第5話 杉本さんの場合

冬も終わりかけのある日。

陽光が日に日に増し、微かだが、春の兆しを感じさせる。

僕が、杉本さんと、出会ったのは、就労移行に入所して、3ヶ月目の朝。

杉本さんは、誰よりも早く来て、高橋さんから、清掃の指示を仰いでいた。


新しい人かな?、と思うまもなく

「章くん!早く準備してください!!

杉本さんを見習って!」

と、鋭い声が飛び、僕は慌てて、準備に入った。


午前中のワークは、事業所内で行うこともある。

履歴書や職務経歴書の添削や、

皆で、調べものをし、発表し合う小会議みたいなこともやる。


今回は、「コロナ感染したら、どうするか」

について、調べてくるように、との事だった。



僕は、インターネットで情報収集をし、こんな対応策があった。こんな思いをした。ということをまとめて、発表した。


まばらな、拍手が、とぎれとぎれに鳴るなか、あまり面白くなかったかな~と、少小残念な気持ちになった。


杉本さんは、クイズ形式にしたり、図をうまく使ったりして皆から感心されていた。


なるほど、こうやるのかと思い、ワークが終わった後、杉本さんに話しかけてみた。


「お疲れ様です。発表すごく上手でしたね。よくあんなの思いつくなあ~。」

「いや、そんなに大したことじゃないよ。先輩がやっていたから真似しただけさ。」

杉本さんはとても謙虚だった。

仕事もできて、性格もよいなんて人が本当にいるのだろうか、と疑問に持つひともいるだろう。

案外、近くにいるのものだな~と、しみじみ思ったのを覚えている。


そんな彼は、卒業するのも、早かった。

後から聞いた話だが、実は彼は、業務経験豊富で、いくらでも就職口があったらしい。

なぜ、早く探さなかったのかな、と顔にでていたのだろうか?

笑いながら、内緒だぞ!と前置きされ、こう言われた。


「僕はね、病気は持っているけれど、障がい者手帳は持っていないんだ。だから君とは、ちょっと違う。ずっと手帳が取れる人をうらやましいと思っていてね。どんな人たちなんだろうと興味があったんだ。」


「そうなんですね。なんというか、答えは見つかったんですか?」

と僕は尋ねた。

「そうだな~、やっぱり、分からなかったな~。仕事に向けて、前向きに取り組んでいる人たちばっかりだったよ。なんというか、分からないという事が、もしかしたら、答えなのかもしれないよ。」

「まあ、僕は先に行くけど、君等との時間は、悪くなかったよ。良い所だった。」


満足そうに、杉本さんは、笑って車に向かっていった。


答えがないことが答えか。。。と僕は、深く考えてしまう。

遠くでウグイスの鳴き声が聞こえる。

春が近いのかな。






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