第11話【とても立派な塀】

 特別異音がしたわけでもなく、なにかの気配を感じたわけでもないのに勝手に目が覚めた。右へ顔を向けるとおよそ3メートルばかり離れたところで、ラムネさんがまだ寝息を立てている。左斜め前に視線を投げれば『ナアロゥプ』なる街を延々囲っている塀が朝の光を浴びている。

 改めてラムネさんの方を見る。


 この距離、なんとも微妙な距離感だ。遭遇したのが昨日の朝だから知り合っておよそ24時間か。信頼など無くても当たり前と言えば当たり前。しかしどこか〝この自分は利用され騙されているのでは?〟という感覚も抜けきらない。


 何しろかねがらみ、というかきんがらみだ。


 今日僕は大散財をする予定になっている。ラムネさんのローン残金(?)を引き受け、その上『女奴隷』を爆買いすることになっている。


 本当にこんなことやっていいのだろうか?


「うぅん」とラムネさんが目を覚ました。

「あっ、おはよー」「おはようございます、ロクヘータさん」

 寝起きの女の子と〝おはよう〟の挨拶を交わすというのもなにげに初体験だが今はどうも不安の方が先に立つ。

 取り敢えず一番気になることを訊いてみた。

「街の入り口の立派な門から入って、番兵になにか咎められたりしないの?」と。

 〝番兵〟なんてことばは、元いた世界では死語であるのは間違いなく、そこは〝警備員〟かなにかになるところだがココは異世界ゆえ思わず〝番兵〟と言ってみたくなった。

「ふつうに言われます。わたしも。ロクヘータさんのそのお召し物ではふつう以上に言われます」

 思いっきしマズイじゃないか!

「どうやって中に入るの?」

 ラムネさんは城門の向かって左側に伸びている塀の彼方を指さした。

「昼まではかかりません。そこの所まで歩けばこの塀は壊れています。そこから出入り自在です」

「はいっ⁈」

 なんて杜撰な。これってもう〝正門警備している意味ないじゃん!〟と思うしかない。異世界の、このなんといういい加減感。


「理由はあります。その塀の壊れている辺り、あんまり安全じゃないです。住んでいる人がそういう人ばかりです。そういう所でも比較的安全な時間帯というものはあります。それが真昼前後です」

「とは言え僕にはどうにかできそうだけど」

「よほど危なくなったら〝どうにか〟するのは仕方ありませんが、ロクヘータさんの能力を街の中で解放してしまったら、ふつうに殺人犯人になります。森の中なら取り繕えることでも街の中では難しいです」

「……」


 これは……、やはり情報を知ると知らぬとでは大違いだ。この先ラムネさん無しにこの世界を渡っていけるのかどうか……

「では行きましょう」と高らかに宣言する(?)ラムネさん。

「うん」と同意するしかない自分。


 森の辺縁部をひたすら辿るように歩き続ける。緊張感が先に立ち、〝楽しくお喋りしながら〟とはとてもならない。



 歩いて歩いて歩いて、歩き続けていると、あの立派だった塀がだんだんと立派に見えなくなり、雑草に襲われ完全に立派ではなくなり、やがて完全に崩れ、石材が散らばっているだけという状態の所へと出た。


 ほんとうだ。


 『嘘を言っている』と思い込んでいたわけではなかったが、明らかにラムネさんの言った通り。

「あそこ辺りから中に入れます」ラムネさんは言った。



 塀がすっかり崩れ石材の小山と化しているその場所から『ナアロゥプ』の中に入ると、そこには一目瞭然な町並みがあった。その町並みぶりときたら見ただけで〝近づかない方がいい〟という、いつぞや見た海外ニュースのどこかの街のようだった。


「悪い人ばかり住んでいるわけじゃないんですけどね」そうラムネさんは口にした。だが、「—でも全速力で走りましょう」ということばと同時に駆けだした。慌ててその後を追う。

 ラムネさんはけっこうな俊足で、自分も長距離が苦手だったのに必死で走り続けその後を追う。追いながら町並みを見てみても見かけたのは歳をとった男たった一人。ラムネさんが〝昼が一番安全〟と言ったのが解ったような気がした。


 どれくらい走ったか、けっこう走ったか、その地区を駆け抜けると出た先は〝繁華街〟のようであった。人通りもさっきまでとは雲泥の差。

「もうゆっくりでいいですよ」ようやくラムネさんから〝安全宣言〟が出た。そのことばを聞いて速度を緩める。


 はあ、はぁ、はあ、はぁ……

 体力、というか持久力までは無双にはなっていないのだと期せず実験をしてしまった。魔物なんてのは向こうから勝手に襲ってきて食べ物などはその辺の葉っぱをちぎって噛み込めばそれで食料になってしまうという振り返れば自堕落な生活をしていたと、そう思わざるを得ない。


 割とサバイバルしてない——


 などとくだらないことを考えていると通行人達が気づいていながら見て見ぬふりをして通り過ぎて行っていることに嫌でも気づかされる。必ずチラと視線をこちらに向ける。

「ごめんなさい。あまりゆっくりでも良くないかもしれません」ラムネさんはさりげなく前言撤回をしていた。半分以上視線の原因は半裸のラムネさんだろう。

「ど、奴隷商人の館ですね?」と訊く。

「はい。さっそく行きましょう。着いたら何を言うかは頭に入ってますね?」


 ラムネさんのローン残金の肩代わりと、有り金全部はたいての女奴隷の爆買いだったよな。念のためそこいらを改めてラムネさんに確認すると。

「そうです、その通りです」とうなづいてくれた。

 ラムネさんを先導役に、ただその後をついて行く。

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