第53話 終戦
「じゃあ戦争は中止。それでいいな」
マレイルとの試合は確認したところ、実は準決勝だった。決勝の相手はジークで、彼が辞退したために優勝は俺に決まった。
表彰式もなく、マレイルとバルクーゼルに呼び出され、その旨を伝えた。すぐにそれが龍たちに伝播し、なんともあっけなく戦争は終わった。
「俺がいうのもなんだけど、こんなにあっさり終わるのか」
「約束は守るさ。それに、終わりというのはこんなものだ」
はるかな年長者であるだけに、無常について理解があるようだった。彼は終戦を噛み締めることもなく、バルクーゼルを睨み、
「百年くらいは、まあ様子を見る」
と、気の長い停戦期間を提案した。
「私は戦争なんてしたくはありません」
「では配下となれ」
「いやです。空は自由、化身たるこの身も、眷属たちもそうでなくてはなりません」
一触即発の気配が、またしても俺の口から言葉を吐き出させる。
「あ、百年後にまたこれをやればいいじゃん」
きみは、やはり賢いのかな。と黒辻が言う。そんなことはないが、まあお祭りみたいなものだとバルクーゼルも言っていたし、ちょうどいいじゃないか。
「……お前のところの眷属は、次も六鱗が勝つと信じているようだな」
「うふ、でもこの子のおかげで我々が勝利したのよ。ジークは、ちょっと私たちに贔屓をしたみたいだけど」
「そうだ! あいつめ、八つ裂きにしてくれようかと思ったわ!」
「え? なんでよ、贔屓ってなんだ」
「あいつは無傷で勝利したくせに、老骨をいたわりたいなどと吐かして決勝の舞台に立つこともしなかったのだ。爆炎のジークだぞ、俺を殺せる数少ない実力者だ、何が老骨! 狡猾の間違いだろう!」
すげえ人だったんだなあ。お目付役のおじいちゃんって感じだったけど。
「ねえ銀城くん」
「ん、なに」
礼儀、とマレイルと黒辻の声が揃った。
「……なんですか。バルクーゼル様」
「うふふ、あなたが優勝するとは思わなかったわ。ルーがいいところまで行くかなって、そのくらいだったの。実は覚悟してたのよ? 六鱗が四鋭の配下になることを」
そうだろうとマレイルが鼻を鳴らす。俺だって思わなかったよ。
「でも、あなたはやってのけた。ルーにも、マレイルにも勝利した。正々堂々、誇りを持って」
「や、正々堂々じゃないよ。黒辻が手伝ってくれたから」
「……私は別に」
「それでもいいのよ。たとえ死者蘇生に近い禁忌の回復術でも、肉体を破壊しかねない身体強化術でも、あなたは勝った。それが全て」
「そんな危ない魔法だったの? なんで目を逸らすの? 黒辻?」
「俺でも引いたよ。久しぶりにかなりキてる魔女をみたな」
「昔は結構いたけどねえ」
「銀城がピンチだと思ったから! しょうがないだろ!」
実際、そうである。命懸けに偽りはなく、彼女がいなければ一回戦で死んでいてもおかしくはなかったのだ。
「あはは、禁術でも体が壊れてもいいって。ほら、元気だし、勝ったし、戦争は終わったし。最高じゃないか」
「銀城くんは優しいわねえ」
「あ、そうだお前、教えてもらう約束だろう。飯に入った毒物」
「どく……! 銀城、なんだそれは。どう説明したんだ。もしや私のお手製ご飯のことをいっているのではないだろうな」
「マレイル様はもっと言葉に気をつけて。それとな黒辻、俺は全然、あの、誤解だよ。栄養剤的なものが入っていたんだよな? そうだよな?」
ニヤつく龍の長に、言おうか言うまいか悩む黒辻。命を懸けた甲斐がある景色かどうかはわからないが、死んでいれば見れなかった光景だ。
「な? 何が入ってたか一つ教えてくれるって——」
「……生姜」
「ずっる!」
「サービスでもう一つ。ひき肉だ」
「なんの」
「野暮だ」
「聞いた二人とも!? こうなんだからタチが悪いよなぁ!」
「きみが毒……毒、糞っ、ひどいことを言うからだ!」
「俺じゃない!」
「あのね、それはいいんだけど、優勝のご褒美で力を与えようと思うの」
