第2話 ギャルの耳に念仏

 ユリウスは思った。これは魔王だが敵国を滅ぼす魔王ではない。我が国を滅ぼす魔王だ。

 しかし参謀と将軍はすでに懐柔されたアホなのか奴を姫と呼ぶ始末。

 なんたる不覚か……。どうにかして正気を取り戻さねば。なんとか知恵を振り絞らねばと頭を捻っているとクロノスからとんでもない発言を耳にした。

「ならば姫の側仕えはユリウスにしようか」

「よろしくね、ユリぴ」

 魔王にいつ首を刈られても可笑しくない状況に陥った。

 思わずクロノスを引き連れ頭を寄せると声を抑えつつ抗議した。

「なぜ、私なのですか」

「姫に一番年が近く武骨でない上に失礼のない人物であろうに。適任じゃユリウス」

「年が近いと言っても私はもう中年です!」

「わしは老人です。ほほほ」

 能天気に笑っている爺を棺桶に叩き込んでやろうかと思った。

「ならばミロスで良いでしょうに」

「あいつはあいつで武人。確かに護衛面では優秀だが、所作が粗暴だからの」

 クロノスはもっともらしい理由を付けてその場を去ってしまった。

 どうしたものかと振り向けば冴子が不思議そうに立っている。

「アタシなにしたらいい?」

 朗らかな笑顔で冴子は訊ねた。



 石畳が続く中央街道。そこには様々な店が並ぶ活気溢れる場所だった。

 野菜や肉、加工品からネジ一本まであらゆる物品が売り買いされていた。

「ユリウス閣下!」

 そしてユリウスを見るなり町の人々は叩頭する。

「なぜこの様なところに」

「私がいては困るようなことでもあるのか」

「ああ……いえ」

 萎縮した商人は後退る。

「ユリぴってもしかしてえらい人?」

「まあ……総裁の兼任業務として市街商の総括はしております」

「ソーカツ?」

 冴子は対して興味なさげに「エリアマネージャーみたいなものかー」と独り言ちる。

「まあえらい人来たらびびるよね」

「そうですな」

「仲良くしないの?」

「は?」

 冴子はきょとんとユリウスを見上げている。ユリウスもまた訳がわからないので冴子を見つめる。

「ぶっちゃけエリアマネとか店長と仲良いと店の雰囲気もアガるんだよね」

「……はあ」

「なんか困り事親身に聴いてくれるし改善に役立ててくれるんだよ」

「私が人々の声に耳を貸さないとでも?」

 ユリウスはジロリと冴子を睨め付けた。冴子はじっとユリウスを見たあと、対して気にした様子もなく口を開いた。

「だって実際溝あるくない?」

「溝?」

「そうだよ、溝。さっきのおじさん怖がってたじゃんユリぴのこと」

「それは」

「わかってるなら優しくしたら? えらい人ならわかるでしょ?」

 なぜこんな小娘に叱られねばならぬのだ。ユリウスは憤慨しそうになるが、実のところ本質を突かれ閉口した。

 最初こそ商人たちとは険悪な間柄ではなかった。しかしあるときから融通をきかせ圧力をかけ思いどおりに動くようにしてきた。威厳とはそのようなものだと思っていた。あれこれしている内に引っ込みがつかなくなった。そのうち商人たちは問題があっても内々で済ませるようになり彼らの思惑がわからなくなった。それでも反発があるわけでもなく商いは滞りなく行われていた。かといって目まぐるしく発展するわけでもなかった。

「あ! ユリぴ、見てこれ! 超綺麗!」

 嬉々として冴子が駆け出していった先は一つの露店商。そこには革細工が並べられていた。鞄や靴はもちろん帽子やアクセサリーまで様々だ。

 そして冴子が手に取ったものは一つのブレスレットだった。細く割いた革を編み込み、アクセントとして小さな石が埋め込まれていた。

「可愛い~! おばあちゃんが作ったの?」

「ええ、それくらいしかできませんから」

「すごーい! 天才だね!」

 冴子が絶賛すると老婆は照れたように笑う。そして冴子の腕を取るとブレスレットをはめる。

「お嬢さんの細腕にピッタリですね」

「嬉しいけどアタシお金ないんだよね。ごめんね、せっかく付けてもらったのに」

「いいんですよ、良かったらもらってね。誉められて嬉しくなっちゃったのよ。だから気持ちとして受け取ってほしいのよ」

 冴子が振り返りユリウスを見つめる。その表情はどうしたものかと困惑している。

 ユリウスは少し考え、ため息をつくと財布を取り出した。

「いくらだ」

 そう言い近づくと老婆は急に及び腰になった。表情は固い。

 そんな表情をさせるほど恐れられてしまっていたのか。言いたいことがあっても言えないわけだ。

 ユリウスはいくらか多めに硬貨を摘まみ出すと老婆に手渡した。

「……たしかに細工が細かい。丁寧な仕事をする」

 それだけ言うと店をあとにした。

 あわてて冴子が追いかけるとニヤリと含み笑いをしてユリウスを見上げた。思わず「なんだ」と訊ねるとさらに口角をつり上げた。

「いやあ、ユリぴにも良いとこあるじゃんと思って」

「私をなんだと思ってるんだ」

「ツンデレじゃーん!」

「ツンデレ?」

 未知の言語に困惑していると「買ってくれてありがとう」と冴子は笑った。

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