Ⅲ 〝青髭〟の誕生
とはいえ、アルビターニュはもちろんのこと、最早、フランクル国内にジルドレアの行き場はどこにもない……だが、戦場しか知らない彼が今さら身分を偽り、農民や商人の真似をして生きるのも無理というものであろう。
そこで、騎士の経験を活かせる仕事としてジルドレアは傭兵のふりをし、偶然、港で見かけたベン・ジャスミン・マリーゴールドというアングラント人海賊の私掠船に乗り込んだ。
この選択は大当たりで、海の上ならさすがに彼の顔を知る者もなく、また、その出自からアングラント語も堪能だったことが正体を隠すのに一役買い、まんまと彼は当局の追跡から逃れることに成功したのである。
そして、ベン船長とともにトリニティーガー島へ渡ると、〝新天地〟の海で海賊行為に励むこととなったのだが、これがまた、天職と呼べるほどにジルドレアには向いていた。
「──よし! 船長の船が取り付いた! 僕らは反対側へ回り込んで乗り込むんだ!」
ベン・ジャスミンの乗るキャラック船〝ベンチャー号〟が獲物のガレオン船と交戦する中、騎士時代同様、愛用のカラビニエールアーマーを着たジルドレアは、ブロードソード片手に小型のスループ船の先頭に立ち、配下の海賊達に大声で檄を飛ばす。
船の襲撃ではもと軍人としての武芸と戦の才を遺憾なく発揮し、また、狡猾な彼の性格は相手を出し抜くのにも大いに役に立ち、ジルドレアはすぐに頭角を現すと、三隻ある一味の海賊船の中の、スループ船一艘を任されるまでになった。
フランクル王国の騎士から一転、そうしてすっかり海賊稼業の身についたジルドレアであったが、さらなる転機が彼に訪れる。
もともとがアングラント王の命を受けた私掠船の船長であり、あくまで敵国エルドラニアの船しか襲わないベンに対して、他国の獲物にも手が出したい船員達が一斉に反発し出したのだ。
「立ってくれジルドレア! ベン船長のやり方にはもうついていけねえ!」
「そうだ! あんたが立つなら俺達はついていくぜ!」
そうした不満を持つ船員達は、実力もあり、手段を選ばない
「いやあ、そんな気はさらさらなかったんだけど……まあ、みんながそこまで言うんなら……」
皆の要求を受け、あまり乗り気ではない様子であったがジルドレアはこれを承諾し、全船員参加の選挙の結果、ベン・ジャスミンは追放、彼が新しい船長に選出された。
海賊、こういうところは意外と民衆的なのだ。
……が、しかし、一味の仲間達はジルドレアという人間を大いに見誤っていた。
「──クソう! 騙しやがったなあーっ!」
「いい船長になってくれると信じてたのにーっ!」
給水に立ち寄ると騙され、上陸しな無人島に置き去りにされた海賊達が、去りゆくジルドレアの船に向かって怒りの声を波間に響かせる。
「騙したとは人聞きの悪いーっ! だから言ったろーう!? 僕は君らのような醜い野郎どもの船長になる気はさらさらなかったとーっ!」
そんな彼らを船尾楼に立って眺めながら、愉しげな笑みを浮かべてジルドレアは高らかに冗談を返す。
船長になった途端、ジルドレアはその本性を見せ始めた……彼はまだ大人になり切っていない美少年の船員を除き、その他大勢の一味の海賊達を騙し討ちにして放逐したのだ。
無論、かつて居城に築いた〝楽園〟同様の、彼の背徳的な欲望を満たしてくれる海賊団を造るためである。
ただし、大幅に船員が減ってしまったため、三隻あった船の中の一番大きい〝ベンチャー号〟だけを残し、また、トリニティーガーへ戻ると随時、新たな美少年・美少女の船員をスカウトして人員不足の穴埋めに充てた。
「──船長ーっ! 巨大なガレオンがいまーす!」
と、そんな折、獲物を求めて徘徊していたジルドレアの船で、マストの上の檣楼に配置していた見張りの美少年が、一艘のガレオン船を発見して報告してくる。
「うーん……どうやら奴隷船らしいね。国籍はエルドラニアか……もとは軍艦だったっぽいな……」
急いでジルドレも遠眼鏡で確認してみると、それはエルドラニアの国旗を掲げた、奴隷を運ぶ船らしかった。多数の砲門を塞いだ跡があるので、もとは重武装のガレオンだったものを、カノン砲を取り外して積載量を増やすために改修したものらしい。
だが、それでもカノン砲は10門以上残っており、大型船のために乗っている船員も多いだろう……。
「エルドラニアのガレオンか……手強い相手だが見逃すには惜しい獲物だ……一か八か、ここは大博打に出てみようじゃないか!」
「おお! さすがは僕らの船長だ!」
「
巨大なガレオンを睨みつけ、勇敢な判断を下すジルドレアに、美少年・美少女海賊達は羨望の眼差しで賛美の言葉を送る。
しかし、ジルドレアが襲撃を決意したのは、なにも彼が勇敢な海賊だからではない……確かに奪った奴隷を売れば莫大な資金が手に入るのだが、じつは、もっと俗的で下品な理由から、彼はこの危険な賭けに出ようと考えていたりする。
奴隷船の襲撃に成功すれば、載っているオスクロイ大陸出身の奴隷の中から、まだ一味にはいない黒人の美少年・美少女が手に入るかもしれない……それに、運がよければ船員であるエルドラニアの美少年だって我がものとすることができる……海賊としての成功ではなく、そんな己の欲望からジルドレアは勝負に出たのである。
「よし! みんな、気合いを入れていくよ! でも、みんな僕の大切な家族達だ。無理して死んだりなんかしちゃあダメだからね?」
「はい!
