第46話 交渉


「さぁ、西蓮寺さん。どうしますか。死ぬか約束を果たすか。二つに一つです」


 室内で重い雰囲気が流れる中、西蓮寺さんは負けずと俺に対抗するようにこう言い放った。


「ふん。だったら第三の選択肢を私は選ぶわ」と、西蓮寺さんは指を三本立てて言う。


「第三の選択?」


「どちらも選ばないと言う選択よ」


「選ばなければこの録音を周囲に晒すだけですよ? それでもイイってことですか?」


「それは困る。だから私はある決断に辿り着いた」


「そ、それは一体……?」


「その録音データを買い取らせてもらうわ。あなたの言い値で構わないわ」


「うーん。それはちょっとお断りさせてもらいます」


「は、はぁ? どうして? 何も断る理由がないじゃない。お互いメリットがあってウハフハでしょ? いくらでも払ってあげるって言っているじゃない」


「金の問題ではありません」


「じゃ、何だって言うの?」


「俺は西蓮寺さんと奴隷プレイをしたい。それはどんなに金を積まれても勝るものではありません」


「あなた、馬鹿? そこまでして私に醜態を晒したいって言うの?」


「違います。俺は西蓮寺さんと楽しみたいだけです」


「私は絶対に嫌。それをするくらいなら金で解決してやる」


「どんなに積まれても俺が首を縦に振ることは……」


「一万!」


「無いですね。俺は金で動くタイプでは……」


「五万!」


「ぐっ。だから金の問題では……」


「十万!」


「んん。絶対に承諾なんて……」


「ええい! 百万! これだけあれば納得でしょ」


「た、確かに魅力的な金額ですが、それでも西蓮寺さんと楽しいプレイをするのであれば程遠い……」


「二百万! これ以上はあげられないわ。でも、上等でしょ。高校生のあなたには思わぬ大金。バイトでチマチマ貯めても三年働き詰めてやっとの金額。これを手に入れられるのであれば録音データなんて安いものよ。さぁ、そのスマホを渡しなさい!」


「い、嫌だ!」


「くっ。これだけ貢いでいるのにまだ足りないって言うの? 言って見なさい。いくらほしいの?」


「言いましたよね? 俺はどんなに金を積まれてもこのデータを渡すことは出来ない。するのであれば西蓮寺さんを奴隷にする他無いです」


 西蓮寺さんの手はナワナワとしてグッと拳を握り込んだ。ついでに奥歯もギシギシと震わせる。

 そして、フッと諦めたように全身の力が抜けてフワッと揺らいだ。


「へぇ、そう。そんなに私で遊びたいんだ。ふふ。あは、はははは」


 西蓮寺さんは壊れたように笑い出す。その姿が妙に不気味で心配になるレベルだ。

 大人しく金を受け取った方が丸く収まる場面であるが、俺の下心がそれを許さなかった。と、言うよりも俺の硬い意思に西蓮寺さんは呆れ返ったのかもしれない。


「西蓮寺さん……?」


「ふふ。これ以上、交渉を持ちかけてもあなたは乗るつもりはないんでしょ?」


「えぇ、そうですね」


「そう。残念。交渉決裂ね」


 ついに西蓮寺さんは交渉を諦めた。

 悔しがると言うより清々しい顔をしている。

 これに何か意図があるのだろうか。俺は西蓮寺さんの言葉を待った。


「私を奴隷として扱ってみたいって言ったわね。それで具体的にどうさせたかった訳?」


「どうって西蓮寺さんが俺の前に跪いて胸の谷間を拝見させてもらってお尻を向けてもらってじっくりと観察するようなことですかね」


「あぁ、そう。そんなことでいいんだ。いや、よくないけど。てっきり鞭で打たれたり、吊るされたりされるのかと思っちゃった」


「そんな西蓮寺さんを傷付けることなんて考えませんよ。いくら何でもやり過ぎです」


「私にやらしいことをさせるのはやり過ぎとは思わないのね」


「それは思わないです。だって簡単でしょ?」


「普通の人なら簡単かもしれないけど、私は最上位の人間なのよ。最下位のあなたの前でそんな醜態を晒すのは屈辱のほかないわよ」


「西蓮寺さんってプライドの塊みたいな人ですもんね。一層、そんなプライド捨ててみませんか? 俺が逆の立場なら全然出来ますよ?」


「あなたと一緒にしないで。失うものも何もないくせに」


「人間としての最低限のプライドは俺にもありますよ。でも、守るべきものの為なら平気で人間辞めます」


「守るべきもの?」


「はい。俺は自分の大切な人を守るためなら人間もやめる覚悟です。今は大切だと思える人はいないんですけどね。西蓮寺さんの場合は自分のプライドを守りたいってことですよね? 俺だけに晒すか多くの人に晒すのであれば一人だけ晒すことが守れるものは大きい。そう言うことですよ」


「……あくまでもあなたの前で私は恥を晒さないといけないって言いたいようね」


「安心して下さい。俺は誰にも言うつもりはありません。ただ、自分が楽しめたらそれで満足です。割り切った関係の相手に脅しの道具にするなって絶対にしませんから」


「私は今、あなたに脅されている状況なんだけど?」


「勘違いとはいえ、約束を守るって言った西蓮寺さんが悪いんです。俺はその約束が果たされるまで引きませんから」


「…………分かったわよ」と、西蓮寺さんは小さく呟いた。

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