第53話 攻防戦再び


 西蓮寺邸を出てスマホを確認すると普段ではありえない履歴が残っていた。


「着信履歴が三十二件。全部甘栗さんだ」


 地下にいたこともあり、着信には一切気付かなかった。

 当然、甘栗さんの要件は分かっている。

 だが、掛け直す勇気がない。このまま知らないフリをしようと思った直後である。

 ブブブブブッ! と三十三回目の着信が入ったのだ。


 出ようか悩むが、どのみち甘栗さんから逃げられないことを思ったら出ざるを得なかった。


「もしもし」


『やっと出た! 何ですぐに出ないのよ。このバカ!』


 第一声から俺の鼓膜に響いた。


「ごめん。色々あってさ」


『色々って何さ! ずっと探していたんだからね! 今どこよ!』


 甘栗さんの声はかなり怒っていた。変に刺激をする訳にはいかない。


「実はもう帰っているんだ」


『帰った? あんた、まさか例の約束は取り下げたんでしょうね?』


「いや、そんなことするわけないじゃん。第一、甘栗さんに関係ないじゃない」


『関係ないことあるか! あんた、正気!?』


「俺はいつだって本気だ!」


『そんなんで格好つけんでいい! それよりまだ近くにいるんでしょ? 今から行くから場所教えなさいよ』


「え? いいよ、来なくて。俺、もう疲れたから帰りたいんだけど」


『そんなこと知らん! いいから教えろ』


「もうすぐ家に着く頃だよ」


『だったら家に行くから待っていなさい』


 ガチャッとそこで通話は切れた。

 行くって。え? 甘栗さん、俺の家に来るの?

 甘栗さんが俺の家に来るのは初めてではない。

 だが、自分から来ると言い出すなんてそれほど甘栗さんも余裕がないのだろうか。

 俺が家に帰ってから十五分後にインターフォンが鳴った。


「来てあげたわよ」


 甘栗さんは息を切らしながら門の外に立っていた。


「い、いらっしゃい」


 そう言った直後、甘栗さんは俺の頬に片手で鷲掴みした。


「勝手なことばかりして。いい度胸しているわね。あんた」


「おこっふぇいらふぁいます?」


「えぇ。激おこよ。誰のせいでこんなに怒っていると思っているのかな?」


「と、とりあえず上がって下さい。冷たいお茶を出しますから」


 自然の流れで俺は甘栗さんを家にあげた。

 お茶を出すと甘栗さんは一気飲みをして空になったグラスをゴンッとテーブルの上に叩きつけた。


「さて。状況を整理しましょうか。まず、私から逃げた後、どこで何をしていたのか洗いざらい吐いてもらおうかしら」


 落ち着きを取り戻した甘栗さんであるが、その声色は怒ったままだ。

 俺は自分が体験した出来事を甘栗さんに話した。


「ふーん。そういうこと」


 甘栗さんは俺のベッドに座り、足と手を組みながら言う。

 俺はフローリングの上で正座になり頭を下げた。

 立場的には甘栗様といった感じだ。


「メイドもヤバいけど、あなたも相当ヤバいわね。まるで我慢比べって感じ」


「はい。すみません」


「あなたはどうしてトラブルを次から次へと舞い込んで来るのかな? あなたの下心は危険レベルよ。人類の敵よ」


「そこまで言いますか?」


「言うわよ。私が今、こうして向かい合っていることだって命がけなんだから」


「俺の存在が悲しくなります」


「まぁ、それはいいとして西蓮寺さんもその約束に対して前向きなのは少し意外。罠かもしれないけど、佐伯くんは何がなんでも約束を果たすつもりなんでしょ?」


「当然です!」


「はあぁ! どうしてこうなっちゃったのかなぁ!」


 大きな溜息を吐いて甘栗さんは頭を悩ました。

 全ては偶然。いや、もしかしたら必然的だったのかもしれない。


「考えても仕方がない。約束は次の祝日。つまり、十日後ってことになる。それまであなたはその証拠データを守らなきゃならないってことよね?」


「まぁ、そうなりますね」


 ジッと甘栗さんは俺のスマホを直視する。


「ねぇ、あなたのスマホ貸しなさいよ」


「絶対データを消そうとしていますよね?」


「それさえなければ西蓮寺さんも悩まずに済むなら消すに越したことないじゃない」


「絶対に消させません。俺はこのデータを最後まで守り抜きます」


「佐伯くん。悪く思わないでね」


 次の瞬間、甘栗さんは獲物を捕らえるように俺のスマホに目掛けて飛び付いた。

 それは肉食動物が喰らい付くように野生的なものであった。

 だが、俺は背中を丸めて甘栗さんの強奪を守る。


「うわわわわわぁぁ! 渡しなさい!」


「ちょ、いきなりどうしたんですか。甘栗さん」


 俺は食い止めようと甘栗さんに覆い被さった。完全に馬乗り状態になり、身動きを止める。これは別の意味で相当ヤバい。

 思わぬ体勢になり、甘栗さんは抵抗する。

 それでも俺は必死に押さえ付けた。

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