バルクーゼルが笑いを堪えながら言う。
「力って、なんの」
「ほら、不老不死になりたいって話でしょ? でも私がどれだけあなたに力を与えても、それにはなれないのよ」
「まじで?」
「そう。ほぼ不老で、寿命はとても長い。でも殺されたら死んでしまう。そのくらいね」
それでもいい、とは言い難い。死ぬのであれば、意味がないのだ。
「もらっておきなよ」
「黒辻さんにもあげるわ」
「え? あ、ありがとうございます」
「じゃ、私に近寄って。擬人の法の最中だと楽でいいわね。驚かれないし」
気さくに俺たちの手をとって、紋章に触れた。特に違和感も刺激もなく、光が明滅してそれは終わった。
「はい。これでいいわよ」
「これで、えっと、半分くらいは龍になったってこと?」
「そんな感じね。本当の不老不死になるには別な方法を探してもらうことになるけど」
「気が遠くなるような夢だったけど、この分じゃ意外とすんなり行くかもしれないな」
入学から半年で、俺は半分龍である。来年には不老不死か、百パーセント龍になっているかのどちらかだろう。
「ありがと。うまい言葉が見つからないけど、本当に感謝してる。してます、バルクーゼル様」
「私からもお礼を。何にもしてないのに紋章と力までいただいてしまって」
「あなたがいなければ彼は死んでいたもの。縁の下の力持ちってやつね」
「魔女よ、その生き人形を手放すなよ。手軽に使える切り札みたいなものだからな」
「私は魔女じゃありません。が、忠告はありがたく受け取っておきます」
「俺、かなりひどい言われようじゃなかったか?」
紋章の龍たちは、長き間に掘られた溝を埋めるため、と理由をつけてマレイルからしばらくの逗留を申し出た。自然、お邪魔虫は帰ることになる。送ってくれるのはジークと、擬人の法を使ってルーが同行してくれる。
街近くの森までらしいので、そこからはルーが護衛だ。
「ありがとジーク。あんた、決勝戦を辞退したらしいじゃん」
「老いぼれのすることだ。気にするな」
「でもマレイル様が、あんたのことめっちゃ強いって」
「過去のことだ。あの方も長なのだから、そういう戯言は控えてもらわねば困るのに」
「私、みてましたけど、首に噛み付いてそれで終わってたようにみえたのですが」
「礼儀ある人間の娘よ。この男の手綱を常に握っていなさい」
「答えになってねえじゃん」
「馴れ馴れしいぞ銀城」
「そうだ。魔女の言うとおりだ」
「……浸透してるんですね、魔女」
「なんでもいいが、私まで背に乗ってよかったのでしょうか? しかも、まさかジーク殿の背に乗るとは」
「武名高らかな貴殿だ、むしろ誇らしいよ」
「ルーもすごい龍なんだな」
「それなりだよ」
別れ際、老龍は俺の紋章に投げかけた。
「その力は、不死ではないぞ」
「うん。でも、それに近づく手段にはなる。もったいない使い方かもしれないけどね」
「溺れるなということだ」
そして大きく羽ばたいて空に消えた。どれだけ小さくなってもその勇壮さは消えることがなかった。
「じゃあ、私たちも街に行こう」
「ルーは行ったことあんの?」
「ない。旅費をもらっているから観光して帰る」
「私の同期が案内をしてくれるよ」
「ふーん。お前らは?」
「ルーと同じで、いやもっとひどい。この世界の初心者だ」
「ふーん。まあ、なんでもいいや。さっさと行こう」
なんか楽しそうだな。きみは礼儀知らずじゃなくて心の隔意がなさすぎる。そんなことをこそこそ喋っていると、どうも聞かれていたらしい。
「それだけ不敵なら、何に出会っても平気だ。魔女黒辻、お前もそうなった方がいい」
歩き出すルーを追いかけながら、もう魔女でいいやと諦めた声がする。しかし吹聴すれば、魔女を怒らせるかもしれないので、それだけは注意せねば。
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