第65話 予行練習その2


「ん、んん…………」


 魘されるように甘栗さんはうっすらと瞼を開けた。


「あ、起きた」


「あれ? 私、どうして……え?」


 違和感を感じた甘栗さんは身体を激しく動かす。

 だが、いくら動かしたところでどうにもならないことを思い知らされる。

 両手はロープでベッドの足に固定されて身動きが取れない状況だった。

 今の甘栗さんはベッドの上で大の字の形で動けずにいたのだ。


「ちょっと。どう言うつもりよ。外しなさい」


「まぁ、まぁ。そう言わずに」


「佐伯くん。これは立派な監禁よ。分かっているの?」


「はい」


「はいじゃなくて。分かっているなら早く外しなさい」


「今、いいところなのでもう少し待って貰えます?」


「いいところって何よ」


 すると百合先輩は手鏡を甘栗さんへ向けた。


「は? 何よ。この格好! メ、メイド?」


 そう。甘栗さんはいつの間にかメイドのコスプレをさせられて驚愕していたのだ。


「なかなか似合っているよ。甘栗さん。それ、百合先輩のやつです」


「脱がせ! こんなふざけた格好ごめんだわ!」


「そうですか。仕方ありませんね」


「わ、わわわ! 佐伯くんが脱がすな。あんたはあっちに行け!」


「もう。わがままですね」


「何がよ。てか、着替えさせた時はあなたがやったなんてないでしょうね?」


「俺、女の服を着せるのなんてできませんよ」


「そう。それならいいけど」


「着替えさせるのはできませんけど、着替えさせられているのは見ましたよ」


「殺す! あんた殺す」


 足は自由な為、蹴りで攻撃しようとするが俺は当たらない半径に逃げて空振りで終わった。


「こんなことをしてタダじゃ済まないわよ」


「うーん。やっぱり足も拘束しましょうかね? 攻撃されたら危ないですよ」


「でも足まで拘束しちゃうとポーズが限定されちゃうわよ」


「それもそうですね」


 俺と百合先輩がワヤワヤと話している傍、甘栗さんは不機嫌そうに聞く。


「ちょっと。二人で勝手に話さないでくれる? 私は何をさせられているのかな?」


「予行練習です」


「予行練習?」


「今度、西蓮寺さんを好きにできるのでその前にどういうことをするかシミレーションをしていたところですね」


「ちょっと待ってよ。私は実験台ってこと?」


「まぁ、そう言う言い方もできますね」


「ふざけんな! いいようにしてたまるもんですか!」


 甘栗さんは先ほど以上に激しく暴れ狂った。

 ベッドがギシギシと揺れて手に負えないほどだった。

 まぁ、いくら暴れたところで女の力で解けるはずはないのだが。

 そう思った矢先である。

 ピキッと嫌な音が響いた。次の瞬間、右手を拘束していたロープが切れてしまう。


「え? なんで」


「ちょっと、ロープ古いやつ使っていたでしょ?」


「はい。押し入れから引っ張り出したものです」


「それだ」


「よくもやってくれたわね」


 甘栗さんは解放されたことにより怒りの矛先は俺に向けられた。


「ストップ。甘栗さん。タンマ」


「何がタンマよ。許さないんだから」


 甘栗さんはメイド姿のまま、俺に首を絞めながら羽交い締めを決め込む。


「イタタタ! ちょ、甘栗さん痛いって」


「うるさい。うるさい。うるさい!」


「胸が当たっています」


「へ?」


 胸を顔に押し当てている状況に気づいた甘栗さんは俺を離した。

 だが、甘栗さんは俺が床に転げているのを見て足で踏みつけた。


「バカ、バカ、バカ、バカ、バカァァァァ!」


 顔を真っ赤にして恥ずかしさを紛らわすように何度も、何度も踏みつける。


「み、見えたあああぁぁぁぁぁぁあぁ!」


「は?」


 俺の意味深な発言に甘栗さんは更に状況を理解する。

 メイド服はスカート姿。つまり俺の視線は下からスカートの中を見る格好になっていた。


「う、う、うぅぅぅ」


 ついに甘栗さんは攻撃をやめてその場で泣き崩れてしまった。


「あんた。さすがに可哀想よ」


 百合先輩は甘栗さんに同情したのか、俺に注意する形に囁いた。


「え? 俺が悪いんですか?」


「当然でしょ」


 俺が攻められる中、部屋の隅で体育座りをしてジッと何も言わずにその様子を見ていた侑李は軽く頷いた。


「高嗣。サイテー」とその一言だけがなんとも言えない状況になっていた。

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