第9話 買物

 合格発表の当日、コールマン伯爵がまたしても後見人として付いてきてくれた。わざわざ一旦港町フィーネに戻ってからもう一度王都に来てくれたそうだ。シアが礼を言うと、

「合格発表があると、次の日に入学式があって寮に入らないといけないからね。手続きも色々とあるし、準備するものもあるからね」

 とのことだった。やがて、フリージア学園に到着すると、掲示板を見る。

「あっエマもルーナも合格しているね。俺も合格だ」

「受験番号の隣にSってあるのはSクラスということだね。さすがだね」

「Sクラス?」

「確かその年の受験生で優秀な順番から、S、A、B、C……という具合に冒険者のランクみたいな振り分けだったと思うよ」

「そうなんですね。あっエマとルーナもSクラスですね」

「ふふ。では手続きに行こうか」


 コールマン伯爵に連れられて、受験票を受付に出すと寮の部屋番号を教えてもらえた。次の日が入学式になっているので、今日中に荷物を運び込まないといけないらしい。女子だと着替えなども多く大変なようだ。すると、エマとルーナがやってきて、

「黒髪の王子様、合格おめでとう」

「シア君、一緒のクラスだね」

「うん。エマやルーナと同じクラスで良かったよ。よろしくね」

「コールマン伯爵閣下とお見受けいたします。バーデン男爵家の娘エマ・ランドリーと申します」

「はじめましてコールマン伯爵閣下。ヨハネス子爵の娘ルーナ・オースティンと申します」

 と、コールマン伯爵に気がついて二人とも丁寧に挨拶をした。


「えーと、シア君はコールマン伯爵家なの?」

「違うよ。後見人として着いてきてくれたんだ」

「後見人?」

 すると、コールマン伯爵がエマとルーナに告げる。

「シアの名前は、シア・ペルサス。あのカール・ガイウス・ペルサスの息子さんだよ」

「カール・ガイウス・ペルサスの息子さん……」

「あの伝説の英雄の……息子さん」

「ああ、そうだ。だからね、私にとって彼の後見人であることは名誉なことなのだよ。ちなみにもう一人の後見人は冒険者ギルドのグランドマスターであるクレイン・イグナイト伯爵だよ」

「クレインさんは伯爵だったんだね」

「シア君、知らなかったの?」

「うん。だってクレインさんと会ったのはつい最近だからね」

「シアは事情があって御父上と別の大陸にいたのだよ。この大陸に来たのはつい最近なのだ。だからね、彼はこの大陸の常識を知らない。色々と教えてやってくれないかな」

 二人は気持ちよくコールマン伯爵の頼みを了承すると、シアを買い物に誘った。

 二人とも使用人たちが荷物を運んでくれるので、特にすることもないらしい。シアも荷物は亜空間収納に全部入っているので、することがない。コールマン伯爵は事務的なことはやっておくから、買い物が終わったら王都の屋敷に来るようにと言い残して去っていった。


 エマとルーナには護衛がついていた。前回は何故いなかったのかを聞くと、

「領地から王都に来て、ついつい抜け出してしまったの」

 と舌をペロッとだしてあっけらかんと言う。当然、後から両親にこっぴどく𠮟られたそうで、シアも受験していたことを両親に話すと、「お礼を言っていたと伝えて欲しい」とのことだった。

 三人は文房具屋に行きペンやノートといった勉強道具を急いで買うと、エマの先導で高級そうな服屋に入っていった。

「いらっしゃいませ」

「こちらのシアに服を作ってほしいの」

 と、エマが店員に告げる。

「えーと、俺の服?」

「そうよ。シアの服が凄くいいものだというのはわかるの。それって凄い素材を使っているでしょう?」


 そう言われて生まれて初めて自分が着ている服をまじまじと眺めてみた。

「ちょっと拝見してもよろしいでしょうか」

 店員がシアの服を触りながら感嘆の声をあげていた。

「このシャツの布地はシルクワームなのか……このズボンは龍の皮を徹底的に薄くなめしている……どうすればこんな加工が出来るのか……裏地の生地もさることながら、凄いのがこの靴ですな。何の素材かすらわからない……」

