第8話 初仕事

 フリージア学園の合格発表は一週間後であった。

 それまで特にすることもないシアにクレアは冒険者活動をして欲しいと言ってきた。

 S級冒険者になったとはいっても実績ゼロである。

 そこでクレアお勧めの依頼を受けることにしてみたのだ。


 シアは小太郎にまたがり、地図を片手に草原を疾走していた。

「小太郎、今日の依頼はゴブリン渓谷に発生している大量のゴブリン退治だってさ」

「もうそろそろつくよ~」

「でも、このカードってどうなっているのだろうね」

「それなに~?」

「討伐カードっていうらしいんだ。これを持っている時に魔物を倒すと、倒した魔物の種類と数が自動的に記録されるんだって」

「へぇー、凄いんだね~」

「それに従魔が倒した分もちゃんと記録されるんだって」

「おー、がんばっちゃうぞ~ シアと勝負だ~」

「お、見えてきたね」


 シアと小太郎の前方に厳重な砦のようなものがあり、その前に兵士が立って見張りをしていた。

「こんにちは。ゴブリン渓谷はここですか?」

「そうだ。随分若いが……冒険者か? ここはB級以上のパーティーでないと入場出来ないのだ。帰りなさい」

「えーと、これが俺のタグです」

「S級冒険者、シア・ペルサス……、依頼書とカードは持っているか?」

 依頼書を見せてから、討伐カードを確認してもらう。

「依頼書も間違いない。討伐カードも大丈夫だ。頼んだぞ」

 そう言うと、兵士は門を開けてくれた。


そこはかなり深い渓谷になっていた。

渓谷の幅はおよそ500メートル程であったが、谷はかなり深い。渓谷の出入口は二か所しかなく、そこさえ閉じておけば渓谷のゴブリンは出てくることができないそうだ。

 シアの眼下に底が見えないほど深い谷がある。谷底に続く狭い階段が目の前にあった。

「うーん。小太郎。みんなこの階段で降りていくのかな?」

「知らない。飛び降りようよ~」

「そうだね。面倒くさいしね」

 そう言うと、シアと小太郎は底の見えない深い谷に向かって何の躊躇いもなく飛び降りたのであった


 谷底には視界を埋め尽くすほどのゴブリンがいた。

 ゴブリンは体高1メートル~1メートル50センチほどの小型の人型の魔物で、頭髪のない頭に長い耳が生え、落ちくぼんだぎょろ目をしており、緩んだ口元から涎を流していた。少し姿勢が悪く前屈みになった状態でボロボロに汚れた腰巻きをしている。食用にもならないが、不潔であり、人間も含めた異種の雌を利用して繫殖するため忌み嫌う者が多い。


「……くさいね」

「……くさいね~」


 視界を埋め尽くすほどのゴブリンがいるのだ。その悪臭は強烈なものであり、シアと小太郎は上空へと舞い上がる臭いで吐きそうになっていた。

 二人はシアの魔法で上空の新鮮な風を下に向かって吹き付けると、地面に降り立たずそのまま数を減らすことにした。


「小太郎、もう一気にやっていいよね」

「……くさいよ、シア~」


 シアは小太郎にまたがり、ゴブリン渓谷の入口側から古代龍マリアナ直伝の重力魔法を下に向けて放ちつつ、渓谷沿いに飛んで行った。やがて反対側の入口に到着すると、文字が書いてあった。

「非常事態以外は使用不可……って書いてあるね」

「ねぇ、シア。もうゴブリンの気配はないよ~」

「下りてみる?」

「一応近づいて見ようか~」


 二人はその判断を後悔した。

 古代龍マリアナ直伝の重力魔法は強力で、ゴブリン渓谷の底は潰れたゴブリンの死骸が見るも無残な姿となり、まさに潰れたゴブリンの絨毯が一面に続いていたのだ。


「……どうしよう」

「……焼き払うのがいいかもしれないね~」

「そうだね。溶岩流を一面に流しちゃおうか」

「りょうかい~」


 そう言うと、ゴブリン渓谷の底を埋め尽くす溶岩流を流しながら戻って、元の入口から外に出た。

「……早かったな」

「反対側の入口まで行ったけど、使うなって書いてあったので戻ってきました」

「反対側は兵士がいないからな。それに崖の上にあるだろ」

「確かに崖の上にあったね」

「ああ、流石S級冒険者だな。討伐カードを見せてくれるか?」

 シアが討伐カードを見せると、兵士は大口を開けて固まってしまった。


 その様子を見ていた他の兵士も覗き込むと一人の兵士が読み上げ始めた。

 そのカードに記載された数字は……


討伐数  ゴブリン 1億8532万9871体(討伐者シア)

     ホブゴブリン 3421万7329体(討伐者シア)

     ゴブリンシャーマン 2239万8772体(討伐者シア)

     ゴブリンナイト 2251万1229体(討伐者シア)

     ゴブリンクイーン 28万6649体(討伐者シア)

     ゴブリンキング 25万5463体(討伐者シア)

だった。


「……この数字、間違ってないよな」

「ああ、参考に聞くが、どうやって倒したのだ?」

 シアの説明を聞いて何かを諦めたように納得した兵士は、

「後で中を見てくる。この渓谷から立ち昇る煙は溶岩流を流したからだな……、もう帰っていいぞ」

 シアはゴブリン渓谷の兵士に大きく手を振ってから小太郎にまたがり、王都へと帰っていったのであった。


 王都に着くと真っ直ぐに冒険者ギルドへと向かった。

 五階に上がりクレアを呼ぶと、奥から金髪に丸い眼鏡をかけたクレアがその大きな胸を揺らしながらシアと小太郎のところまでやってきた。


「シア君、早かったのね」

「うん。小太郎に乗って飛んで行ったからね」

「そうなの。では討伐カードを見せてもらえるかな」

 シアが討伐カードを見せると、クレアも一瞬固まってしまった。だが、流石というべきか、クレインからシアと小太郎のことを聞いていたクレアはすぐに正気に戻ると、

「では、依頼完了の処理をしますね。それと報酬ですがこちらの二千五百万エニになります。ゴブリンは素材にならないので、今回はこれだけになりますね」

 シアと小太郎は生まれて初めて自分の手でお金を稼いだのでウキウキしながら宿屋までの道のりを、大量に屋台で買い食いしながら帰っていったのであった。


 それからシアと小太郎はフリージア学園の合格発表までの間に、クレアが勧める依頼を片付け続けた。またクレアのアドバイスで毎日ワイバーンを換金し続けた。その結果、シアはさらに資産を増やし、王都周辺に出没していた魔物の量も一気に減り、冒険者たちが「王都は稼げない」と酒場で愚痴をこぼすほどであったという。

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