第49話 たった五分

「人間がよくもまあ」

「俺だって、ここまで来れるとは思ってなかったよ」


 死にものぐるいとはこのことで、フランケンシュタインの怪物のような継ぎはぎが、身体のそこかしこにある。

 黒辻が泣きながら縫った傷を背負い、抱え、眷属の紋章よりも馴染んでしまったその光景は、ただ縫合をした彼女だけが知る。俺は痛みだけを感じ、治療中はずっと目を瞑っていた。


 傷もそうだが、勝手ながら見たくなかった。


「マレイル、様。賭けをしないか」


 泣くのはいいが、泣かせるのは嫌いだ。それが不老不死になりたい原因の一つかもしれない。そのため、手っ取り早く黒辻の心労を回復させる必要がある。怪我をせず勝利するためには、正攻法では無理だ。


「賭け?」

「そ。五分の間、俺が死ななければこっちの勝ち。それ以外はあんたの勝ち」

「馬鹿馬鹿しい」

「紋章の龍の長と人間が相手だからこのくらいはと思ったんだけどさ。他の龍なら断るだろうけど、まあ、あんたがそう言うならいいけど」

「……乗せたいようだが、勝算があるのか」


 ほれ見ろ何が馬鹿馬鹿しいだ、しっかり気になってるじゃないか。


「そうじゃない。お互いに利益があるかなって。まずはすぐに終わることかな。結果がどうであれ試合の合間に一呼吸おける。そんで時間が短いから会場も盛り上がるじゃん? いつ終わるかわからないより、きっかり五分で俺たちは死闘を演じる。きっと耳が壊れるくらいに歓声があがる」

「そんなものは欲していない」

「別に五分で俺を殺せばいいんだ。本当に欲するものは、もうすぐ手に入るんだから」


 バルクーゼルへと一瞬だけ視線を傾ける。彼は擬人の法をつかってもなお大柄な男であり、顎髭を撫でながら俺を訝しんだ。


「早く終わること。殺し合いをすること。会場が盛り上がること。これらがお前にとって有益とは思えんが」


 もう一押しだ。龍はどうやら色恋沙汰が好きなようなので、それを火種にしてみようか。


『俺はツレにいいところを見せたい。不様な内容でも、結果だけは誇りたいんだ』


 流石に龍語を使った。マレイルは俺の肩越しに黒辻を覗いた。自分のことはわかっていないくせに、俺と彼女の関係をどうみたのか、全てを察したようなにやけた顔つきになった。


「連中が騒いでいたのは本当だったのか。人間が俺たち龍の問題になぜ首を突っ込むのか不思議だったが、ははあ、なるほど」

「一応は秘めている想いだ。他言は無用、四鋭の龍は口が軽かったりするか?」

「他は知らん。が、俺が口を開けるのは食事の時だけだ」


 がははと笑い、次に目があったときにはすでに血走っていた。戦闘開始をそれがものがたっている。


 アナウンスはまだ何も告げていないが、彼の姿が視界から消えた。

 

 背中に電流が走ったような感覚がして、とっさに前方に飛び込んだ。そのまま突っ立っていたら、空間ごと引き裂きそうなあのきらりと光る爪が冷や汗で濡れているこの制服ごと両断しただろう。


『し、試合開始だ! 突然だなあんたらのボスは!』

「きっかり五分。これで二秒使ったぞ、撤回するなら今のうちだ」


 永遠があるとすれば、まさに今だ。たった五分をこれほどまでに長く感じるなんて、言うなれば、銀城九郎はこの瞬間に不老不死になった。

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