第36話 説教


 ショッピングモール内にあるカフェで俺と甘栗さんは対面で座っていた。

 買い物の途中だったが、中断して休憩として入ったが、どうも甘栗さんの機嫌は悪い様子だ。


「随分、女性の知り合いが多いようですね」


 嫌味にように甘栗さんは呟く。


「怒っています?」


「怒っていないように見える?」


「いえ……」


「まぁ、今更あなたに何を言ったところで変わらないことは分かっているのであえて言いません」


「何で変わらないって思うの?」


「あなたの女性に対する考え方が雑だからです。言ってみれば人として見ていないところでですね」


 ズズッと甘栗さんはカプチーノを啜る。


「人として見ていない? どういうことですか?」


「要は自分都合で相手目線に立てていないと言うことですよ」


「俺のどこが相手目線に立てていないと言うんですか?」


「まわりくどいことを言っても伝わらないところを見ればそういうところですよ。では今の立ち位置を見て考えて見て下さい」


「今の立ち位置?」


 甘栗さんの言っていることが何一つ理解できない。

 何か間違えているのだろうか。


「では、ヒントをあげます。私たちが座っている席を見て下さい」


「席?」


 俺はソファー席で甘栗さんは椅子の席に座っている。


「店に入って佐伯さんは真っ先にソファー席に座りましたよね? それは何故ですか?」


「ソファー席の方が楽だと思ったから」


「それが自分都合と言うわけです。私もソファー席に座りたかったんですが、佐伯さんが先に座ったので私は椅子の席に座りざるを得なかったと言うわけです」


「なら先にソファー席に座りたいって言えばよかったのでは?」


「男性相手なら言えると思いますけど、女性というものは言葉で言ってほしいのではなく態度で気遣いしてほしい生き物です。男の脳は理論でできていますが、女の脳は感情でできています。その辺の違いを理解できなければ一生、相手目線で考えることはできませんよ」


「な、なんかごめんなさい。よかったら席変わる?」


「いいんですよ。今更譲られたところで無理やり変わったみたいで気まずくなります。それはともかくとして間違っても西蓮寺さんにそんな態度は取らないで下さいよ? 招待した私の印象が一気に落ちますから」


「気をつけます。多分まともに喋れないと思うけど」


「それともう一つ。佐伯さんの性欲はどうなっているんですか?」


「ブッ!」と俺は飲みかけの豆乳オーレを吹き出す。


「私の推測だと今日、佐伯さんに話しかけてきた女性はそういう関連のお友達ですよね? そう考えると複数の相手がいるということ。違いますか?」


「まぁ、そんなところかな」


「男性の性欲はバカみたいに高いと聞きますが、本当なんですね。それとも佐伯さんだけがそうなのか」


「性欲はある方かな。多分」


 ガタガタと俺はコップの取手を震わせた。ここまで詰められたことは初めてだ。


「いいんですよ。あるならあるで。ただ、相手を悲しませる行為だけはしないで下さいね。あなたの都合で女性が泣きを見たら災難ですから」


「そこは大丈夫だと思う。誘われるのはいつも相手からだし」


「そうですか。あなたの周りはとても愉快で羨ましいですね」


 嫌味で言っているのか、本当にそう思っているのか分からない言い方だった。


「ちなみに甘栗さんは性欲って……」


「無いです!」と、甘栗さんは即答した。


 甘栗さんの場合、普段は性欲なんて感じないが、そういう雰囲気に持っていけば一瞬で爆発するタイプだ。要は匙加減が必要な相手だと言える。


「相手さんもあなたも都合のいい関係を築けているのであれば私からは何も言うことはありません。第三者から見れば羨ましい関係あるいは軽蔑する関係とだけ言っておきます」


「ちなみに甘栗さんはどっちの部類に入りますか?」


「当然、軽蔑する関係と捉えますよ」


 そう答えるのは当然であった。女からしたら気持ち悪いのかもしれない。


「さて。買い物を中断してしまいました。引き続き買い物をしましょうか。佐伯さん」


「うん。そうだね」


 スッと俺は手を差し出した。


「その手はなんですか?」


「え? いや、清算するからお金」


「……私の話、ためにならなかったですか?」


「凄くなったよ。俺のダメなところが的確に分かってよかった」


「そうですか。普通は勉強になったのであればこの場は教えられた側が感謝の意味を込めて奢るものですが……とか言っても佐伯さんにそのようなことを言ったところで理解してくれる訳ないことは承知しています」


 そう言いながら甘栗さんは財布から自分の注文した分の金額を俺に差し出した。


「あれ? 普通は誘った方が奢るものだと思ったんですが、今回は甘栗さんから誘いましたよね?」


「……佐伯さん。あなた相当のクズですね。まぁ、潔いと言いますか、清々しいと言いますか」と、文句を言いながらこの場は甘栗さんが奢ってくれた。


 その後、清算する側が奢られる人という意味が分からない状況に対しても激しく説教された。

 どうやら俺は女の身体を理解してきたが、中身を理解出来ていないらしい。

 根本的に気遣いが出来ない。そういうことだ。

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