まさか、本物のバカなの?」


 それは映画の中の話で、本当はもっと利用価値りようかちのあるものなのだとリンに教えてもらう。


「あの本に書かれてたのは、これから人工知能がどんどん発達はったつして、人は働かなくてもいい未来がやってくるって書いてあるんだって」


「最高じゃん! そんなの!」


「そう! 最高な未来だよ! 人工知能が自分で学習して、それで人間が働かなくても、全部コンピューター制御せいぎょ工場こうじょうとか、役所やくしょとか、学校の先生とかの代わりをしてくれるんだって。で、お父さんが今作ってるシステムは、その学校の部分で、文部科学省もんぶかがくしょう共同開発きょうどうかいはつで、子供一人一人がタブレットとかを使って自分でどんどん勉強していけるようになるシステムを作ってるらしいんだよね」


「ちょっと待って、そのどこにあくがあるんだ?」


「だよね……。全然わるいものなんかじゃないんだって。なんで、怪盗キューピーは、そんなみんなのためにいいシステムが社会を悪くするものだっていうんだろ?」


 僕たちはリンの探偵手帳を見つめながらしばらくだまり込んだ。怪盗キューピーの目的がわからない以上、もしも怪盗キューピーを見つけ出しても、サイバーテロを止めることができないかもしれない。


 でもだからといって、このまま考えていても時間だけは過ぎていく。


「とりあえず、リーくん起こそっか」


 僕はリーくんを起こしに僕の部屋に向かった。


 怪盗キューピーの目的が今はまだわからなくても、先に進まないことには始まらないんだから。


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