第47話 成立


 俺は大金に目も向けずに西蓮寺さんと奴隷プレイという約束を交わした。


「約束ですよ。西蓮寺さん」


「約束は守るわ。ただし! 一回だけよ。それ以上は絶対にしないから」


「その一回で目覚めたらいつでも相手をしますよ」


「冗談じゃない。一度はあっても二度はないわよ」


「充分です。では改めて後日お願いしますね」


「後日? この場ではなくて?」


「はい。少し時間を置かせて下さい。心の準備がいるので」


「心の準備って何よ。恥をかくなら早いうちに済ませたいんだけど」


「でも、この場だと部屋の外で待っている人がいるのでマズいと思いますよ?」


「それもそうね。なら改めて時間を作りましょう」


「いつ取れますか?」


「それは改めて連絡するわ。私も何かと忙しい身だから」


「この場で決めて下さい。大事なことなので」


「だからまたスケジュールを見て伝えるって」


「いえ。曖昧な返答は辞めて下さい。今、分からないのであれば分かりそうな期限をこの場で言って下さい」


「グッ! わ、分かったわよ。このBBQパーティーが終わるまでに返答するわ。それでいいんでしょ?」


「はい。今の言葉、忘れないで下さいね。忘れたとしても録音しているので忘れたとは言わせませんけど」


「あなた、どれだけ私に恥をかかせたいのよ。信じられない」


 ここまでのやりとりで西蓮寺さんの怒りゲージは溜まりに溜まっているだろう。

 だが、はぶらかされたり、曖昧にさせて無かったことにされるのはあってはならない。

 それだけは避けたかった。だからここはキッチリと正確に決める必要があるのだ。


「じゃ、俺はこれで。せっかくのパーティーです。最後まで楽しませて貰います。忘れないで下さいね。西蓮寺さん」


「分かったから早く出ていきなさい」


「言われなくても出ていきます」


 俺は部屋から出ていく。

 扉の外には西京さんとメイドたちが立ち尽くしていた。


「佐伯くん。話は終わったのかい?」


「えぇ。もう、中に入っていいと思いますよ。慰めてあげて下さい。西京さん」


「慰める? ちょ、佐伯くん。どこに行くんだい?」


 そのまま立ち去ろうとする俺に西京さんは引き止めた。


「せっかくのパーティーです。俺なりに最後まで楽しませてもらいますよ」


 それだけを言い残して俺は階段を駆け下りた。

 西蓮寺さんを心配したメイドと西京さんは部屋の中へ消えていく。

 俺は一人、建物の外を出て会場へ足を運ぶ。


「あっ……」


「おっ!」


 会場に戻ると、一人焼肉を頬張る甘栗さんに出くわした。


「美味しそうな肉ですね」


「えぇ、それより西蓮寺さんとどうだったの? 彩葉さんはダメだったみたいだけど」


 その問いに俺は満面の笑みを向けた。


「なんですか。その笑顔は。まさか……」


「そのまさかだよ」


「付き合えたんですが?」


「それはない」


「じゃ、なんですか」


「まぁ、小さな進展だよ」


「ちゃんと言って下さい。どういう進展ですか」


「へへーん。内緒」


 ブチッと甘栗さんが怒る音が聞こえた気がした。危険な匂いがした俺はすぐに後退りをする。


「あのね、佐伯さん。今日は誰のおかげでここに来られたと思っているんですか? 誰のおかげで西蓮寺さんと喋る機会を作れたと思っているんですか? ねぇ、ねぇ?」


 グイグイと甘栗さんは俺と距離を詰める。

 背中が木にぶつかって俺は逃げ道がなくなってしまう。


「そ、それは甘栗朱音さんです」


「そうだよね。全部私のおかげだよね? だったら何があったか報告するのが義務じゃなくて?」


「は、はい。仰る通りでございます」と、俺は力なく答えた。


「ほ・う・こ・く・し・ろ‼︎」


 余りにも強く言われてしまった俺は先ほどまでの経緯を全て甘栗さんに報告せざるを得なかった。

 そして全てを伝えた俺に対して甘栗さんの反応はというと。


「はぁ? 西蓮寺さんを奴隷にする? 何を考えているの。あなた!」


「なんか話の流れでそうなっちゃってこっちも引くに引けなくなって流れに任せたらそんな感じになっちゃって。ははは」


「はははじゃないわよ。あんたみたいな最下位さんが最上位の西蓮寺さんを奴隷にするって何を間違えたらそういう話になるわけよ。意味がわからない」


 感情的になっているせいなのか甘栗さんはサラッと俺を侮辱する。

 俺の立場より西蓮寺さんの名誉を守る必要があると甘栗さんは必死である。


「なったものは仕方がないよ。でも、それは一度だけって話だから」


「一度だけでも大問題よ。どうしてあなたの前で西蓮寺さんが奴隷にならなきゃいけないのよ。今すぐ撤回してきなさい。さっきのは冗談だって言うの! さぁ、来なさい。私も一緒に行ってあげるから。早く!」


甘栗さんは俺の腕を掴んで連れて行こうとする。

それに対して俺は抵抗を図る。


「い、いやだぁ!」と、俺の悲痛な叫びが会場に響いた。

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