第50話 魔女の傑作
五分間生き延びれば勝利。自分で提案したこの変則的なルールだが、マレイルのたった一撃を躱した時点で後悔した。
相手が人間でも、実力差があればすぐに決着がつくだろう時間制限である。戦争ができるほどの眷属を従える紋章の龍の長を前にすれば、どうしてもっと短く設定しなかったのかと自分を問い詰めたくなる。
「ふっ」
マレイルの短い気合いとともに放たれる拳。どういうわけか彼は爪ではなく、握り込んでの打撃をぶつけてきた。わずかな思考の遅れが肉体にも影響し、防御した腕が激しく痛む。
俺の逡巡を彼は見破っていた。
「俺に挑む度胸をかおう。いつでも降伏を認めてやる。口が聞けなくなることはしないし、手当てが手遅れとなることもしない」
「そりゃどうも」
服の内側では腕が悲鳴を上げている。骨折はしていないだろうが、痺れが残り、肩とそこに連なる胸や首までもが軋むようだ。
攻撃は続く。反撃の糸口もないまま、痛む体よりも防戦一方の焦りと死への恐怖が精神を摩耗させていく。
「……あと二分だな」
なんとか隙を生み出そうとでたらめを言ってみた。体感では五分なんてとっくに過ぎているけど。
「馬鹿め」
マレイルが魔法で砂時計を生み出した。「これが落ちきれば五分」
イカサマはないのかと口が動くその気配が、彼を猛攻に移させた。
「残りは四分と二十秒! なんなら絶えず秒読みをしてやろうか!」
「わかった! 疑わないから、待っ、落ち着けってばぁ!」
あの人間はこちらの腕や足を折る術を用い、さらにはツレの女の呪法で身体強化をしている。
評価はこんなところだが、龍は特に解決策を用意せず、
「俺なら折られない。硬いから。強化したってどうせ人間じゃん」
と、俺とあたった龍をからかうやつもいたらしいが、マレイルはみくびってこそいないものの、人間相手だからこそどこかに油断があるはずだ。狙うのはそこであり、そこにしか付け入る隙はない。こんなの作戦ばっかりで嫌になるが、仕方がない。
こうして考えている間も、拳は閃光のように目の前を通り過ぎ、雷のような威力の蹴りが地面ををえぐる。砂時計は、半分どころかようやく一分くらいだろう。
「……意外と」
マレイルは俗っぽく、そう呟いた。この戦争を通して何人もの龍と触れ合ったが、みんなそれなりに俗っぽい。紋章の長からして思春期のようなすれ違いで戦争を起こしているから、単純というか、素直で純粋な個体も多いのかもしれない。
「なにがだよ」
会話を行うことはこの戦闘で優先すべきことのひとつだ。時間稼ぎになる。
「いや、三十数回は攻撃をして二十数回はあてるつもりだったんだ。しかし十五回だけしか触れられず、致命傷はない。人間もやるものだと」
それを数えていたことにも驚いたが、相手を認めることのできる度量にも敬服しなくてはならない。とりあえず謙遜して、だから本気を出す、みたいな展開を避けなくてはならない。
「偶然だよ。運がよかっただけだ」
「それにしてはおかしな身体と魔力を持っているな」
「筋トレのおかげかもな」
「誤魔化さなくてもいい。日頃から薬物と呪術で体の内外から鍛えているのだろう」
「誤解だって。なんだよ薬と呪術って」
「銀城、耳を貸すな!」
セコンドの黒辻が叫ぶ。マレイルはちらりと彼女を見て、喉で笑う。
「魔女から賜ったか。くっく、なるほどお前は奴の傑作か」
「何を言っているのかわからないけど、飯を作ってもらったりはするから、賜っているといえばそうかもな」
「知らぬが花だな。魔女にきいてみろ、俺になにかしていないか、飯になにか混ぜものをしていないかとな」
「きいたけど、野暮だって言われるんだよ。でも、あんたに勝てば教えてくれるってさ、その混ぜものをひとつだけ」
「あっははは! 細工をしている証拠じゃないか、しかしそうか、敗けてやってもいい気がしてきたが、それはそれとして、息も整ってきたようだな」
ばれてら。でも整うまで待ってくれたおかげで、時間は残り半分、死ぬ気で、いや死んだ気になって頑張ろうじゃないか。不死ならば感じることもないだろうこの緊張を、どうせなら楽しんでやれ。
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