第39話 プライドゼロ
「いやーごめん、ごめん。テレビで見たんだよね。そう、僕が天才プロ将棋士の西京天馬だよ。知らない方が変な話だったね」
自分で天才というか。初対面だが、いきなり嫌いだと思った。
「どうも! 佐伯高嗣です。どうぞよろしく」
ギュッと俺は西京の手を強めに握った。
「ん! 力が強いような……」
「気のせいですよ。それよりも西蓮寺さんの幼馴染とか?」
「へーそこまで知っているんだ。甘栗さんから聞いたの?」
「そんなところです。昔から仲が良いとか?」
「うん。昔からの仲だよ。彼女のことだったらなんでも知っているくらいの関係だと思っている」
「へぇーそうなんですか。是非聞かせてもらいたいですね。西蓮寺さんのこと」
「彼女のプライベートもあるから無闇やたらには言えないかな。ごめんね。もしかして君、琴吹のこと好きなのかい?」
「……だったらなんだというんですか!」
「おっと、そんなに声を荒げないでくれよ。ビックリするじゃないか。だが、琴吹のことを好きだという男は何人もいる。君のような最下層の人間にはまず目も触れられないと思うよ」
「最下層だと!?」
俺は居ても立っても居られず、西京に向かった。
「ちょっと、佐伯くん。喧嘩はやめなよ。あんたじゃ太刀打ち出来る相手じゃない」
甘栗さんは横から俺を止めようとする。
「俺は最下層の中でも最下位の男だ。その辺、見くびってもらっては困る。西京さん。どうか俺に西蓮寺さんの情報をくれないか?」
俺は西京に擦り寄った。
「佐伯くん。あなたにはプライドというものがないの?」
甘栗さんは呆れるように俺を見た。
「プライドがあったら西蓮寺さんと付き合えるなら持つよ。だが、今の俺にはプライドなんて無意味だ。カースト最下位の俺にある唯一の武器はプライドや誇りを捨てされることが俺の唯一の強みだと思っています。だったらくだらないプライドなんて捨てて西蓮寺さんに繋げられるならなんだってするよ」
「カッコイイようなこと言っている風だけど、内容はゲスね」
甘栗さんは下を見るように言う。
「ぷふ。あはははは。君、面白いね。そこまで割り切れているなんてある意味関心するよ。いやぁ、素晴らしいよ。佐伯くん」
「俺、褒められている?」
「いや、どう考えてもバカにされているでしょ」
西京はしばらく笑った後、ようやく俺に向き合った。
「佐伯くん。君は琴吹のことが相当好きなようだね」
「好きです。いや、大大大好きです」
「うん。その気持ちはよく分かったよ。本人が聞いたら照れちゃうかもしれないね」
「ほ、本当ですか?」
「琴吹のプライドはかなり高い。だが、佐伯くんのようにプライドを捨て去って告白されたらそのギャップで気になる相手と認識するかもしれない。その態度を続けるといいよ」
「そうですか。他には? 西蓮寺さんと付き合うための極意とかあれば教えて下さい」
「極意か。なんでも知っているとは言ったけど、琴吹は今まで正式にお付き合いした人はいない」
「いない? 何が理由はあるんですか?」
「昔から親に勧められた人しか付き合ってはならないって教えられている。そのことから琴吹は普通の人とは付き合えないことになっている」
お嬢様ならではの使命と言う訳だろうか。分からなくもないが、今でもそんな古臭い伝統が続いているのが不思議だ。
「あの、西京さんは西蓮寺さんと付き合いたいとか思わないんですか?」
「うーん。勿論、僕も君と同じで琴吹のことは女性として好きだよ。でも、僕にも琴吹と同じように立場がある」
「有名人としてのやつですか?」
「まぁ、そんなところかな。今はお互いにやるべきことをやる。それで手一杯なんだ」
「じゃ、性別の枠を超えた私なら西蓮寺さんと付き合える可能性はあるかもしれませんか?」
グッと百合先輩が話に入ってきた。
「百合先輩。いつから居たんですか」
「それより西蓮寺さんは女性も恋愛対象に入るって前に言っていました。西京くん。私にもチャンスってあるでしょうか?」
「さ、さぁ。そこはなんとも言えないけど、君は?」
「彩葉です! 西蓮寺琴吹が最も好きな一人と言っておきましょう」
「へぇ、そうなんだ。ま、まぁ頑張ってよ」
西京は女性が女性を好きだと言うことに少なからず抵抗感があるように見えた。
百合という事情は特殊な分、受け入れられない人には響かない。
逆に俺はレアな存在だ。
それより俺は百合先輩に遅れを取るわけにはいかない。
「あの! 西京さん。俺を西蓮寺さんに紹介してほしい。そして俺のいいところをプレゼンして下さい。西蓮寺さんの心に響くように」
「佐伯くん。あなた何を言っているの?」
「百合先輩。これは俺にとって最初で最後のチャンスなんです。使えるものはなんでも使わないと西蓮寺さんには届きません。最も西蓮寺さんと親しい人物が居てこれを使わない手はありません」
「なるほど。それもそうかもしれないわね」
「君たち。本当にプライドないなぁ」と西京は一人で呆れかえっていた。
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