第45話 迫られる選択


「くっ! 全く。勝手に手錠なんて掛けて……鍵! そう言えば戸棚の中に……」


 西蓮寺さんが移動した直後である。

 ドレスに足を引っ掛けて躓いた。


「西蓮寺さん。危ない!」


 俺はガッと西蓮寺さんの肩を掴んだ。


「あ、ありがとう」


「当然のことです。西蓮寺さんに傷がついてしまったら大変ですからね」


「それより早くこの手錠を外したいんだけど、そこの戸棚にある引き出しに鍵があるから取ってくれる?」


「鍵ってこれのことですか?」


 俺は戸棚から鍵を取り出す。


「そう。それよ。早くこの手錠を外して」


 西蓮寺さんは俺に腕を差し出す。

 俺は鍵穴に差し込もうとした直後である。

 扉が強くノックされた。


「佐伯くん。琴吹。大丈夫か? もう五分は経ったのに何をしているんだ?」


 扉の奥で西京が吠えていた。

 時間になっても中に閉じ篭っていることを心配したようだ。


「ヤバい。こんな姿を誰かに見られたら私のイメージダウンになる。早くこの手錠を外しなさい!」


 慌てる西蓮寺さんに俺は少し意地悪をしたくなった。


「……嫌だと言ったら?」


「は? 何を馬鹿なことを言っているのよ。冗談を言っている場合じゃないのよ?」


「西蓮寺さん。俺と奴隷フレンドを交わしたんでしょ? だったらいいじゃないですか」


「それは勘違いよ。私が主人であなたが奴隷。これじゃ逆よ」


「勘違いでも一度だけ試してみましょう。それからでも遅くないです」


「遅くないって何よ。いいから鍵を貸しなさい」


「試してくれないのならこの鍵を窓から捨てます」


「ちょ! あなた、私を脅すつもり?」


「脅すつもりはなかったんですけど、受け入れてくれないならそういうことになりますね」


「ぐっ! 分かったわよ。一度だけ試してあげる。だから早く鍵を渡しなさい」


「分かりました。約束ですからね」


 俺は西蓮寺さんに鍵を渡した。


「琴吹! 入るよ!」


 西京さんとメイドたちが慌ただしく部屋に入った。

 俺と西蓮寺さんは先ほどの定位置に足並みを揃える。


「ゾロゾロとうるさいわね」


 西蓮寺さんは椅子に座り、足を組んで大物感を装う。


「琴吹様。この者に変なことをされているのではないかと心配で」と、メイドの一人が言う。


「心配ご無用よ。それより出て行ってくれる? 私はもう少しこの者と話すことがある。私が良いと言うまで勝手に入らないで」


「しょ、承知致しました。では私たちは外で待っています」


 そう言い残して再び俺と西蓮寺さんは部屋に二人きりとなる。


「フゥ。何とか撒けたわね。もう少しで私の失態を晒すところだった」


 平常心を装っていた西蓮寺さんはホッと一息入れた。


「俺は別に困ることはありませんでしたけど」


「あんたはどうでもいいのよ! 私のイメージが危なかったのよ。どう責任を取ってくれるつもり?」


 西蓮寺さんは俺に怒りをぶつけた。

 遠目から見ていた上品さは失っており、感情的になる西蓮寺さんがそこにいた。

 人間味があって知らない西蓮寺さんを知るのもまたいい。


「それより例の約束ですが……」


「約束? そんなの知らないわよ」


「約束を破るつもりですか?」


「守るギリもないわよね? あんなのただの口約束。私が奴隷の立場なんて死んでもなるものですか! まぁ、あなたが奴隷の立場になるのであれば考えなくもないわよ?」


 してやったと言った感じに西蓮寺さんは開き直った。

 最初から約束なんて守るつもりはなかったらしい。

 騙される俺も馬鹿だが、馬鹿で終わるつもりもない。


「はぁ。仕方がありませんね。なら西蓮寺さんに選べる選択は死ぬか約束を果たすか二つに一つしかなくなりましたね」


「何を言っているの? どっちもするつもりはないわよ。いいからサッサと去りなさい。カースト最下位の誰さんだっけ? ふふふ」


 西蓮寺さんは完全に俺を蹴落とすように言い放った。

 まるで悪女。俺の知らない西蓮寺さんが次々と浮かび上がった。


「ならこれを見てもそう言えますか?」


「はい?」


 俺はスマホを取り出した。

 先ほどのやりとりも現在の会話もバッチリ録音中だ。


「録音?」


「えぇ、西蓮寺さんと会話が出来るのは今回だけと思って思い出に残すために録音させてもらいました。思い出のつもりが証拠を突きつける形になるとは予想外でしたけど」


「くっ! あなた、私を脅すつもり?」


「別に脅すつもりなんてありませんよ。ただ、約束を果たしてほしいだけです」


 西蓮寺さんは奥歯を強く噛み締めた。

 そして、二択を迫る状況を俺は作り出していた。

 してやったと言うよりもしてしまった感が射止めない。

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