そんな言葉を投げかけるジルドレアに、美少年・美少女海賊達の士気も否応なく高まる……ま、〝大切〟に思っていたことに違いはないが、そのニュアンスは双方で若干異なっていたいするのであるが……。
「いけーっ! 我らがジルドレアのために闘えーっ!」
「
一見、優しい気遣いにも聞こえるその言葉の効果も相まって、一味の者達の士気は大変に高かった。
彼はこの海賊団においても、かつてと同じ恐怖による洗脳を少年・少女達に施しており、また、背徳の
さらにはあくまで自己満足のためであるが、見た目を良くするのに彼らを煌びやかに着飾らせていたことが、少年・少女らにとっては他の海賊一味よりも優遇されているのだと勘違いされ、飴と鞭の飴の効果を図らずも発揮している。
「な、なんだこいつらは!? ガキのくせにやけに強えぞ!」
「ひいっ…! こ、こいつら命知らずか!?」
カノン砲の一斉掃射の後、ジルドレアに率いられてガレオンへと飛び移り、カットラス(※水夫や海賊に好まれた短いサーベル)片手に勇猛果敢な闘いぶりを見せる美少年・美少女海賊達の姿に、奴隷船の水夫達は誰もが恐れ慄いた。
そして、相手が戦慣れした兵士でなかったのも幸いし、呆気なく奴隷船はジルドレアの一味に拿捕されたのでる。
「──よし! みんなよくやってくれたね! じゃ、さっそく奴隷の選別をしようか。美しい子達だけ残して後は売っ払おう。いらない船員はどっか島へ捨ててこうかね……ああ、そこの君! カワイイ顔してるね! うちの一味に入らないかい?」
占領した後、奴隷船の船員達を全員縛りあげると、彼の目的である目ぼしい黒人奴隷のピックアップをジルドレアは始める。また、運良く未成年の水夫も幾人かいたので、好みの顔の者には声をかけて仲間に引き入れた。
さらには思わぬ副産物として、ジルドレア達はもと重武装ガレオンの奴隷船──ラ・コンコルディア号を手に入れることとなった。
せっかくの戦利品、これを海賊船として使わない手はない。彼はこれにカノン砲を再び追加装備し、もとの重武装ガレオンへと戻すと、〝
ちなみに海賊船としては全然必要ないのだが、船内には美少年・美少女達と楽しむためのジャグジー風呂も増設されている。
「さあ! 最強の海賊船も手に入った! 世界中の美少年・美少女を集めて、この新天地に僕らの理想郷を築こうじゃないか!」
生まれ変わったガレオンの船首楼に立ち、美少年・美少女のみで構成された一味の海賊達に、ジルドレアは嬉々とした顔で決意表明をする。
この一件で、図らずも彼の背徳趣味ばかりか、ますますその兵力も拡充することとなったジルドレアは、トリニティーガー島でも一目置かれる、海賊団の船長として広く知られることとなる……ま、実際は恐ろしい海賊としてというよりも、ロリコン&ショタコンのヤベえやつとしての方が有名だったのであるが……。
そして、彼とはまた別の意味で背徳的な存在、プロフェシア教会により所持・使用の禁じられた魔導書を専門に狙う、風変わりな海賊〝禁書の
(La Moustache Bleue 〜青髭〜 了)
La Moustache Bleue ~青髭~ 平中なごん @HiranakaNagon
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