第24話 情報収集

 

 練習を繰り返すことで女を知り始めた頃である。

 遠くから眺める存在の西蓮寺琴吹との距離が縮まっているようで縮まっていない。

 そんな劣等感を覚える。


「せめて口を交わす程度の仲には進展したいよな」


 西蓮寺琴吹が好き同盟である百合先輩にそんなことをぼやいていた。


「それが出来たら苦労しないわよ。彼女の周りには常に人が溢れかえっている。私たちが立ち入る隙はないわよ」


「やっぱり俺たちには遠くから眺めることしか出来ないのか」


「佐伯くん。今更だけど、どうしてそこまで高望みするの? カースト最下位のあなたが手に届く相手じゃないって分からないの?」


「自分の立場くらい分かっていますよ。要はアイドルと同じです。遠くから見るだけで絶対に手に届かない。それでも追いかけるのがファンってものですよ」


「届かない恋に何の意味があるのかな」


「そう言う百合先輩だって届かない相手じゃないですか」


「残念でした。私は今、薄い糸を掴んだところです」


「は? どう言うこと?」


「西蓮寺さんと一緒にいる書記の子、分かる?」


「生徒会の書記って言えば甘栗朱音あまぐりあかねか?」


 甘栗朱音あまぐりあかね。メガネが似合う女の子で内側にカールした茶髪が特徴だ。

 普通に歩いていたら一見、地味で目立たない存在だ。

 だが、西蓮寺さんの引き立て役として横にいるだけで目立つ存在。地位は高いが、上の存在を引き立てる残念な立ち位置になっている子と言える。


「その辺は詳しいのね。私は甘栗さんと仲良くなることに成功した」


 キリッと百合先輩は赤縁メガネをクイクイさせた。


「な、なぬ!? つまり、それって……」


「そう。同じ生徒会の人間に接触したと言うことは西蓮寺琴吹と接触したと同じよ」


「どうやってそんなことを?」


「彼女のことを調べたのよ。甘栗さんって読書が好きなの。それで好きなジャンルの本を読み込んで同じ趣味が合うように声をかけた。そこからはトントンよ」


「まさか西蓮寺さんと接触するために甘栗さんを食い物にするつもりか」


「大丈夫。百合の練習相手として最後まで頂くつもりだから残るものは何もないよ」


 百合先輩のエグい発言に俺はある意味感心してしまう。

 高望みせず、まずは届く範囲から接触していくと言う訳か。同盟ながら天晴れだ。


「ずるい。百合先輩だけ美味しい思いをするなんて。俺にも分けてくれてもいいじゃないか」


「安心しなさい。私たちは同盟でしょ? はみ出た分はあげるから」


「百合先輩! いや、女神様」


「ふ、ふーん。早速、彼女から情報を聞き出しましょうか。あなたにも付き合ってもらうわよ。佐伯くん」


「はい。どこまでもついていきます。百合先輩」




 放課後、百合先輩の秘密の場所。化学室に甘栗朱音を呼び出すことに成功する。

 ガチャっと鍵をかけて密室を作り上げる。


「あの、彩葉ちゃん。話があるって言うから来たけど、これはどういうつもり?」


「え? どういうってただ話をしたいだけだよ? 何も怖がることないから」


「それにその人誰?」


「彼は佐伯高嗣くん。私の友だちよ」


 ども! と俺は会釈をする。

 いきなりこんなところに呼び出されて甘栗さんも警戒しているのだろう。

 さっきからずっと口を尖らせている。


「それで話っていうのは?」


「西蓮寺琴吹さんについて色々聞きたいんだけど」


「西蓮寺さん?」


「甘栗さんと仲が良いよね? 色々知っているんじゃないかなって」


「知っていることもあるでしょうけど、本人の許可なく勝手に喋れませんよ」


「じゃ、喋れる範囲でいいから教えてよ」


「……彩葉ちゃん。もしかしてその佐伯って人に脅されているんですか? 私から聞き出せって。目的を話してくれないと喋る気になれません。西蓮寺さんはこの学校の生徒会長です。変な逆恨みやストーカーをされたら私が怒られちゃいますから」


 俺と百合先輩は顔を合わせる。

 聞き出すことは思ったより簡単ではないことを悟った。


「別に脅されている訳じゃないよ。私と佐伯くんは西蓮寺さんのことが大好きなだけ。少しでも仲良くなれたらいいなって思っているの」


 俺と百合先輩はニコニコと笑顔を作る。


「辞めておいた方がいいと思います」


「え? 何で?」


「西蓮寺さんはあなたたちみたいな人間は多分嫌いだと思います」


「嫌いってどういうこと?」


「なんていうか、話が合わないんじゃないですか? 西蓮寺さんって意識高いですし、横文字をよく使うので私も正直ついていけていないですし」


「仲良しじゃないの? 西蓮寺さんと」


「仲はいいですよ。でもそれは生徒会として交流があるだけです。二人で遊びにいくような関係ではないですね。私が見る限り、プライベートでも話が合うのって一人しかいませんよ」


「それは誰? そんな人いるの?」


西京天馬さいきょうてんまくん。あ、これ言っちゃダメなやつだ」


 西京天馬。それは確か今、世間を騒がせている人物の名前ではないか。

 高校生でありながら天才プロ将棋の名人としてテレビで取り上げられている。

 え、まさかそんな有名人と西蓮寺さんが交流しているなんて。

 俺に勝ち目がないと思った瞬間である。

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