第55話 妄想
「はい。削除! どう? これで西蓮寺さんの脅しの道具は無くなった」
「お見事です。まんまとやられましたよ。甘栗さん」
「どうしたのよ。どうしてそんな余裕な態度なわけ? 少しはショックを受けるべきじゃ……まさか!」
唐突に甘栗さんは俺の胸ぐらを掴んだ。
「あなた。データを移し替えたわね?」
「何を言っているんですか? データはスマホにしかないですよ」
「嘘を言わないで。じゃ、どうしてそんな余裕な態度なわけ? 普通なら悔やむところなのにあなたは何も悔やんでいない。むしろそれがどうしたっていう態度じゃないの」
「そう見えました?」
「見えるわよ。言いなさい。移し替えたデータはどこ?」
「だからありませんって。データは甘栗さんがさっき消したじゃないですか」
「あくまで白を切るつもり?」
「白を切るって言われましても無いものは無いですし」
ジッと甘栗さんは無言で俺の表情を伺った。
「な、なに?」
「ふん。言ったでしょ。あなたの考えは見れば分かるのよ」
スッと甘栗さんは荷物を持った。
「甘栗さん?」
「帰る。これ以上、粘ってもあなたからデータを取り上げる自信はない。それに今日はちょっと疲れちゃった」
「そうですか。送りましょうか?」
「結構! 来ないで」
「甘栗さん。俺のこと嫌いになっちゃいましたか?」
「勘違いしないでくれる? その言い方だと最初から好きみたいじゃない。私は最初っからあなたのことが大っ嫌いなんだから」
吐き捨てるように甘栗さんは俺の元から去っていく。
俺は特に追うようなことはせず、そのまま見送った。
一人になった俺は虚しいような解放されたような複雑な心境の中、ベッドに横になった。
「はぁ、今日は色々ありすぎた」
西蓮寺さんとの会話データは間違いなく甘栗さんの手によって削除された。
それは変わらない事実。
だが、その移し場所はない。というよりも移す時間なんて俺にはなかったのだ。
今日の今日だ。ずっと外にいて今、帰ってきたこのタイミングで移し替えるのは至難の技だった。
よって移し替えるというよりも送った。
その送り先は俺の最も信用する人物である。
一度送ってしまえば俺の中からデータが消えたとしてもその人物が持ってくれているので安泰というわけだ。
最悪、その送った履歴を見ればデータを入手することだって可能。
削除されて困る要素は一ミリもない。
「さて。西蓮寺さんに何をさせようかな。楽しみだな」
そんな時だ。例のデータを送った人物から返信が入った。
『マジ?』
との一文だけ返信された。
そして立て続けにこう返信された。
『それはないわ』
軽い文章で返される。
『とにかく俺はやりますからね』
俺がそう返すとそれから返信は来なくなった。
ショックを受けているのだろうか。
それから俺はずっと妄想にふけっており、なかなか眠れない時間が続いていた。
妄想の中には常に西蓮寺さんのことばかり。
むしろ西蓮寺さんに支配されていた。
何と言っても西蓮寺さんを好きにしてもいい権利を得た俺は無敵。
これ以上のことはないってくらいに。
猫耳姿。うさ耳姿。
他にもメイド姿やナース姿なんかも捨て難い。
西蓮寺さんは何を着ても似合っている気がする。
妄想だけでも似合おうのだ。
実際に着たら似合うに決まっている。
コスプレは悩みどころだ。決めきれない。
そしてその後に何をさせるか。
西蓮寺さんはお嬢様感が強い。実際にお嬢様なのだから無理もないが。
あえて違う姿の西蓮寺さんを見てみたい気もする。
例えばおバカキャラを演じさせてみたり、激しいスポーツをさせてみたりと普段俺がみない姿をさせることも悪くない。
悩む。悩む。悩む。
フワフワとした妄想の中、俺はいつの間にか眠っていた。
朝の日差しで眼が覚めた俺は思った。
「決めた。西蓮寺さんとのプレイはこれしかない」
そう、決心した俺は眼がすっきりした。
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