エピローグ 村娘と王女様
鬱蒼とした森の入り口に、二人の騎士が立っている。
ひとりは、漆黒の長い髪に、銀の瞳をした女性。
もうひとりは、薄茶色の編んだ髪に、翡翠色の目をした少女。つまり、私。
「わざわざご自分で捜索に来られる必要はありませんのに。クラリス・フォン・エルド
「騎士服を着ている時には団長と呼んでおくれよ。ただでさえマチルダもお小言がうるさいんだから」
クラリス様は肩をすくめて、「デスクワークが全然終わらない……。私はやはり王には向いていないのだ……」と少し疲れた様子で言った。
クラリス様に王になって欲しいか、という問いには、紅騎士団は全員一致で否だった。
「クラリス様に似合うのは、星々に勝手に託された青薔薇よりも、紅薔薇のマントの方だろう!」
しかし、国民たちの意見をまとめると、指導者がいない状態というのはどうしても不安だから、ぜひクラリス様が王位についてくれないか、というのが多数だった。
そこで、なんとかクラリス様を紅騎士団長のままでいさせるために、我々はいろいろと画策して最終的にこうまとめた。
つまり、クラリス様は才能や人柄では次期王にふさわしいお方ではあるものの、唯一王として難点なのが、占星術にあまり優れず、「青薔薇人でない」ことである。よって、クラリス様は「代王」として執務を行い、国を運営させながら、天の啓示を受けることができる次世代の予言者が現れるまでの一時的な間つなぎとなる、と。
そう。クラリス様が青薔薇人であると知っているのは、紅騎士団の者と師匠だけなのである。私たちはそれをいいことに、都合の悪い事実を隠蔽することにした。
「騎士の美徳は誠実さじゃなかったっけ」とは、オリバーのこぼした言葉だ。
まあ、これも国とクラリス様に誠実であるゆえなんだから、多少あくどいことしたって許されるでしょう。首を傾げるオリバーにそう言ったら、「クラリス様を王にしたくないのは完璧にお前たちの私利私欲だろうが!」と怒られた。仰せごもっとも……。
でも、クラリス様を王にできないのには、ちゃんと切実な理由もある。
まず、クラリス様が予言を行うことができないというのは本当だ。青薔薇人でありながら一度即位の儀を失敗したために、クラリス様は特殊な形で予言者になってしまった。そんな異例な存在であるクラリス様をアステロイド殿に近付けたりしたら、何が起こるか分からなくて危険だというのが師匠の見解だ。
そんなことを聞いたら、なおさら私たちはクラリス様を王にしたいとは思えない。特にトラウマがあるマチルダさんなどは、アステロイド殿の入り口をセメントで封鎖してしまうほどの激しい拒否反応を見せた。
いくらなんでも、一応神聖な建物とされるアステロイド殿にそんなことをしていいのだろうか? そう尋ねれば、マチルダさんはふんと鼻を鳴らして肩につけた腕章を示して、
「今の私は姫さんの臨時執務官だぞ? 不都合なことがあったら権力にものを言わせて黙らせるだけだ。よって、黙れ」
と返してきた。
マチルダさんが吹っ切れたのはいいことだが、吹っ切れすぎて騎士の美徳どころか、一般的なモラルや法の意識も捨て去っているような気がする……。上官がこれなら、私たち部下もこんな風になるのも道理だろう。
また、そんな不安定な状態にあるクラリス様を下手に王位につけてしまえば、太陽系とエリスとの戦争が再発した時に天と地がより大規模に連動して、セント=エルド大王国全体が丸ごと戦いに巻き込まれてしまうかも知れない。そんな人間の手に余る代理戦争なんてとてもやってられないのだ。
こうしてクラリス様は代王に就任し、隣国との宥和政策を計画するかたわら、メデューサたちの居住区拡張と偏見の撤廃も進めている。これには国民からの激しい抵抗があるかと思われたけれど、少なくとも王都では、意外に好意的な意見が多かった。あのアナスタシアとの決戦の夜に、ベータさんの話を聞いたのが影響したようだ。
