第23話 ハフレ
「あの、佐伯くん。私とハフレになってほしいんだけど」
俺に新たな練習相手として美少女が希望した。
ハフレってなんだっけ?
希望したのは同じクラスの宮本郁恵。
大きめのメガネに短い髪を二つに束ねる地味な女の子だ。
だが、この子は自然体に戻すと美少女に変貌するタイプの女の子であることを知る。
きっかけは体育の授業で宮本さんが水道でメガネを洗っているところを目撃したことだった。
「うわぁ。泥だらけだよ。やっぱりメガネをして走り幅跳びするんじゃなかった。でもしないと見えないし。おまけに髪の中に土が入っちゃったよ」
パッと髪留めを外した。普段、誰かの前では絶対に見せない自然体の姿を俺は見てしまったのだ。
「宮本さん?」
「えっと。誰?」
メガネを掛け直して俺の姿を確認する。
「あぁ、誰かと思ったらカースト最下位の佐伯くんじゃない」
「上の肩書きはいらないですよ。と言うより宮本さんの口からそんなことを言われるのが意外です。ちょっと心にグサッと刺さりました」
「あぁ、ごめんなさい。皆からそう言われているからつい」
成績優秀で真面目な女子生徒という印象で特に今まで関わったことはない。
だが、見覚えのない美少女がいたことで声を掛けてしまった。
「自然体だと別人みたいですね。普段からそうすればモテると思うのに」
「あえてこうしているのよ」
「あえて?」
「目立っちゃうと男が寄って来ちゃうでしょ。だからこのダサい眼鏡と髪型はカモフラージュってこと」
「なんでわざわざそんなことする必要があるんですか? モテることはいいことじゃないですか」
「それにはちゃんと理由はあるよ。私、こう見えて彼氏がいるのよね。だから彼氏のためにも目立っちゃダメなの」
「彼氏のためにそこまでするんですね。宮本さんは彼氏に一途ってことですか」
「えぇ。でもそれも辛い時があるのよね」
「辛い時?」
「あ、ごめんなさい。こんなこと佐伯くんに言うことじゃないんだけど、なんか喋りやすくてつい」
「いいですよ。話くらい聞きますよ。誰かに言うことでスッキリすると思いますから」
「ありがとう。じゃ、言わせてもらうけど、私の彼氏は中学の時からの付き合いなの。でも、高校の進学することをきっかけに彼氏は親の都合で遠くに引っ越して行っちゃったのよ。県外でなかなか会える距離じゃないの」
「それって遠距離恋愛ってことですか?」
「えぇ。毎日メールや電話をするんだけど、会うのは月一回あるかないか。事情も事情だし、仕方がないんだけど、やっぱり寂しいなって思うのよ。でも好きだから別れるなんてことは出来ない」
「なるほど。一途なあまり普段は見た目を地味にして男を寄り付かないようにしているってことですね」
「うん。好きなら遠距離恋愛も乗り越えられると思ったんだけど、実際に始めてみるとやっぱり彼氏の温もりが恋しいって常々思う」
「それは辛いですね。でも、彼氏も同じ気持ちだと思いますよ。辛いのは宮本さんだけではないです」
「ありがとう。佐伯くんに言ってちょっとだけスッキリしたかも」
「それは良かったです」
そして宮本さんは俺の姿をジッと見つめる。
足のつま先から頭の先まで細かく視線を感じた。
「あの、何か?」
「似ている」
「似ている?」
「あ、ごめん。彼氏の体格と佐伯くんの体格がよく似ているなって思って。勿論、顔は違うしカースト最下位のような位置付けの人じゃないけど、体格や体型は彼氏とそっくりなのよ。偶然にも」
「はぁ。喜んでいいのか微妙なところですね」
「これなら浮気に入らないかな。うん。これはいけるかもしれない」と、宮本さんはブツブツと独り言のように言う。
「宮本さん?」
「あの、佐伯くん。一つ提案があるんだけどいいかな?」
「なんですか?」
「私とハフレになってほしいんだけど。頼める?」
「ハフレってなんでしたっけ?」
「ハグフレンド。つまりハグをするだけの友達という関係性を指す。遠距離恋愛をしている私としては彼氏と体格が似ている佐伯くんとハグをしたら心が安らぐと思うの。少しでも遠距離恋愛を乗り切れるために協力してほしい」
「いいですけど、条件があります」
「条件?」
「ハグをする時は自然体の姿でお願い出来ますか?」
「何だ。そんなことならお安い御用だよ」
「じゃ、ハフレになりましょう」
「ありがとう。なら早速、いいかな?」
「どうぞ」
俺は手を広げて胸を開けた。
宮本さんは俺の胸に飛び込んで力一杯抱きしめた。
「祐介! 寂しかったよぉ!」
彼氏の名前だろうか。俺は宮本さんの彼氏に例えられて全力でハグされた。
こんな美少女から抱き締められるなら毎日やられたい。
顔さえ見られなければ俺は宮本さんの彼氏に変われる。
こうして俺はハグフレンドと定期的にハグをする関係を築き上げた。
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