Ⅱ 背徳の目覚め
こうして、世間的にはエジュノー鎮圧の武功を立て、ますます優秀な軍人としての地位を確立するジルドレアであったが、それ以降、なぜか彼は表舞台から姿を消し、所領にあるチャントセー城に引き篭もってしまう。
では、居城に引き篭もって彼が何をしていたかといえば、それはけして許されざるべき、背徳的な欲望に満ちた悪魔の所業であった……。
「──みんな、そんなに怖がることはないよ? 僕と一緒に理想郷を築こうじゃないか!」
深い堀と高い城壁により、外界からは完全に隔絶された石造りの城……薄暗いその城内の一室で、恐怖に引き攣った顔の少年・少女達を見回しながら、興奮気味のジルドレアは嬉々とした声で彼らにそう告げる。
その見目美しい子供達は、ジルドレアの子でないのはもちろんのこと、彼の親類縁者の類というわけでもない……その子らは、雇ったならず者達にジルドレアが命じて、近隣の村々から誘拐して来た美少年・美少女達である。
あろうことか、彼はそうして容姿に優れた子供達を集め、
「大丈夫。いい子にしていれば何も怖いことはしないから……」
ギラギラと艶かしく輝く眼で舐めるように見つめながら、表面上は優しい口ぶりでジルドレアはそう言い含める。
当然、力任せに親元から引き離され、無理矢理連れてこられた子供達が自らの意思で従うわけもなく、そこは恐怖による支配をジルドレアは行った。
もちろん、それでも従わず、時に城から逃げ出そうとする子供達もチラホラいるのではあるが……。
「──黙って出て行くなんて悪い子だねえ。そんな悪い子にはお仕置きをしないと……」
明かり取りの窓もない秘密の地下室……あえなく家人に捕まり、天井から吊るされた男の子を妖艶な眼差しで見つめると、乗馬用の鞭をギシギシとしならせながら、ジルドレアは冗談めかした口調で小言をいう。
「ご、ごめんなさい領主さま! も、もう逃げたりはしませんから! もう逃げたり…はぐあっ…! あぐうっ…!」
涙目で必死に謝罪をする男の子を、狂気の笑みを浮かべたジルドレアは容赦なく鞭で叩きつける。
その折檻は反抗的な者への教育であり、他の子供達への見せしめであり、また、サディスティックな性向を持つジルドレアの欲望を満たすものでもあった。
ここまででも充分に下劣極まりない所業であるのだが、さらに彼を悪魔へと駆り立てたのは、オフランソ・プラレーリュという自称〝錬金術師〟である。
「ご主人さまの楽園建設、不肖、このプラレーリュがお手伝いいたしましょう」
口髭を生やしたその痩せ型の男は、イヤらしい笑みを浮かべながら慇懃に頭を下げる。
雇ったならず者経由で売り込んできたその錬金術師は、怪しげな薬品で少年少女の誘拐やその洗脳を手伝ったり……
「彼らのように純粋で完全な存在になるためには、彼らと交合し、
と、独自の錬金術理論で性魔術をジルドレアに勧めた。
「うむ! それこそが卑金属を貴金属に、汚れた人間を純粋な存在へと変える
見るからに怪しく、いかにも詐欺師っぽいオフランソではあるが、それはジルドレアの到達した真理と、もともと彼が持っていた性癖に極めて親和性の高いものであった……すっかり信じ込んだジルドレアは少年・少女らを相手とした性魔術に傾倒し、彼らを肉欲の対象にもしたのである。
こうして、錬金術の薬と恐怖による洗脳で子供達を支配し、なんとも背徳的で悪趣味な
城の奥深くで起きていることは外部から覗い知れず、また、彼の洗脳は強力であったために、ジルドレアの楽園はその存在すら知られぬまま、しばらくの間、何事もなく密かに営まれ続けた……。
だが、盤石に思われた彼の楽園も、いつかは終わりの時を迎える。
それは、宗教的行事のために地元教会の司祭サンチャ・デ・アエンヌが城を訪れた時のこと。
「──お助けください神父さま! 僕達みんな、ここでひどいことされてるんです!」
「うむ。もう大丈夫じゃ。そなたらを救うためにわしは来たのじゃからな」
連れて来られて日がまだ浅く、比較的洗脳の浅かった男の子の一人が隙を見て司祭に助けを求め、それを発端にジルドレアの悪事が発覚したのだ。
いや。実を言うと、近隣の村々で頻発している少年少女の失踪事件に教会やアルビターニュ領主も不審感を募らせており、ジルドレアへの疑いを持ったサンチャ司祭は、密かにその証拠を掴もうと探りを入れていたのだ。
その後、少年を匿って城を後にしたサンチャ司祭はアルビターニュ司教区へすぐに告発。早々、異端審判士と領主の軍がチャントセー城へ差し向けられた。
「──城の中はもぬけの殻だ! やつはどこへ行った!?」
ところが、子供達は無事保護することができたものの、異端審判士達が到着した時にはもうすでに、ジルドレアとその胡散臭い協力者の姿は城のどこを探しても見当たらなかった。
背徳極まりない行いを続け、さらにはプロフェシア教の禁じている魔術にまで手を出したのだ。捕まれば、たとえ武功のある騎士といえども異端の罪で極刑は免れない……鼻が利くことにも当局の動きを素早く察知したジルドレアとエセ錬金術師は、一足先に城から逃げ出していたのである。
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