そして旧ボライトン領でも、メデューサと人間との共生が目指されている。お互いに虐殺し虐殺され、確執は大きいが、領主を失った地で生活していくためにも手を取り合おうという動きがあるらしい。それをいったん隣領に戻った師匠とパトリックが手助けしていると聞いた。
こまめに手紙をくれるのはいいんだけど、「今日は兄上がちょっと目を合わせてくれました」「食事に誘ったけど断られました。やっぱり嫌われてる……」とか気持ちの浮き沈みをいちいち報告してくるのは、私もオリバーも微妙な気持ちになるからやめて欲しい。
私は私で師匠から「クソ親父を強制隠居させてから領の経営もしなくちゃいけなくて忙しさで死にそう」「徹夜で目が開かなくてパトリックのこと睨んじゃったかも……どうしよ……」とかいう内容の手紙を頻繁にもらってうんざりしているんだから。さっさと仲直りすればいいと思う、あの二人。
そんなこんなでゆるやかに、この国はいい方向へ進んでいる。大波乱だったあの夜のことが徐々に人々の記憶から消えていく中、ただひとつ、解決していないことがあった。
「魔女の森が、それほどの魔境とは知らなかったな。こんなに探索しても、遺体のひとつも見つけられないとは」
クラリス様の呟きに、私は首を横に振った。
「いいえ、クラリス様。森はどこでも、これぐらい恐ろしい場所なんですよ。一方で、行き場を失ったはぐれ者たちを匿ってくれる優しさもあるんですけど」
「……アナスタシアが、生きて森の中に隠れ住んでいると言うのか?」
「マチルダさんが打ち込んだのは黄金の矢でした。後から聞きましたが、太陽の光で作ったその矢は、苦痛なく即死させる銀の矢とは対照的に、大きな苦しみを与える代わりに、即死はしないようになっているそうですね」
それは、苦しみ悶えて死ねというマチルダさんの憎悪がそうさせたのか、はたまた、ほんのわずかな慈悲のつもりだったのか。
分からない。が、とにかくアナスタシアは、あれだけのことをしでかしても、まだチャンスを与えられたということだ。
そのチャンスを活かしてほしいと願う人間は、ここにいる。アナスタシアにはまだ家族がいる。
愛されやがって、羨ましいなと内心ふくれっ面になりながら、クラリス様に言った。
「アナスタシアに生きる意志さえあれば、この森で泥水すすっても生き延びているでしょう」
「そうだといいな。まあ、ぐずぐず考えていても仕方がないか!」
空を仰いだクラリス様は、からからと笑って「さあ、行くぞ!」と気合を入れた。
「ええ、行きましょう」
私が斧を握りしめて応えると、クラリス様はふふっと微笑んだ。
「意気込んでいるな、ルイーゼ。ついて来てくれてありがとう」
そして、私の頭を撫でようとしたが、直前で伸ばした手を止めた。
「クラリス様?」
私が不思議に思って見上げると、クラリス様は何かを思案している様子だった。
やがて、クラリス様は私に向かって、握手を求めるように手を差し出してきた。はにかみながらクラリス様が言う。
「いや、君もすっかり頼れる部下なのだから、子供にするみたに頭を撫でるのは失礼かと思ってな。私は君を騎士として対等に信頼しているんだ、ルイーゼ、特にこんな森においては」
最後の言葉を冗談めかして話すクラリス様に、私は湧き上がる嬉しさでほんのり熱をおびた頬をごまかすように、すました顔で手を取った。
「当然です。だって私は……」
木こりのルイーゼですから。
こうして村娘と騎士は、森で眠るお姫様を助けるための旅に出たのでした。
村娘の逆襲~大好きな王女様のためなら、逆行して騎士にだってなります!~ 三ツ星みーこ @mitsuboshi-miiko
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