第34話 不覚


「……不覚」と甘栗さんは一言呟く。


「何が?」


「何がってこの状況に決まっているでしょ。最後までしちゃったじゃないの」


「最後までって言ったのは甘栗さんだと思うのですが」


「あの流れだったら言わざるを得ないじゃない」


「甘栗さん」


「何よ」


「気持ちよかったです」


「改めて言うな! こっちが照れるじゃないの!」


 そう、俺と甘栗さんは一通りの行為を終えた。

 耳を通じてその時の気分は衰えることはなかった。

 耳というスイッチを入れることで再び甘い雰囲気に戻る。あとはその繰り返しだ。


「何故、彼氏でもないあなたとこんなことをしちゃったんだろう。責任を取って付き合ってくれるわけじゃないんでしょ?」


「俺は彼女にするんだったら西蓮寺琴吹以外ないかな」


「それは一生かかっても不可能じゃなくて?」


「それでも最後までチャレンジして無理なら諦めるよ」


「その時は私を彼女にしてくれる?」


「うーん。甘栗さんはそれでいいの?」


「よくないわよ。あなたのようなカースト最下位の男、誰が彼氏にするかって」


「じゃなんでそんなことを聞くんですか?」


「……私の初めてを奪われたからよ。責任とって付き合いなさいよ」


「付き合うことで責任は取れるんですか?」


「そういうことになるわね」


「身体の相性は良かったと思います。でも、それだけです。彼氏としては役不足なのでやめておいた方がいいと思います」


「確かにあなたに彼氏が務まるスペックがあるとは思えないわね」


「言い返す言葉もありません」


「ならお試し期間として定期的にデートなんてどう?」


「身体は無しでどこか遊びに行くってことですか?」


「うん。どのみちその練習は必要じゃない?」


「そうですね。でもそれをしたとしても甘栗さんの彼氏になれないかもしれませんよ?」


「それでもいいよ。私、佐伯さんを求める身体になっちゃったかもしれない。だからもっといろんなところに行ったりして遊びたいかな」と、甘栗さんは照れ臭そうに言う。


 その言葉が嬉しくて俺は唇を交わす。


「甘栗さん!」


「ちょ! すぐにそういう雰囲気に持っていくな。本当にやめてよ」


「もっと好きになっちゃうから?」


「い、言わせるな! 私、今日はもう帰る」


 甘栗さんは帰る支度をする。


「あ、送るよ」


「結構です。これ以上、あなたと居るとドキドキで殺されるわよ」


「ご、ごめん。気をつけて」


「あ、そうだ。報告。例の日程が決まったわよ」


「例の日程?」


「西蓮寺さんとのバーベキュー。次の日曜日だって」


「俺も参加していいんだよね?」


「うん。大丈夫だと思うよ。ただ……」


「ただ?」


「それなりの服装を着ること。何と言っても規模の大きいパーティーらしいからジャージなんかで行ったら受付のタイミングで追い出されるかも」


「それなりって俺、そんな良い服ないかも」


「オシャレに疎いのは彼女を作る以前の話だと思うけど」


「ど、どうしよう。西蓮寺さんに相応わしい服装ってどんなやつを着ればいいんだ?」


「ならその前日の土曜日に一緒に買い物に行く? 私のセンスでよければ一緒に選んであげる」


「本当? なら付き合ってよ。甘栗さん」


「うん。じゃ、そういうことで」


 いよいよ西蓮寺さんと接触する最大のチャンスを掴み取った。

 だが、その前に服装をなんとかしなくてはならない。

 そういえば甘栗さんと二人で出掛けるってことはデートになるのか?

 いや、買い物に付き合ってくれるだけだから違うといえば違う。

 何はともあれ、甘栗さんはツンツンしているが、実は世話焼きでいい人なのかもしれない。

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