第56話 訪問


「百合先輩が学校に来ていない?」


 翌朝、俺は侑李からそんな報告を受けていた。


「そうなのよ。電話やメールにも返事がなくて学校にいるかなって思って教室を覗いたんだけど、いないっていうし。ねぇ、高嗣なら何か知っているんじゃないの? 普段、連絡を取り合っているでしょ?」


 心当たりはいくつかある。だが、それを侑李に言ってもいいものだろうか。


「さ、さぁ。昨日も連絡を取り合っていたけど、特に変わった様子はなかったかな」


「そう、あんたでも知らないとなれば心配ね」


 なんとか誤魔化せたか。

 おそらく西蓮寺さんが原因で失恋したショックを引きずっているのだろう。

 そして百合先輩の百合相手として侑李は心配しているという過程だ。


「いつもウザいほど元気なのに音信不通って心配。学校にはいつも来ているのに」


「ま、まぁ、そういう時もあるんじゃないか? きっと明日になればケロッとしているよ。な?」


「うーん。だといいんだけど」


 それから二日、三日と経過しても百合先輩は学校に来ることはなかった。

 それどころか俺と侑李が連絡を取ろうとしても音信不通が続いていた。


「絶対おかしいって。高嗣。これは事件よ」


 居ても立っても居られないと侑李は騒ぎ出した。


「いや、もう少し様子を見てもいいんじゃ……」


「ダメよ。絶対何かあるもの。こうなったら行動に移すしかないじゃん」


「何をする気だよ」


「彩葉さんの家に行きましょう。こうなったら直接会うしかないわよ」


「いや、いきなり行くのは悪いでしょ。向こうにも都合っていうものがあるんだし」


「あんたは心配じゃないの?」


「それは心配だけど」


「だったら行きましょう」


「でも家知らないし」


「大体の場所なら分かるわよ」


「そうなの?」


「大体だから正確の場所は知らないけど」


 放課後、俺と侑李は百合先輩に会うため、家に向かうこととなる。

 侑李に連れられた場所は市営住宅である。

 築三十年以上はゆうに超えているほど年季が入っていた。


「へぇー。百合先輩ってこういうところに住んでいるんだ。意外だな」


「前に帰り道でここだよって教えてくれたんだけど、部屋の番号まで分からない。C棟のどこかだと思うんだけど、どうしようかな」


「ベランダを見てみよう」


「ベランダ?」


「洗濯物で大体の家族構成が分かるからそれで判断するしかない」


「そ、それもそうね」


 俺と侑李はベランダに回って部屋全体の洗濯物を確認する。


「侑李先輩の家族構成って知っている?」


「正確には分からないけど、中学生の弟がいるって聞いたことある」


「弟か。両親がいると仮定して四人家族だな」


 目を凝らして俺は洗濯物を判別する。


「ねぇ、あの水色のワンピース」


「え?」


「彩葉さんが前に来ていたやつと似ている」


「本当?」


 水色のワンピースの他に中学生の体操服が干されている。

 概ね、百合先輩の自宅と判断するには充分な情報ではないだろうか。


「よし。あの部屋に行こう」


 ベランダから判断して四〇二号室だと思われる部屋の前に俺と侑李は立っていた。


「ここか」


「彩葉さんいるかな?」


「さぁ、学校に行っていないならいる可能性はあるだろうけど」


 呼び鈴が壊れていたため、俺は扉をノックする。


「ごめんください」


 中から音は聞こえない。留守か、それとも居留守か。

 判断が付かない。


「いないのかな?」


「ここまで来て引き下がれないわよ。高嗣、どきなさい」


「何をする気だ」


「強行突破」


「ばか、やめろって」


「いいからどきなさいって」


 俺と侑李が揉めている時だった。


「あの、すみません。うちに何かご用ですか?」


 後ろから声を掛けられたことで俺と侑李は振り向く。

 そこには部活帰りと思われるスポーツバックを背負った男子中学生が立っていた。

 坊主頭に少し肌黒いことから野球部のような風格である。


「あ、えっとあなたは?」


「近藤小太郎ですけど」


「もしかして百合先輩の弟さん?」


「百合先輩?」


「彩葉さんの弟ですか?」


 侑李がそういうと近藤小太郎は小さく頷いた。

 俺たちはビンゴといった感じでハイタッチをした。

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