第54話 夏を残す
「言っていることはわかるんだけど、全く理解できないな」
街で合流してすぐ、興奮のままに説明をした。俺たちが直面した出来事を、ありのままに。
すると同期たちは口を揃えてそう言った。松山さんもそうである。
「地方に伝わる昔話みたいだネ。そういう講義もあるから履修したらどうかナ」
「おとぎ話みたいかもしれないけど、違うんだ」
「おい黒辻、お前がついていながらどうしてこうなった。銀城、頭に何かぶつけたんじゃないのか」
「違うっつーの。ルーがその証人だ」
「あ、初めましテ。引率の松山でス」
「何を言うか。初対面じゃないぞ。森で会ったじゃないか」
それからこの擬人の法で自分をかたちづくった龍を交え、経緯を語った。
「いや信じられませんけどぉ」
「龍に勝つってなんだ? わからん。百歩譲って擬人の法だ、それは聞いたことがある。しかし龍ってあれだぞ、そんな勝てるとかそういう話じゃないだろ」
「ルール上で拾った勝ちだ。あくまでも競技だったから」
「すごいなあ銀城くん。僕も戦ってみたかったなあ」
カヤマの感嘆に、ルーが興味示した。
「戦の子か。お前ならいいところまでいくんじゃないか。我々が真の姿だったとしても」
「まずあんたがあの時の龍ってのもな、信じられん」
「なるほど。それもそうだが、今ここで元に戻っても混乱を招くだけだろう。だから」
と、指の先だけ龍の姿に戻した。そして瞳が大きく変容し、肌には鱗が肌を食い破るようにして生え出した。
「翼はどうする。龍語はわかるか。牙があれば納得するか」
「……疑って悪かった」
「この子も悪い人じゃないので許してあげてくださぁい」
「ごめんねルーさん」
「そんなに気にすることないぞ。なあ?」
「魔女よ、銀城がまた調子に乗っているぞ」
「あ、うん。その辺にしておきなさい」
「魔女ってなんだよ。新しいキーワード出すなって」
そこで俺たちは立ち話をしていることに気がついた。続きは酒場で、というわけで、まだ外壁が半分ほど倒壊したままのいつもの店にやってきた。
各々のしていた仕事なんかを話のタネにしつつ時間を潰していると、松山さんが俺の腕を掴んだ。ソーセージを食うその瞬間のことである。
「紋章……? これって、六鱗の」
「うん。バルクーゼルがくれたんだ。優勝したからおまけももらった」
「本物かそれ。私たちの知らない間にタトゥーいれたんじゃないだろうな」
「サナ、サナ。だとしたら、お揃いにすると思うかい?」
黒辻が腕を出した。仰天するよりも先に、しかねないだろと苦笑されていた。
「ぐぬ、じゃあ明滅するタトゥーなんかありはしないぞ。ほら」
「ワハハ、なんか光ってんな!」
「サナ、笑い事じゃないって。二人の、あれ本物だよ」
「すごぉい」
「私もそうだが、こいつらもバルクーゼルの眷属だ。さっき話したことに嘘はないよ」
「……これ、大学側に報告した方がいいのかしラ」
「どういうこと?」
松山さんは「説明しまス」と突然意気揚々と教鞭の代わりにフォークを掲げた。
「あまりにも強い力を持った学生はその行動を制限されるおそれがありまス。人間で龍の眷属なんて滅多にいないのデ、がっつり研究材料にされるだろうシ、あれこれ面倒な調査任務を押し付けられまス」
「制限ってどんな?」
「どこに移動するにも発信器、何をするにも許可制」
「嫌だなあ」
「私も遠慮したい」
「報告する義務、あるの? 僕たちも黒辻さんたちと会えなくなるのは寂しいよ」
「私もそれには同感。義務についてだけド、そこが微妙なノ。私たちは龍との戦争に巻き込まれただけデ、きみたちの安否とか戦況なんかは伝えないといけないけド、それ以外は自己責任なのヨ」
じゃあ黙っていればいいじゃん、とサナは軽く言う。目の前の肉と酒しか見えていないようだった。
「自己責任なら、松山さん、秘密にしてくれないかな」
「お願いします松山さん。私も今回のことで経験を積み、技に磨きをかけましたので」
「ちくったら仕掛けるぞって脅しかナ?」
「いいえ。宣戦布告です。明日にでも」
「ぃようシ。やってやりますヨ」
お、なんかうやむやになったな。答えはもらってないけど、まあ報告されたらされたで仕方がない。先生にも都合はあるだろうし。
「それはいいが、ここの復興はどれほどかかるんだ」
ルーは騒がしくも風の吹き抜ける店内を見渡す。「一年くらいか」
「そんなにはかからないよ。数ヶ月くらいじゃないかな」
「カヤマといったな。建築家か?」
「ち、違うけど」
「そうか。戦士だったな」
「どういうつもりできいたんでしょうかぁ」
「多分、よくわかるなあ、わかるということは建築家だろう、そういう発想だと思う」
「龍の日本語の翻訳の達人だな。銀城、それで飯が食えるぞ。今度エルフ語でもそれをやってくれ」
「そんなわけのわからない翻訳誰が得するんだよ」
最終的に、龍と同期と先生に囲まれて、ガーデンでの戦争は終わった。
終わってみれば、夏休みもまだ十日ほど残っていたし、素晴らしいスピード解決だったといえる。
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