第35話 買い物


「お待たせしました。甘栗さん」


「あ、うん」


 土曜日の昼下がり、俺は甘栗さんとショッピングモールの入口で待ち合わせをしていた。


「佐伯さん。荷物が多いようだけど、それは?」


「あぁ、実は先ほどまでバイトをしていました。これはバイトの制服です。帰る時間もなかったのでそのまま来ました」


「へー。アルバイトしているのね。どこでバイトをしているの?」


「ここのハンバーガーショップです」


「ここってショッピングモール内の? あ、そういうこと。だからここがいいって言ったんだ」


「そうです。終わったら直で買い物ができるので便利なんですよ」


「ふーん。まぁ、それはそれとして普段はそういう服装?」


 俺の今の服装はスポーツメーカーのジャージズボンにチャック付きのパーカー姿である。


「えぇ、どうせバイト先に来たらすぐに着替える必要があるので脱ぎやすさ重視で楽な服装になっちゃうんですよね」


「まぁ、一つ言えることは人に会う格好とは言えないかな」


「甘栗さんの服装はシックでかっこいいですね」


 甘栗さんはスキニージーンズに黒のレースが入った服装で全体的にシンプルといった感じだ。


「それはどうも。私、可愛い服装が似合わないから基本、シンプルな黒が多いんだよね。言い換えればダサいっていうのは自覚している」


「俺と比べたら全然オシャレですよ」


「あ、あなたと比べないで。比べる相手が間違っています」


「それもそうだ。俺的には黒よりも緑とか似合いそうですね。甘栗さんのイメージカラーとして」


「緑? なんで」


「自然系って感じです」


「よく分からないわね。とりあえず今日はあなたの似合う服を買うために来ているんだから早くしましょう」


「そうですね。まずはどこに行きますか?」


「シロクロに行きましょう」


 衣料業界の大手でシンプルが売りの店だ。


「そんなどこでもあるような店で揃えるんですか?」


「変に色を使うよりもシンプルの方があなたには合っている。間違ってもチェック柄なんて選ぶんじゃないわよ」


「へー。俺、てっきりそういう服がオシャレだと思っていました」


「全く。これだから彼女が出来ない……」


 その時だ。


「あれ? 佐伯くん」


「あ、遠山先輩」


「急いで帰っていくと思ったら何? デート。てか、彼女居たの?」


「いえ。そんなんじゃありませんよ。遠山先輩も同じ時間に上がりでしたね」


「うん。今日も頼もうかと思ったけど、デート中なら邪魔できないわね」


「いや、だからデートでも彼女でもありませんって」


「そういうことにしてあげる。今度また例の相手、お願いね」


「分かりました。お疲れ様です」


「うん。お疲れ!」


 遠山先輩が去った後、甘栗さんの表情が険しくなる。


「あの綺麗な人、誰ですか?」


「あぁ、同じバイト先の先輩。いつもよくしてくれるんだ」


「ただのバイト仲間って感じには見えなかったよ」


「そ、そう?」


 やばい。キスの練習相手って言ったら面倒なことになるだろう。


「そ、それより店に早く行こう」


「別に店は逃げないので急ぐ必要はありませんけど」


 そして店に行って服装選びをしている頃だった。

 俺が服を物色して気に入ったものを甘栗さんに見せにいった。


「甘栗さん。これなんてどうですか?」


「それキャラシャツじゃん。論外。バカじゃないの? 小学生かよ」


「え? そうかな。かっこいいと思うんですけど」


「それはあなたの主観でしょ。人から見られることを考慮しないとオシャレとは言えないの!」


 否定的というよりも怒られた。


 落ち込んでいたその時だ。


「あれ? 誰かと思ったら佐伯くんじゃん。やっぽー!」


 声を掛けてきたのは安藤さんと瑞穂ちゃんだ。


「や、やぁ」


「偶然! あれ。横の人って確か生徒会の人だ。名前誰だっけ?」


「甘栗朱音さんだよ」


「あ、そうそう。甘栗さんだ。何? 付き合っているの?」


「いや、そんなんじゃないよ。ちょっと買い物に付き合ってもらっているだけで」


「そうなんだ。どっちでもいいけど。あ、そうだ」


 安藤さんはボソッと耳元で囁く。


「今夜、遊びに行ってもいい?」


「えっと、また後で返事してもいい?」


「いいよ。もしかして甘栗さんが今日の相手とか」


「は、ははは」と、俺は愛想笑いをして誤魔化した。


「まぁ、いいや。分かった。じゃ、またね。行こうか、瑞穂ちゃん」


「はい」


 二人が去った瞬間である。


「親しげですね。佐伯さん」


「え? いや、ただのクラスメイトだし」


「何を言われたんですか?」


「え? 別に何も」


「何か怪しいですね。ちょっと嫉妬しちゃいました」


「嫉妬? どうして?」


 プチンと何かが切れる音が聞こえた気がした。


「服装よりもまずあなたには女心を理解させた方がいいかもしれませんね」


「あ、甘栗さん?」


「座ってゆっくりできる場所に移動しましょうか。あなたのその愚かな考えを一度締め上げる必要があります」


 怒っている? 侑李と違って甘栗さんの場合は行動で示すのではなく静かに淡々と言うタイプのようだ。これは少し面倒なことになった。

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