「ね。一目見ただけで凄い素材を使って丁寧に作られているのがわかるの」

「この服と靴は母さんの手作りなんだ」

「お母さんの?」

「うん。色々な素材を使って作ってくれたんだよ……」

 シアがマリアナを恋しく思っていることを察したのか、エマとルーナはそれから二人で明るく振舞うと楽しそうに生地を選びはじめた。


 シアはどちらかというと女性的な顔立ちをしていた。カールとマリアナに愛されて育ったせいだろうか、疑うことを知らない大きなぱっちりとした目は澄みきっていて、健康的な肌の中央を意志の強そうな鼻筋がとおり、形の良い眉と引き締まった口元が美を醸し出していた。シアの黒髪はマリアナのお気に入りで、いつも腰まであるその艶やかな髪を紐でしばっていた。おそらくシアが女性の服装をしていれば、十人中九人は女だと思うだろう。


 そんなシアの顔をエマはまじまじと眺めて、何度も羨ましがっていた。そんなエマを横目に、ルーナはシアの体に生地を当てるときに感じる仄かな感触に胸を高鳴らせていたのであった。

 二人はシアに普段着に使える服装を数着と、正装に使える服装を注文してくれた。支払いは助けてくれたお礼として、バーデン男爵家とヨハネス子爵家が出してくれるそうだ。服が出来上がるまで数日かかるとのことで、三人は注文を済ませて店を出ると、今度は二人の買い物に付き合うことになった。


(父さんが女性の買い物は長いって言っていたのは本当だったな……)

そう、シアは三人で入ったアクセサリーショップで洗礼を受けていたのだ。

楽しそうにアクセサリーを選ぶ女性二人を横目に、手持ち無沙汰にアクセサリーを眺めていたとき、店の外から彼女たちの護衛が誰かと言い争う声が聞こえてきた。

「たかが子爵家と男爵家の護衛風情がこのドラク伯爵家に狼藉を働くのか!」

「狼藉などは働いておりません」

「ならそこをどけ。あの女はこの俺にこそ相応しい。おいそこの女、今から俺の女にしてやる。早くついてこい」

 そう言いながら、その男は店の中に護衛と店員が止めるのも聞かずに入ってきた。


 エマとルーナは咄嗟にシアの後ろに隠れた。

 その男はシアの前に立つと、

「俺はドラク伯爵家のグースという。その銀髪の女を大人しく引き渡せば手を切り落とすだけで許してやる。早くしろ」

「……なぜルーナを引き渡さないとならない?」

「簡単だ、俺はドラク伯爵家だぞ」

(問題を起こせば後見人のコールマン伯爵とクレインさんに迷惑がかかる……だが)

「ドラク伯爵家が何か知らないが、ルーナは渡せない」

 シアははっきりとグースの目を見つめてそう言い切った。


 その時シアの中にあったのは家族の会話であった。

「いいかシア、大切な女の子が出来たら何も考えずに全力で守りぬくのだぞ」

「そうだ。つがいを守るためなら世界中を敵にしたって構わん」

 確かに二人ともそう言っていた……


「貴様、殺してやる」

 そう言うと、グースは剣を抜き斬りかかってきた。だが、

「例え世界中を敵にしても、ルーナは俺が守りぬく」

 次の瞬間、シアの体から強烈な殺気がグースに浴びせられ、グースは剣を抜いたまま、大小便を垂れ流して気絶してしまった。


 その時、異臭が漂う中でルーナの蕩ける顔をエマが眺めて、

「堕ちたな」

 と、にやつきながら呟いたことをシアもルーナも気付かなかった。


 後処理を護衛たちに任せてシアたちは貴族街へ向かうと、三人でコールマン伯爵に報告をした。シアが口頭で報告を済ませると、エマがその時に護衛をしていた者を数人連れてきて、

「コールマン伯爵閣下、その時の状況を再現いたします」

 と、寸劇をはじめだした。


 一人の男が剣を抜く。

「へへへ、その女をよこせ~」

「例え世界中を敵にしても、ルーナは俺が守りぬく」

 めでたしめでたし


 コールマン伯爵が微笑ましく思いながらシアを見ると、

「大切な存在を守るために全力で闘うのは当然だ」

 と、シアは照れることもなく言い切った。

 それを聞いたルーナが真っ赤になり、エマがにやついたのは言うまでもない。

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