第10話 百合先輩


 昼休み。

 昼食を終えてから化学室に来るように言われた俺は扉の前に立ち尽くしていた。


「ちょっと。早く入ってくれる?」


 急に扉が開いて近藤彩葉こんどういろはが姿を現す。


「なんで分かったの?」


「シルエットが中から見えていたから。いいから入って。誰かに見られたら面倒だから」


「は、はい」


 中に入ると彩葉さんは鍵を掛けた。

 授業以外の化学室は無人だ。

 広い教室内に二人だけと言うのは新鮮な感じだ。


「ここ、私の秘密の場所。昼休みとか時間を潰す時はいつも化学室に来るんだよね」


「一人でいつもここに?」


「一人の時が多いけど、こうして気になる相手を呼び込むこともあるよ」


 気になるとはどういう意味の気になるだろうか。 

 あまり追求するのは怖いのでここはスルーした。


「それで何の用でしょうか」


「問題。西蓮寺琴吹の誕生日は?」


「え? いきなり何ですか?」


「いいから答えなさい」


「五月二十七日です」


「正解。次、西蓮寺琴吹の好きな食べ物は?」


「クレープ」


「正解。次、西蓮寺琴吹の嫌いな食べ物は?」


「納豆」


「正解。次……」


 その後、西蓮寺琴吹に関する問題が十問続いた。出題される度に俺は正解を繰り返した。


「全問正解とは驚いた。佐伯くん。あなたが本当に西蓮寺琴吹を好きなことはよく分かったよ」


「それはどうも」


「だが、私もそれ以上に好きだってことを理解することね」


「彩葉さんはどうしたいの?」


「勿論。付き合うに決まっているじゃない」


「百合ってことですか?」


「まぁ、そういうことね」


「百合先輩」


「誰が百合先輩だ。彩葉って呼びなさい」


「百合先輩は元々そう言う趣味があるってことですか?」


 俺はあえて呼び名を訂正しないまま続けた。


「えぇ。実はつい最近まで付き合っていた人がいたの。勿論、女の子で。でもその子に男の彼氏が出来た途端に別れ話を持ちかけられちゃった。それで病んでいた私は西蓮寺さんに出会った。あの、ふわふわした髪。透き通るようなスベスベの肌。あの身体で攻められたい。この感情は日に日に増していくのよ」


「西蓮寺さんには告白したわけ?」


「出来たら苦労しないわよ。私みたいな負け組が声を掛ける事すらおこがましいでしょうに」


「……百合先輩の趣味はよく分かりましたけど、そもそも論で西蓮寺さんにそういう趣味ってあるんですかね」


「そこなのよ。佐伯くん。西蓮寺さんは男が好きなのか女が好きなのか。情報通の私でも知らないの。あなたは知っている?」


「いや、知らないですけど。普通なら男が好きなんじゃないですか? と言うか、男が好きであってほしいです」


「決めつけは良くないわよ。もしかしたら女の子が好きかもしれないじゃない」


「は、はぁ……。そうかもしれませんけど」


「西蓮寺さん好きのあなたでも本人の性癖は知らないとなればいよいよ手詰まりね」


「ならハッキリさせましょうよ。西蓮寺琴吹は男が好きなのか、女が好きなのか」


「簡単に言ってくれるわね。出来たら苦労しないわよ」


「西蓮寺琴吹が男か女。どちらが好きか分かりませんが、知る方法はあります」


「本当? それはどんな方法なの?」


「本人に聞けないならその周りの人物から情報を入手するだけです」


「周りの人物? そんな都合のイイ人っていたかな?」


「西蓮寺さんの横にいる執事。あの人なら何か知っているかもしれない」


「馬鹿ね。そんなリスクあること出来るわけないじゃない。第一、聞いたとしても教えてくれるわけがない。それに私たちが聞いたことを本人に知られることになるでしょ」


「うっ。確かに。いい方法だと思ったんだけどな」


「佐伯くんも詰めが甘いわね。ならここは本人に直接、聞くしかないかも」


「直接って喋ったことあるの?」


「ない。でも、告白とは違うからハードルはかなり低いと思う」


「で? それは誰が聞くんですか?」


「ジャンケンをしましょうか」


「結局、そう言うことですか?」


「じゃ、いくよ。出さなければ負けよ。ジャンケン!」


「ちょ! いきなり?」


 咄嗟に俺はパーを出す。

 対して百合先輩はチョキを出した。


「私の勝ち。佐伯くん。君の任務は西蓮寺琴吹の恋愛対象はどちらか調べること。いい?」


「は、はぁ」


 こうして俺は話し合いの結果、西蓮寺さんの恋愛対象を調べることになった。

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