第47話 誰の力

「て、手加減はどうした! いいのか俺が死んでも!」

「かまうかぁああ!」


 拳は緩く、ビンタのかたちをしているが、なぎ払われるそれに触れたら最後、触れた箇所が削ぎ落とされるだろう。


 すでに首と腕、そして頬には数本の赤い筋が伸び、彼女の本気がうかがえる。


「どうした、龍を何匹も倒しておいて、その程度のはずがあるまい!」

「違っ……! そうだけどそうじゃないんだ!」


 半分は、八百長である。あちらの俺を勝たせようとする意気込みと、俺を目立たせるためのありがた迷惑と、黒辻のおかげで上昇した身体機能が勝利を恵んでくれただけのことで、ここまで勝ち進めたのは奇跡といっていい。


 しかし、俺に勝ちを譲った……うん、譲ってくれたんだ、たとえ骨を折って八針の裂傷をつくったとしても、奴らは俺に勝利を譲った。

 そういう連中のため……うん、そうなんだよな、お節介だけど、ありがたいことだからな。


 それと応援を続けている黒辻のためでもある。


「そうじゃないだと?」


 俺は堂々と、感謝をもち、そして勝利し続けなくてはならない。


「——ルー、御託はいらん」


 言い訳するよりも行動だ。そんな覚悟が芽生えた。が、どうも言い方が悪かったらしい。


「ははっ! ピーピー泣くのはやめたな、のってきたか!」


 彼女の昂りが伝わってくる。剣や盾があっても、鎧があろうとも役には立たないだろう爪での斬撃。しかも魔法で強化している俺よりも素早く、そして力強い。退がれば詰められ、追い討ちを避けても、その指先は確実に俺のどこかを削ぐ。

 呼吸が熱い。拍動はドラム奏者のソロパートのようで、不規則かつ高速で、自分のうちなる不調が振動として伝わってくる。


「お、ようやく構えたな」

「大橋流護身術だ」


 相手に合わせて腕を取る。そのまま極めるか、寝技に持ち込む。それだけを考えろ——


「おえっ」

「遅いぞ銀城。それでは龍は、捉えられん」


 腹が熱い。ルーの腕がそこにあって、まるで、腹からそれが生えているようだった。


「引っこ抜けば終わりだ。降参するなら、このまま治療してやる。選べ」


 黒辻からはこの光景が見えていない。俺の背がこれを隠し、組み合っているように見えているはずだ。


 おかしなことに、痛みはそれほど感じない。脳がそれを拒んでいるのか、カイロを当てているときのようなじんわりとした温さがある。


「ここから逆転したら、格好いいかな」

「そうだな。やって見せてくれ——」


 回復魔法を使っても、ルーにそれを気取られてしまえばそれまでだ。弱まる脈に合わせて腹からズボンを、そして靴を濡らす血流が、ついに地面に染み出し始めた。

 いづれ黒辻が気付く。するとまた泣くかもしれん。どうにかそれは避けたい。


(勝てば、チャラになるかも)


 怪我をしても、勝ったからいいじゃん、とヘラヘラしておけばなんとかなるかもしれない。ならば一旦怪我は忘れて、ここから勝つ方法を考えようか。


「——大橋流とやらをな」

「じゃあまずは、ごほっ、魔法から」


 血混じりの咳が、彼女の服にはねた。その爛々とした瞳は、俺の何を見てそんなにも楽しそうなのか。


「俺の先生は強いから、小細工しないとどうにもならないんだ。こんなふうにな」

「ん? ほー、魔力で紐を編んだか」


 本来は登坂とか崖下に使ったりするらしい。しかし未熟のため数メートルが限界である。

 それを彼女の腕に巻き付け、さらには腹に固定させる。


「止血か? 無駄だぞ」


 呼吸を整え、彼女の腕に自らの腕を巻き付け、それも固定。関節技は、てこの原理らしいが、詳しくは知らない。


「こうすればぶっ壊れるって、それだけ教わった。魔法で固定、物理学で折る。さあ、ごろうじろ」


 一気にルーの腕を巻き込みながら体をひねる。確かな手応えと、腹から命の危機を訴える激痛が、魔力の紐を解除させ、俺をふらりと地面に押し倒した。

 すぐさま腹に回復を施し、距離を取る。彼女の腕がだらりと垂れているのが確認できると、魔力がみなぎり、腹は次第に痛むのをやめた。


「ほー、うまく挫くもんだな」


 これで加減がしやすくなった。と片腕のハンデを楽しむようなことを言う。


「強がり、だろ? そうだよな?」

「あはは。どうかなあ。ただはっきりとわかるのは、お前がここまで勝てたのは、他人の力だけではないということだ」

「銀城! さすがだ! よっ、一年生で唯一の護身術講義履修者!」


 黒辻の言霊にも力がある。言葉だけで俺を奮起させるそれも、もしかすると魔法なのかもしれない。


「も少し見せろ。その力を」


 おっかねえ面だ。黒辻に似たそれが闘争に歪んでいる。後方からはその顔を見ずともわかる喜色いっぱいの声が降り注ぐ。

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