第61話 彩葉の過去④ ※百合先輩視点
復讐を果たしてからサッカー部員たちは私に関わらなくなった。
騒然の結果だ。あんなことがあれば懲りただろうし、お互いが気まずくてトラウマになったことだろう。
私は無事に平穏な日常を取り戻したが、同性愛は更に加速していた。
「ねぇ、里帆ちゃん。今日も……その……いいでしょ?」
「ごめん。いろちゃん。私、今日は忙しくて。また今度ね」
そそくさと里帆ちゃんは私から離れていく。
どうも最近、里帆ちゃんの様子がおかしい。以前までは飽きるくらい愛し合っていたのだが、ここ最近になって私から避ける行動が増えていた。
「どうしたの? 私のこと嫌いになったの?」
「そんなんじゃなくて本当に忙しいんだ」
理由は教えてくれない。それに行動も怪しい。
恋人として里帆ちゃんのことを知る必要があると思った私は一つの行動に出ることにした。
「よし。こうなったら徹底的に調べてやる」
授業そっちのけで私は里帆ちゃんの行動を注意深く観察した。
トイレ、移動教室、昼食、休み時間。学校での行動に至っては特に変わった様子はない。
そして下校の時間。里帆ちゃんは授業が終わると人目を気にしながら帰っていく。
私は気付かれないように後ろをついていく。
やっていることは完全に探偵のそれだ。
「里帆ちゃんの家ってこっちじゃないよね? どこにいくんだろう」
方角は家から真逆の道だった。
どこかへ寄り道するのは確かである。
すると里帆ちゃんは進学塾へ入った。え? 塾に通っているって知らないんだけど。
教えてくれなかったことに対して不満がこみ上げたが、私はこっそりと外から中の様子を窺う。
「え? 誰?」
里帆ちゃんの横には私の知らない男が座っていた。
しかも何やら楽しそうに喋っている。
まるで浮気されたような衝動が襲った。
「誰よ。あの男」
それから私は四時間ほど塾の近くで里帆ちゃんが現れるのを待った。
全ては事実を知るために。
里帆ちゃんが出てくると例の男も隣にいた。
塾の前で五分ほど喋って二人は別れた。
一人になったタイミングで私は里帆ちゃんに接触を測った。
「里帆ちゃん!」
「え? いろちゃん? ど、どうして?」
「塾。通っていたんだね」
「う、うん。親がどうしても通えってうるさくて」
「それはそうと随分、楽しそうにしていたね。あの男、誰?」
「か、彼は堀部くんだよ。隣の中学の人なんだ」
「へー。付き合っているの?」
「そ、そんなんじゃないから」
「じゃ、好きなの?」
その問いに里帆ちゃんは答えなかった。というよりも否定しない。
つまり一方的な片思いをしているということだ。
「絶対ダメだからね。男なんて害よ。女の私たちを食い物にする悪の存在よ。目をさましなさい!」
私は里帆ちゃんの両肩を掴んで激しく揺さぶった。
だが、里帆ちゃんはそれを振りほどいた。
「彼は……堀部くんはそんな人じゃない。何も知らないのに適当なことを言わないで」
「え? 里帆ちゃん?」
「堀部くんと約束したの。一緒に名門高等学校を目指そうって。私は彼と一緒の学校に行きたい。そのために私は必死に勉強をしているの」
「待ってよ。私たち付き合っているじゃない。別々の高校なんて許さないんだから。そうだ。私も塾に通って一緒の学校に行く。うん。それならまた一緒に居られるよね?」
「こんなこと言いたくないけどさ、いろちゃんの家って貧乏だよね? 塾に通うお金ないでしょ。それに学校の成績だってよくない。いろちゃんには名門に行くなんて無理だよ」
「だ、だとしても私たちずっと一緒でしょ? 愛し合っているじゃない」
「はぁ。いろちゃんに流されてそういう恋愛をしちゃったけど、やっぱりおかしいよ。女同士で愛し合うなんて普通じゃない」
「普通じゃないとしても私たちには私たちの愛の形があるじゃない」
「ごめん。冷静に考えてみれば女同士はないよ。親友としてならいいけど、恋愛としてみるのは少し違う気がする。だから私と別れてくれる? いろちゃん」
「ちょ、待って。考え直してよ。その男に唆されたの? そうなんだよね?」
「だから違うって。あぁ、もう分かってよ。女同士の恋は成立しないって」
「分かった。じゃ、せめて親友としてまたやり直そうよ」
「ごめん。それも無理」
「え? なんで?」
「いろちゃん。親友に戻ったとしても私のことをそういう目でしか見ないでしょ? これ以上一緒にいるとお互いのためにならないよ。だからもう私に関わらないで。私は普通に恋して普通の恋愛をしたい。そのために私は今を頑張らなきゃならないの。ごめんね。いろちゃん」
そう言い残して里帆ちゃんは二度と私の口を聞くことはなかった。
初めて愛した人は無情にも私の前から去ってしまった。
それが私の心に残る淡い恋愛だった。
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