第51話 秘術
勝負において、運はつきものだろう。
相手を自分に有利な土俵に立たせ、心理的にも勝利を譲らせるように誘導し、それらは結果的にそうなっただけだけど、俺には疑いようもなく運やツキがあった。
聞いたことのない音が、俺の喉から小さく響いた。
「お、ようやくか」
幸運とは人智を超えたどこかで左右するものだが、それを覆せるのもまた運だろう。
「記念すべき百発目で、やっと膝をついたか」
疲労、精神への負担、会場には慣れたが五感を絶えず刺激する歓声。そして人間と龍という種としての差。それらが知らずのうちに俺をむしばみ、そしてマレイルからの痛打を浴びた。
かろうじて拳を躱したと思ったら、その掌が開き、爪が伸びた。引っ掻き傷というにはあまりにも大きな三つのそれが、肩から胸板を通り、脇腹へ抜けていったのだ。
こぼれる血肉、それを捧げるように跪く。龍は俺を見下ろし、降参せよと命じた。
「そのままでは死ぬぞ。俺は殺さないが、勝手に死ぬのであれば別だ」
俺に運はあった。しかし、彼の運によって覆った。実力がそれを可能にした。
密接に絡み合うその矛盾した要素に、自然と笑んでしまった。
「なぜ笑う」
「……実力もないのにここまで来れたのは、ラッキーだったと思ってさ」
「慰めるわけではないが——まあいい、それでどうする」
命は惜しい。降参すると言いかけた時、黒辻が絶叫した。
何かを叫んではいるのだろうが、人語ではなく、龍語でもない。覚悟を決めたその目つきは、この世の全てが憎いというような険しさがあった。
「魔女の秘術か。どうやら本気になったようだな」
彼の言葉に合わせるように、俺の傷口が大きく爆ぜた。そのしぶきが生き物のように一度地面を跳ね回り、自分の使命を果たすため肉体へと戻った。
まだ黒辻の詠唱は続いている。そして俺からも雄叫びが意思とは無関係に発せられた。苦痛ではなく、そうすることでしか実現している肉体の奇妙さを発散させることができなかった。
「な、なんだそれは」
マレイル、紋章の龍の長ですらたじろぐ不気味は、十秒ほど続いた。無気力に立ち上がり、傷口が完全に塞がっていることを確認する。
「俺に聞かないでくれ。何が起きたのか、俺にもわからない」
「気色悪いな。よくそんなことができるやつと一緒にいるものだ」
攻撃の手は休めず、彼は友人を罵った。いや、この場合は俺か。
「あいつはヘンなところもあるけど、いいやつだよ。俺をもの好きっていうんなら、あんたはどうだい、焦がれてンだろ、空ばっかりに」
彼はもう激怒しない。心がだいぶ開けっ広げになっている。ついていないこの試合だったが、俺には魔女がついている。それを羨んだのかもしれない。
「それをこの手に収めるのよ。文句があれば残り一分、生き残れ」
この落としかけた命は黒辻が拾ってくれた。無駄にはしない。
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