第43話 五分


「百合……先輩?」


 百合先輩はげっそりと俯いていた。かなり体調が悪そうだ。

 この数分で何があったと言うのだろうか。


「佐伯くん……。お次、どうぞ」


「それより百合先輩。大丈夫ですか? 何かトドメを刺されたんですか?」


「えぇ。ずっと我慢していたけど、耐えられずに飛びついたら返り討ちにあっただけよ」


「それは自業自得なのでは?」


「だが、私はまだ諦めない。きっとまだチャンスは訪れる。その時が来るまでせっせと自分磨きに勤しむわ」


 フラリと百合先輩は階段の方へ向かう。


「百合先輩。どこに行くんですか?」


「帰る。西蓮寺さんと会話を交わせたんだもの。これ以上、ここにいる理由はないわ」


 そう言い残して百合先輩は去っていく。

 その後ろ姿はどこか悲しい雰囲気を纏っていた。


「さぁ、次は君の番だ。僕はここで待っているよ。何かあればすぐに駆けつけるから安心してくれ」


「西京さん。じゃ、俺行ってくる」

 

 俺は西蓮寺さんが待つ部屋へ飛び込んだ。


「失礼します!」


「……来たわね。佐伯くん」


 部屋には俺と西蓮寺さんの二人だけ。会話を邪魔するような人物はいない。

 この場が俺にとって待ち望んでいた舞台であることは間違いない。


「五分だけ君に時間をあげる。何でも質問に答えてあげるわよ」


 西蓮寺さんは手を広げて指を上下に揺らした。いつでも来いと言うなら遠慮はしない。

 俺にとって今は一秒一秒が貴重の架け橋なんだ。


「西蓮寺さん。俺、ずっと聞きたいことがあったんです」


「どうぞ。何でも答えてあげる」


「西蓮寺さんは処女ですか?」


 一瞬、西蓮寺さんは渋い顔をした。

 だが、何でも答えると言い放ったからには答えないわけにもいかない様子だ。


「……だったら何だと言うの?」


「俺、こう見えて童貞じゃありません。とっくに童貞卒業しました!」


「……へぇ、そう」


「西蓮寺さんはキスをする相手はいますか?」


「いないけど、それが?」


「俺はいますけどね!」


 サーッと西蓮寺さんが白けたのを感じた。


「西蓮寺さんはソフレやハフレをする相手はいますか?」


「…………いいえ」


「……俺はいますよ!」


 自信満々に答える俺に対して西蓮寺さんのテンションはどんどん下がっていく。


「西蓮寺さんは……」


「ねぇ、話の腰を折って申し訳ないんだけど。あなた、さっきから私にマウントを取ろうとしていない?」


「え? 何のことですか?」


「いや、何のことってそうでしょ。私が経験無いようなことに対して自分はあるってどう考えてもマウント以外ないでしょ。何様のつもり?」


 感情は抑えているが、口調はかなり怒っている様子だ。

 この怒りのボルテージが冷静と言う壁を壊した。


「俺は西蓮寺さんに何一つ優っているものはありません。地位も立場も容姿も全部が見劣りしています。勝てないなら勝てるもので勝負するしかない。だから俺は自分に残されたもので戦います」


「ちょっと待って。なんか話がおかしくない? あなたは私と勝負しに来たの? 憧れの人と対話するために来たんじゃなくて?」


「勿論、憧れています。だから俺はそれを超える覚悟でここにいます」


「言っている意味が分からないんだけど」


「西蓮寺さんは自分より下の立場には相手にしない人ですよね。つまり、自分より上の立場にしか興味がないって解釈できる。だったら俺が西蓮寺さんの上の立場になるしかないじゃないですか」


「それで私より優っているものがそれってこと?」


「はい。俺が西蓮寺さんに唯一優っているとしたらこれくらいしかないんです。これで勝負するしかないんです」


「はぁ。あなたのような変態と一緒にしないでもらいたいわ」


 西蓮寺さんは呆れるように溜息を吐く。


「変態だとしても事実ですよね?」


「何ですと?」


「俺にはあって西蓮寺さんにはない。それが西蓮寺さんの上に立つ唯一の武器です」


「そ、それが何だって言うのよ。全然羨ましくないんだけど」


「羨ましい羨ましくないの問題ではないです。これだけ見てどちらが上かって問題ですよ」


「それは……佐伯くんと認めざるを得ないでしょうけど。だから何?」


「それだけです」


「はい?」


「俺が西蓮寺さんより優っているものがあると実感できればそれで満足です」


「……あなた、結局ここに何をしに来たのよ」


 終始、西蓮寺さんは俺に翻弄されている気がした。

 自分のスペースを乱されているようで上品さが徐々に薄れていく。

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