第42話 思わぬ方向

 バルクーゼルの元をたって四日後の夜、四鋭の長、マレイルに謁見することが許された。

 拠点は岩の谷である。岩山がくりぬかれたような荒々しい大地に、マレイルはいた。どの岸壁も見上げるほどにそびえているのだが、この龍はそれを顎を乗せる台程度にしか使わないスケールの大きさに、五感の一部が痺れる。


『でけえ』

『あ?』

「おい、自然に龍語を喋るな。なんて言ったんだ、粗相はするなとさっきも言っただろう」

『あ、その巨躯に大変感服しておりました』


 だからなんと言っている。黒辻に叱られながらも膝をつくと、マレイルはこの一応の礼儀にジークを睨んだ。


『バルクーゼルの使者は、いつから人間になったのだ』

『これが初です。どうやらあなた様と彼女の因縁を承知で参ったようです』


 マレイルの上顎がわずかに持ち上がり、そこから火炎が放たれる。とっさの黒辻の障壁は簡単に砕け、しかし保険として施してあった防御呪文がそれを防いでくれた。


『ほう。それなりの術者だが、次はどうか』

『俺は使者で、まだ何も伝えていない。あんたとバルクーゼルが、これからどうしなきゃいけないかをだ』

『停戦か? 緩いわ小僧。奴にわからせなければならんのだ。この俺の支配を』


 舌戦は苦手だ。特に折れる気のないやつとは。それは黒辻によって十分理解しているし、また彼女はそれを得意としている。通訳すると、台本を口頭で用意してくれた。


『まだ空はそこにある。自ら手放すのはどうかと思うが』

『そこ? 何を言う、俺と奴との間には数百年間の空白しかないのだ』

『バルクーゼルは言ってたぜ。俺に語る時、まだ空を愛していたと始めたよ。今は、愛せていないと締めたんだ。小僧に言わせるなよこんなことを』


 火炎の兆したる発光がその牙から漏れる。黒辻に殺気が漲るが、俺たちの間にジークが割って入った。


『……なんのつもりだ』

『あなたも始まりは空を愛していたと語るでしょう。そして今も変わりはないはずです』


 あらら、この戦争、望んでいる龍ばかりじゃないみたいだ。


『変わらぬとも。だからこそよ。バルクーゼルを手中に収める。そのための戦さだ』

『それ! マレイル様それ!』

『な、なんだ人間……』

『そこが食い違ってんだよ。バルクーゼルは上とか下じゃなくて、隣にいて欲しいんだよ。お互い紋章の長だし、見栄も守らないといけないものもあるだろ? 上から押さえつけたらやっぱり反抗もするって』


 マレイルはまた火炎を吐いた。ジークにぶち当たり、肉の焼ける異臭が立ち込める。


『私を焼こうとも、あなたの手駒が減るだけです』

『黙れ。次はないぞ』


 ヒートアップするのはまずい。説き伏せられなければ武力での問題解決をはかるしかなく、そうなれば必敗は目に見えている。


『支配じゃなくて、戦って強いところを、いいところ見せたいんだろ?』


 マレイルの眼光が突き刺さる。しかし、その気持ちは少しわかる。俺だって、こうしているまさに今、同じ心境なのだから。


『バルクーゼルは時々六鱗杯ってのを催すらしい。競技だけど決闘だ。

 それをやるんだ。両陣営から選抜した連中を競わせて、そこにあんたも出場しろ。そうすればあんたは武威を示せる。バルクーゼルも余計な負傷者を出さずに済む。優勝者した陣営に降伏する。どうだ、こっちの方が戦争より早くかたがつくだろ、あんた……マレイル様だって、さっさと落としたいだろ』


 あのほんわかした美美女を。


 なんて挑発してみたり。黒辻にはわからないからかなり饒舌に、なんの許可も得ていないハッタリだ。


『六鱗杯、か。何かやっているとは聞いていたが、なるほど、まあ戦争よりは早く終わりそうだが……』

『どうせバルクーゼルは出ないだろうから、あんたは眷属を倒すだけ。そうだ、三人とか五人で一チームにしようよ。でもあんたは一人で出場する』

『なぜだ。多い方が有利だろう』

『一人で何人も倒した方が強く見えるじゃん』

「なんかノリノリで喋ってるけど大丈夫か?」

「うん。いけそう」

『ならばこのジークにも役目がありそうですな』

『老体、お前も参加するのか』

『それでも構いませんが、競技ならば規則が必要でしょう。その整備を』


 ノリノリなのは俺だけじゃなさそうだ。

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