第9話 女が女を好きで何が悪い


 学校で肩身の狭い思いをする俺だが、唯一の楽しみがある。


「もうすぐ時間だな」


 朝の八時。

 俺は校門の前でそわそわしながら待っていた。

 すると、一台の黒塗りの外車が校門の前で停車した。


「来た!」


 運転手の執事が後部座席の扉を開ける。

 その奥から出て来たのは一人の美少女だ。

 そう、俺の憧れの存在。西蓮寺琴吹さいれんじことぶきだ。

 目立つ登校に周囲はざわつく。


「西蓮寺様だ」


「西蓮寺様!」


「西蓮寺様。おはようございます!」


 生徒たちの声援と共に西蓮寺琴吹は手を振りながら校舎へ向かう。

 ふわふわした髪に抜群のスタイル。おまけに学校ではカースト最上位に君臨する人気者だ。男なら誰もが憧れており、簡単には手が届かない存在として位置する人だ。

 一つ年上の生徒副会長で成績優秀として周囲から尊敬される。それが西蓮寺琴吹だ。


「可愛いな。あんな子と付き合ってみたいな」


「あんたじゃ無理だから」


 俺の憧れを他所に侑李は一瞬でその希望を打ち消した。


「侑李。そこまでハッキリ言わなくても」


「手に入れようとするものじゃないわ。あんたは手に届く範囲で頑張れば充分。まぁ、その手に届く範囲にすら相手がいないのは致し方ないけどね」


 見下すように侑李は言い放つ。


「所詮、憧れは憧れか」


「そう言うこと。あんたが西蓮寺さんに声を掛けることすらおこがましいと思いなさい!」


「じゃ、俺は侑李で我慢するよ」


「は? どう言う意味よ。それ」


「手の届く範囲で頑張るなら侑李で我慢して実力を付けることにするから」


「私をなんだと思っているのよ。都合のイイ女みたいに言わないでくれる?」


「俺は大事な幼馴染を練習の糧にして次に繋げたい」


「少し引っかかる言い方ね」


「安心しろよ。練習は真面目に取り組んでやるから」


「バ、バカ。私は私でイケメン彼氏を作るためにあんたを踏み台として練習に付き合わせているだけなんだから。その辺、しっかり頭に入れておきなさいよ」


 逃げるように侑李は教室まで走っていく。

 西蓮寺琴吹はいわゆる勝ち組。俺のような負け組は負け組同士の付き合いがお似合いなのかもしれない。


「それでも俺はいつか勝ち組の西蓮寺琴吹を手に入れてやる」


 俺は遠目から西蓮寺さんに向けて拳を掲げた。

 その傍らで俺を見る視線が気になった。


「あの、何か?」


「あなた、西蓮寺琴吹が好きなの?」


 目線を送って来たのは黒髪ショートで童顔だが、普通に美少女だった。

 制服のリボンが赤色であるのでおそらく一つ年上の二年生だろうか。


「あなたは?」


「私は近藤彩葉こんどういろはと言います」


「……佐伯高嗣さえきたかつぐです」


「佐伯くんね。あなた、西蓮寺琴吹を狙っているの?」


「狙っていると言うより付き合えたらイイかなって」


「そんな軽い気持ちで狙わないでくれる?」


 睨むように近藤さんは言い放った。


「す、すみません。別に軽い気持ちではなくて本気です。どうやって告白すればいいかなって日々考えているけど、なかなか踏み出せずに練習をしながら自分を磨いているところです」


「練習?」


「あ、いや。その、近藤さんは西蓮寺さんのなんですか?」


「彩葉でいいよ。上の名前は嫌いだから。私も同じく西蓮寺さんが好きで堪らない一人よ」


「好きって近藤……じゃなくて。彩葉さんは男なんですか?」


「私のどこをどう見たら男に見えるのよ。佐伯くんの目は節穴?」


「いや、どこからどう見ても女の子です。でも女の子が女の子を好きって……」


「女が女を好きになったらいけないって法律でもあるわけ?」


「い、いえ。滅相もありません」


 この人、そっち系の人だ。そう百合ってやつだ。


「あなた、どれくらい西蓮寺さんが好きか確かめさせてくれる?」


「確かめるって何を?」


「どこかで時間を作れるかな? そこでじっくりと聞かせてもらうわ」


「は、はぁ……」


 俺は百合に興味がある少しヤバメの先輩に目を付けられてしまった。

 こればかりは避けようもない事故であると諦めるしかない。

 

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