第44話 かたちは違えど

 闘技場のバイトは学園側に雇われ、設営だとかモギリだとかをする予定だった。


 それがどうして、龍の催す大会に、しかも出場者として参加することになったのだろうか。


「銀城、相手は擬人の法を使ってくれるらしいから、体格に有利不利はないぞ」


 黒辻はセコンドとして付いてくれた。一回戦目の始まりに俺をそう言って勇気付けたが、気持ちはちっとも休まらない。


 予選もなく、停戦中でも四百を超える腕自慢がつどった。いかれた龍のトーナメントに、人間がぽつんと出場している。


『停戦くらって野良犬みたいに飢えてる野郎ども! 六鱗と四鋭合同の大会だァ、優勝目指して張り切って行こうぜ! 参加しねえ腰抜けはオッズと勝負しろ、参加者全員の勝ちと負けを当てた奴にはとっておきのご褒美があるからよう! 無論、キラキラ光る大好物もなあ!』


 実況はルーの友人である。やかましくも勇ましいそれは、スピーカーなんて使わなくても雄叫びとして千里を駆けるだろう。


「参加者多過ぎだね。何回勝てばいいんだろうか」

「俺が勝つなんて無理だって。相手は龍だぞ、武器もないし。それに予想だって、誰が実力者かなんてわからんぜ」


 空からは時折血が降ってくる。一回戦を先に始めていた龍が取っ組み合い、人間用にあつらえられたステージを赤く染める。


 半径十メートルの円形のリングが、もしかすると俺の墓所になる。


『虐殺ショーか、はたまた大金星か。一回戦の見所にはならねえが、人間と龍のガチンコは始まるぜ、賭けろお前ら賭けるぜ私、暴虐のセルクリになぁ!」


 黒っぽい鱗に太い手足。跳躍し空中の獲物を仕留めるのだろう、爪はかぎ状で、翼は前足に膜のように張っている。


『対するは人間、噂では愛しのルーの恩人らしいが、試合になったら関係なく進めるぜ。死んでも文句は言うなよォ。ギンジョー、リングインだ!」

『誰が愛しのだ!』

「何を吠えているんだあいつは」

「……まあ、頑張れ人間ってところだ」


 擬人の法により、セルクリの姿は髭をたくわえた四十代の大柄な男に変わった。武器はないが、鋭い爪と犬歯は人を容易に切断できそうだ。


(できることは大学で習った護身用の大橋流と、多少の魔法。武器はちゃちだし、使い慣れてない。なので使わない)


 ステゴロである。相手もそのつもりだし、油断しているのが手に取るようにわかる。そこになんとか勝機を見出せなければ、呆気なく死ぬだろう。


「銀城、顎だ。顎を狙え。なんかの雑誌に書いてあったぞ。脳震盪がどうとか」

「お別れの言葉を言ったほうがいいか」

「え?」


 彼女はお気楽に祭りを楽しんでいる。それをぶち壊しにするようで悪いが、言っておかなくてはならない。不老不死の敵は時間の場合もあるが、多くはそこらへんにいる生物である。


「楽しかったじゃ不満なら、別なのを探すけど」


 リングインのコールがもう一度。急かされても、俺は何かを伝えなければならない。


「……えーと、いや、死ぬわけじゃないさ。やばくなったら降参しなさい」

「そうか。じゃあ、なんだ——いいか、なんでもない」


 あやふやになったが、これで後悔するということもないだろう。どうせ死ぬときは一瞬だ。


「あ、銀城! 何か告白することがあれば!」


 背を向けてすぐ、後ろ髪を引かれる。告白といっても、秘密にしていることはない。


「お前に友達ができて嬉しかった。これは言ってないよな」


 背中で手を振ると、対戦相手のセルクリは俺たちを眺めながら、どこか俺の父さんがたまにするような微笑みをみせた。


「あれ、彼女か?」

「友達だよ。俺じゃ釣り合わないだろ」

「ほー、手加減した方がいいか? 顔はやめてくれとか」

「じゃあ、殺しあいはなしがいいな」

「よし。じゃあ、殺さない程度にやるよ」


 優しいのか甘いのか。それでも約束してくれるだけましだ。たとえ嘘でも、舐められているうちが好機である。

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