第12話【〝女奴隷〟を売る商人】

 奴隷は奴隷でも女奴隷を専門に扱う業者の本拠は意外に地味というかマトモで、明治時代の商社のような建物をしていた。『女奴隷専門商社』など元の世界ではあり得ない会社だがここは異世界。今その建物のロビーのような場所、応接セットというのか商談スペースというのか、そうした一角の革張りのソファーに、並んでラムネさんと座っている。


 狭い敷地に大量の奴隷が押し込められ周辺に異臭をまき散らしているというイメージはあっさりと覆された。逆に異臭を指摘されたのはこの自分だった。


「ずいぶんと臭いますね」

 当然僕らを一番最初に相手にする人間は下っ端だろうが、真向かいの、やはり革張りの椅子に座ったその下っ端にこう言われてしまった。異世界なので当然その下っ端のナリが日本のビジネスマン風になるわけではないが、人間から涌いてくる個々人のオーラというものはどの世界にもある。その下っ端の雰囲気がまたまた意外にもなのだ。

 女を売り買いしていると聞いただけでヤクザか半グレが出てくると思うだろう。だが違っている。これが俗に言う〝インテリヤクザ〟というヤツか?


 しかし面会するなり開口一番〝臭い〟に言及したこの男は自分に対する応対もそこそこにラムネさんの顔を入念にチェックし始めた。じろじろ、じろじろと。隣に座るラムネさんの顔が緊張しているのが横顔にも分かる。こんな所に良い思い出などあるはずもないだろうから無理もない。ひとしきり外観のチェックを終えたらしい男はこう言った。

「店主に報せて参ります。すぐに戻りますのでどうかこのままお待ち下さい」


 『店主』とは『社長』のことだろうか? 何の用事で来たのか言ってもいないのに、いきなり社長が相手をしてくれるのか?

 そう思っている傍からもう男は奥へと引っ込んでしまった。とっさに周囲を注意深く観察するとヤクザの事務所よろしく逃げられないように入り口をふさぐとか、そうした様子も見られない。


 こっちが何者か、既に感づいているのか? そうとしか思えない。


 本当にほとんど待たなかった。先ほどの男が〝店主〟とやらを伴いもう戻ってきた。

「私が当商会の店主です」と実に簡単な自己紹介の後、真向かいの椅子に座った。先ほどの男は隣の席が空いているにも関わらず座らずに傍で直立不動。やおら店主が恭しく言った。

「わざわざのご足労、誠にありがとうございます」

 まるで拾い物を届けに来てくれたと言わんばかりだ。〝そうではない〟というのを早めに明らかにしておいた方がいいんだろうな。

「いや、要件があって来た。このラム…でなくて、女奴隷をぜひとも買いたいのだが」

 言っちゃった! こんな台詞を自分の口で言うなど信じられない!

 店主の反応はというと、僅かに困ったそぶりを見せ、

「あいにく、その女奴隷は既に売却済みでして、」と口にした。

「しかし、聞けばまだ全額支払いが済んでいないとか」

「そう言われましても〝二重売買〟は当商会の信用に関わりますので」

 〝奴隷〟を売っていて信用もなにもあるか。とは思うが今は思うだけにしておいた方がいいだろう。


「その人はもう支払ってはくれないですよ」

 それを言った途端、一番最初に僕らを応対した男が腰をかがめ聞こえるような小声で店主にささやいた。「〝何かがあった〟として女奴隷だけ戻ってくるなんておかしいですよ」

 その声を僕の耳は拾っていた。しかし、

「黙ってろ」と店主は短く静かに口にした。たったこれだけでささやいた男は沈黙してしまった。

 店主はもう何事かを察したらしい。

「あのお方は残金はこれから取ってくると言って〝前金〟だけ置いて行ってしまわれたわけですが、」と探るような口ぶり。

「どこからとってくるつもりだったんでしょうね?」とこちらもかなり白々しく反応を打ち返す。

「では旦那様がこの女奴隷の残金をお支払い下さると?」

 僕は〝旦那〟になったのか。

「そのつもりです」

「払えますか? 成約時は新品でしたから」


 〝新品〟というのは『処女』ということだろうか。


「その値段で残金を支払わせてもらいたい」

「ふむ、」と言って店主はこちらを上から下までなめ回すように観察し始めた。


 しかしいっこうに『今いくら持っているか』など訊いてくる様子が無い。きんを持参していることを言った方がいいのか?

「取り敢えずこれだけ持ってきた」と言いソファーから立ち上がり、ジーパンの前後のポケットにそれぞれ詰め込んだきんの小粒をテーブルの上にざらざらと積み上げる。終いにはポケットを引き出しひっくり返してまでして念入りに残らず全てを取り出した。

 しかしそれら積み上がったきんについて店主は感嘆の声を上げるでもない。しかし『このきんはどこから?』と訊かれないだけマシとも言える。

 店主が口を開く。

「私どもとしましては『代金の問題』なんですが、純粋に『代金の問題』でもない」

 ?

「どういうことでしょう?」

「誰だか分からん者に売るわけにはいかんのです」店主が言った。


 こんな世界でも〝身分証〟が要るのか⁉ とっさに傍らに立つラムネさんを見ればその目にまったく動揺は見られない。

 想定内? 何もしなくてもどうにかなるということか?


「——時に旦那様はずいぶんと変わった身なりをされておいでだ」と店主が続けた。

 

 どういう意味だろう?


「おい、」と店主が傍らに立ちっぱなしの男に命令調に声を掛けた。「——アレを持ってきてくれ」

「『ステータス・オープン』ですね?」男が店主の意志を確認した。

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