第45話 あたってくだけろ
覚悟はそう簡単には決まらない。長く練り上げた気合がその瞬間に血流に溶け込み、あとはやるだけだという当たって砕けろの精神を覚悟だとすれば、俺にはまだそれが足りない。
『そんじゃ試合開始!』
軽々しいそのコールは、これより死んでこいというような無情ささえあった。
「くたばりやがれえ!」
「さっきは殺さないって言ったじゃん!」
繰り出される爪での一撃を、後ろに跳ねてかわす。追撃は横っ飛びに飛んでの回避である。突撃されるもまたウサギのように逃げ惑い、学園の制服は防刃らしいが、それが擦り切れるほどに命がけだ。
「逃げ回っても勝てはしないぞ!」
そう、セルクリの言う通りである。俺にはまだ足りないものがあって、もちろん戦闘技術がそれにあたるが、気持ちの面でもそうである。
「んなこと言ったって——!」
観客席と実況は、すでにどれだけ人間が逃げられるかをおもしろがり、その実況にも熱が入る。
『人間はやはり人間か、種族の差を超えられないと自ら証明するのか! 魔法も筋肉も何もかもを圧倒されたこのちっぽけな生き物は、果たして、果たしてどういう最後を迎えるのか!』
黒辻をうかがうと、おろおろと頼るべき何かを探すように、無様な俺を見つめている。
(あ、ダメだな)
振り下ろされる爪は、幸運にも目で追える速度だった。それに体が自然と構えをとったタイミングでもあった。
『は? まじかよ』
「お前……!」
攻撃を捌くということを、龍は知っているのだろうか。腕の外側を叩き、さらに半身になっていなすと、会場がどよめいた。
「だめだぜまったく。あんな顔されちゃたまらねえ」
顎ではなく、顔面にぶちあたった拳にセルクリは鼻血を垂らした。距離を取ることなく、襟を取り引き倒し、うつ伏せにして腕を極める。力づくでは簡単に外されてしまうだろうから、即座に折った。
背中に膝をついたまま、後頭部にこつんと拳を叩きつけると、彼はうつ伏せながらも驚いた顔をした。
「参ったは言いづらいだろうから、くらったことにしてくれ」
呟くと、小さく微笑んで頷いた。
『な、なんだ。何が起こった? まさか勝った、勝っちまったのか?』
「ぎ、銀城!」
泣きべそがこれほど似合わないやつもいない。ひどい面だが、それは俺がさせてしまったもので、どうやって慰めようかと考えていると、会場のどよめきは歓声に変わった。
『勝者はギンジョー! 最高だ、大番狂わせ極まれり! 最悪なのは勝者予想が外れたってことだけ! 大損だ、まあいいや勝者に雄叫びをくれてやれ!』
何頭いるのかわからない龍の咆哮に全身が痺れる。それは勝利の余韻と混ざり、なんともいえない高揚感に包まれる。
「銀城ぉ……よかったぁ……」
感極まった黒辻が俺の腕を握り、あろうことか俺のそでで鼻水を拭った。どうやら無意識らしい。
泣くなといえば泣いてないと答えるだろう。それではつまらない。
「やっぱりセコンドがいいと選手の調子も良くなるんだな」
つまらないのは嫌だったけど、これはこれでつまらない。面白くしようとしたところで、俺にはできないのだけど。
「うん、うん。そうだよ。その通りだ。私がな、ぐすっ、いいアドバイスをしてやれたから……」
泣いてなかったらつっこむところだけど、まあいいや。なぜなら気分がいいから。
要因は何か。気配がどうとか、持ち合わせていた術がはまったとか、そういうのはあるだろうけど、覚悟が決まったのは彼女のおかげだ。
「おかげでやってやるって気持ちになれたよ。さ、引っ込むぞ、二回戦まで休みたいから」
「うん、うん。きみが死ななくてよかった。ホントは不安だったんだ」
きみが死んだら龍を皆殺しにしようと思っていた。そう言う彼女の声は真に迫るものがあって、試合ではかかなかった冷や汗が背中を伝った。
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