第14話【ダリー】
僕と店主が署名したなめし革の書類に〝焼き印〟が入れられ、作成した二通のうち一通を手渡された。もう一通はこの奴隷商社で保管するらしい。
その書類には得体の知れない文字が並んでいるのだが、なぜだかそれが理解できてしまう薄気味悪さがある。かといって元の日本語を忘れたわけでもなく、受け取りの〝サイン〟のように、漢字で通ってしまった。この世界の住人からすれば得体の知れない文字であるにも関わらず、文字について店主はなにを指摘するでもない。言ったことはただこうだった。
「その書類が所有証明書です」
かくしてラムネさんの所有者が僕だという証明書類を受け取ってしまった。本当に正真正銘、僕の所有物になってしまったらしい。
店主に「森へはラムネさんもいっしょに行っていいか?」と訊いたら、「もう旦那様の女奴隷ですよ」と戻ってきた。もはやどうしようと勝手らしい。
そんなわけで森の中、僕とラムネさんを先頭にダリーという名前の店員(?)が三十人ほどを率いて着いてくる。全員が
しかしこのダリーという男、三十人を任せられるというのは店の中では意外に偉いのかもしれない。人身売買で偉くなるというのも、かなりアレだが。
ダリーという男はまったく無駄口をきかない男で、魔物が出る森の中を黙々と着いてくる。もっとも魔物も僕が退治しすぎたせいなのか近頃トンと遭遇しなくなっているが。
「ダリーさん、」と後ろを歩く男に話しかけてみる。
「なんでしょう?」と後ろから声。
「着いてこられますか?」
「仕事ですから」
「……」
なんか、人と会話を成立させるって、けっこう難しい。
森の中に目印なんて無いはず、普通はそう思うだろう。だがこの森の中で、たぶん一年くらい過ごしてきた僕にとっては勝手知ったる街のようなもの。
唐突にふと思った。ラムネさん、確かに着いて来ているよな……奴隷商人の所へ着いて以降、いるのにいないみたいになっている……
なにか無視されているというのか……ラムネさんも表情が固いというのか……まあひとけの無い場所で男三十人と女の子独りでは——
おっと!
「いてっ!」
横を見ながら歩いていたらこの体たらく。危うくスッ転ぶとこだった。起き上がるときにダリーと視線が合う。ただ立ち止まっている。
(何してるんです?)と言わんばかりの顔をしただけのダリー。本当に無駄口がない。
それからも黙々、黙々と歩き続け、どれくらい歩いたか。疲れ疲れて機械的に足を交互に前に出しているといった感覚の中にどっぷり浸かり続けていると、
ガサッと茂みから異音。右後ろ!
オオカミ⁉ もうこっちに突進! しかしドサッと崩れ落ちる音。
倒れたオオカミの所へ。
「目が三つある」
「魔物なのか?」後ろからダリーが訊いてきた。
やがてしばらくすると三つ目のオオカミは
誰もなんの感嘆の声も無い。何が起こったのか分からないから、だろうか。〝無双〟といっても多少は外連味を見せなければ誰も凄いとは思わないということか。
やがてあの大木のところへ。そしてうろの正面から二十二歩。
「すげーっ!」「なんだこりゃ!」「またあった!」
「お前らそれは落ちているもんじゃない! この旦那の埋蔵金だぞ!」ダリーがどやしつける。皆がその声に従い無駄口をきかなくなる。
「旦那がいるせいだろうな」ダリーが独り言なのか話し掛けてきているのか、どちらともとれる中庸なことばを発した。
「そう?」
「盗めば旦那が黙っちゃいない。そう思うから真面目に振る舞う」
「僕は怖がられているのか?」
「そりゃ無双だからな旦那は」
集められた
「もう無いだろうな?」ダリーが再三念を押す。「ありませーん」「無いですや」等々、もう残っていないという趣旨の返答が戻って来る。
「旦那もずいぶん大ざっぱですね」ダリーが言った。
「そう?」とまた同じ反応をしてしまう。
「もっと深く掘って丁寧に埋めてあるのかと思いましたよ。薄く上に土をかけてあるだけ。ほとんど隠す気無いじゃないですか」
「深く掘る道具が無いし」
「無双でも穴を掘るのは難しいということですか」
それを聞いて男達がワッハハと一斉に笑い出した。
「これだけで何人くらい女奴隷を買えるもん?」雰囲気が良くなった(?)と判断し思い切って訊いてみた。
「全員買えますね」
「え? 全員」
「在庫分はということです。一応数を言っときますと二十二人です」
在庫……
「そうそう。店主から言われているんですよ。現物を確認し次第、その場で契約を結べ、と」
「もう契約?」
「店主はそういう人です」そうダリーは言うと平鞄の中から〝あのなめし革〟を取り出した。そうしてダリーは同じく取り出したインク壺の蓋を開け、その中に付けペンを突っ込む。
「二十二人ってことは倍の四十四枚書くんですか?」と思わず訊いてしまった。
「そんな事はしませんよ。二十二人の名前は既に書類に書いてありますので署名は二枚だけで結構です」ダリーは答えた。
そしてご丁寧にというか当然か、なめし革の下にボードのような板まで敷いてくれ、それらをペンとともに手渡された。ラムネさんの時と同様に指示された位置に漢字でサインを記していく。
二枚書き終えるとその書類を手渡した。それに目を通していくダリー。
「確かに」と言ってダリーは平鞄の中に大切そうにそれをしまった。「書類は商会へ戻ってから焼き印を入れてお渡しします」とそう言うや、これで緊張感がほぐれてしまったのか、
「こういう
しかし今さらこれを言うのに何の意味があるんだろう?
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